第6話
虚ろな朝のことであった。
『本当に幸せになれると思っているの』
心の中から紅い瞳の声が聞こえる。夢から覚め微睡の中で聞こえた。紅い瞳の声の前に夢を見ていた気がするのに思い出せない。
ふと、部屋の回りを見ると部屋の壁に大きな薄紅色の桜花の浴衣がかかっている。明日の秋祭りの為に貰った浴衣だ。そうだ幾戸さんと秋祭りに行った夢だった。
正夢?
私は記憶の混乱に落ちていた。
『本当に幸せになれると思っているの』
……。
紅い瞳の声が頭をよぎる。汗が噴き出て私は寝起きなのに嫌な汗に苦しめられる。コーヒーでも飲んで落ち着こう。
電気ポットの前に行こうとすると幾戸さんが朝ご飯を作っていた。幾戸さんと朝の挨拶を交わすと。
「立華さん、まだ、ご飯の支度はできていませんよ」
幾戸さんが優しく言う。ホントに優しいな。
「いつも、ありがとう」
私はご飯の支度すら出来ないので最大限の感謝を込めてお礼を言う。
「そうだ、明日の秋祭り楽しみにしています」
「浴衣まで着させていただいて……」
「いえいえ。こんな、小さな町の秋祭り、若い女性は大歓迎、今年の『ハナ』なっていただきありがとうございます」
「でも、この浴衣は?」
一瞬、幾戸さんは氷の様に固まる。そして、言葉を選んで話す。
「死んだ姉のお古です。新品でなくてすいません」
…………
私がなんて返せば良いのためらっていると。
「そんな顔しないで下さい、せっかくの秋祭りです」
笑顔の幾戸さんに、紅い瞳の声を悪く考えるのを止めたかった。
「か、顔洗ってくるね」
浴衣か……。秋祭りくらい楽しもう。
秋祭りの朝
今日は土曜日であった。天気は快晴で流れる風も静かで、幾戸さんは庭の草花に水をホースでかけていた。私に気づくと幾戸さんは笑顔でこちらに手を振る。それは無邪気で子供のようであった。
幾戸さん、私、幾戸さんのこと……。
私は幾戸さん、幾戸さん、と、呪文のように唱えていた。
なんで……。言えない、幾戸さんのことを好きって。
「どうしました?」
うつむく私はどこから見ても負け犬だ。負けてたまるか!!!
私は幾戸さんから隠れてベシベシと手のひらで頬を叩く。全身が凛と引き締まる感じがした。
再び幾戸さんの前に出る。
「そう言えば」
「は?」
幾戸さんの突然の言葉の発言に気合がイッキに抜け肩透かしをくらってしまった。
「今日の浴衣はお揃いですよ。立華さんが桜花で私が桜の葉をイメージして作られているのです」
なんと、幾戸さんとお揃いの浴衣か……きっと、これが普通の幸せだと確信した。心の中から蒼の瞳から気持ちが渦巻く。
私に本当の気持ち。
再び赤面してうつむく。
私は急いで家を飛び出すと気が付くと学校の屋上にいた。
「幾戸さん、好きだ!!!」
屋上から叫んでいた。
「幾戸さん、好きだ!!!」
もう一度と思った瞬間に教師の怒鳴り声が聞こえる。不味い、見つかった。急いで屋上から離脱してしぶしぶ家に戻る。家に帰ると、幾戸さんは浴衣を着て出かける準備ができていた。
それは急いで準備をする事を意味していた。
秋祭りは夕立に合い浴衣姿でずぶ濡れになった。そして家に帰り着くと幾戸さんは無言であった。
幾戸さんがシャワーを先に浴びているとポニーテールにしている腰まである髪をとき鏡に向かう。
濡れた髪はどうしょうもない状態であった。幾戸さんが着替えて出てくると、入れ替わりにシャワーを浴び始める。冷えた体にお湯をあてる。
五分でシャワーを終えると、私は髪が濡れたまま布団をかぶる。
ダメだ、乾かさないと。私はまるで生気が無く布団からはい出ると。幾戸さんの声が聞こえた。
「立華さん、まだ起きています?私は先に寝ます」
濡れてゴミのような浴衣が部屋に転がっている。私は浴衣を片付け髪を乾かす。今日ほど髪を切りたいと思った日はない。
明日、世界の終わりにならないかな……。
世界史の教科書を広げ最後のページに人類滅亡と書く。
雨は止み赤い星が見えるが何もやる気が出ない。
元気な立華は何処に行った?
私は部屋でスクワットを始める。汗が吹き出しそうなタイミングでフラフラとベッドに倒れ込む。
それから、一休みして机に向かう。今日だけ日記を付けようと思う。
内容は夕立が降る前の事ばかりになった。なんで夕立が降り始める前に世界が滅びないかな。
世界が滅びる事を願っても仕方がない。
部屋の蛍光灯を消して床に入る。
今日がもう一度来ないかな……夕立が降る前の今日に……。
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