第5話
「そうだったのね。私のおじいちゃんは製紙会社の創業者だけど……もしかして、堂本さんはおじいちゃんと面識があるの?」
なぜヤクザの組長が祖父のことを知っているのかと訝しく思ったけれど、会社社長として接点があったのなら納得できなくもない。
けれど、堂本さんの年齢は二十代後半くらいだ。おじいちゃんが父に会社を譲って引退したのは私が幼い頃なので、年齢差の大きいふたりに交友があったとは考えにくい。
堂本さんはゆるく首を左右に振る。
「俺は藤宮佐助との面識はなかった。藤宮翁のほうから、申し出てほしかったんだがな」
「それは、どういうことなの……?」
「藤宮翁はどうやら孫であるあんたに、なんの説明もしていなかったようだ。彼が残した遺産を、俺がすべて話してやろう」
遺産ということは、もしかしたらおじいちゃんが残してくれた財産があるのかしら……
父は何も言わないけれど、会社の資産状況は逼迫している。それに私は婚約破棄された借金を背負っていた。それらを祖父の遺産でまかなうことができたなら、と一縷の希望を持つ。
やがて車は閑静な高級住宅地に辿り着く。
その中でも一際広大な敷地を有する邸宅が目を引いた。塀瓦が連なる純白の漆喰塀にぐるりと囲まれ、丁寧に刈り込まれた庭木がのぞく。建物がいくつかあるようだが、塀が高いので全容はわからない。とてつもない豪邸だ。
「こちらはすごい邸宅なのね。どちらの名士なのかしら」
祖父が会社の創業者とはいえ、私の家とは比べものにならないほどの豪勢さに驚き、つと感嘆が零れた。
堂本さんは何気なく答えた。
「俺の家だ」
「……えっ」
「正確には、俺の祖父である堂本権左衛門が建てた邸宅だ。じいさんは堂本組の初代組長であり、連合会長も兼ねていた。地主でもあったから、名士ではあるな」
なんとここが堂本さんの家らしい。
車は数寄屋造りの壮麗な門をくぐる。球形の犬柘植が整然と並ぶ路を、ゆっくりと進んでいった。
やがて樹木に隠されて見えなかった邸宅が露わになる。
手前には三階建てのモダンなビルがあり、入り口の前にずらりと整列した男性たちがこちらに向かってお辞儀をしていた。
「あそこがうちの事務所だ。あいつらは住み込みの若衆たちで、家事や雑務を任せている」
「みなさん住み込みなのね。ヤクザ……ではなくて、極道は古い慣習の世界なのね。まるで相撲部屋みたいだわ」
なにがおかしかったのか、堂本さんは朗らかに笑った。
目つきが鋭いので、一見すると凄みがあって怖そうだけれど、弾けるような笑顔は見ていて心地よいものだった。白い歯が私の目に眩しく映る。
「わ、私、変なことを言ったかしら?」
「いや、あんたの見方が、俺にとって新鮮だったのさ。そのとおり、極道は独特の世界だからな。葵衣が『極道』と言ってくれて嬉しいよ」
「そう? 郷に入っては郷に従え、ということだしね。おじいちゃんのことで、お話を聞く間だけよ」
つん、と唇を尖らせてそっぽを向く。
堂本さんが口端を引き上げてこちらを見ていたが、知らんぷりを決め込んだ。いつの間にか『葵衣』と呼び捨てにされていることに対して反抗的な気持ちが芽生えた。
けれど遺産について解決すれば、彼に会うこともなくなる。呼び捨てなり、あんた呼ばわりなり、好きにすればいい。
そう考えていると、事務所の奥にある荘厳な屋敷の前に停車した。
すると、すぐさま若衆らしき男性がドアを開けて堂本さんに声をかける。
「お帰りなさいませ」
「おう。――ほら、お嬢。出ろ」
車を降りた堂本さんは、私に向けててのひらを差し出した。
先ほど家を出るときもそうだったけれど、なぜ私をエスコートしてくれるのだろう。極道といえば偉そうにしていて、女性をないがしろにするというイメージがあるのに。
「けっこうですから」
てのひらを無視して降りようとすると、すっと私の手を掬い上げた堂本さんに腰を抱かれる。
さらりと強引にリードされるので、反発心が湧いた。
「ちょっと……車から降りるくらい、ひとりでできますから!」
「そういうわけにはいかない。お嬢は大切な体なんだからな。すべて俺に任せておけ」
恋人でもないのに、どうしてそんなに丁重に扱ってくれるのかわからない。
けれど『郷に入っては郷に従え』と自分で述べたばかりなので、無理に堂本さんの手をはねのけることはしないでおいた。
それに、彼のてのひらから伝わる体温はとても熱くて、どきどきと胸が高鳴ってしまう。
こんなふうにエスコートしてもらうのが初めてだからかもしれない。
堂本家の玄関に入ると、そこはまるで高級旅館のように壮麗な造りをしており、目を瞠る。
玄関は数十人が一度に出入りできるほど広々としていた。磨き上げられた飴色の廊下は艶めいている。
「お邪魔します……」
「どうぞ」
「靴はひとりで脱げますから」
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