第3話
難関なのは体育である。苦手な数学もつつがなくこなしているが、一番の人生の課題はスポーツをする事であった。
そう、体育は得意だが、私は負けず嫌いなのであった。
今日の二限は短距離の授業である。女子更衣室で着替えて第二グランドに集まる。準備運動を始め心は高鳴り、名前を呼ばれると大きく返事を返す。追い風参考タイムだ。風に乗れば10秒も切れると信じて100メートルを走ると決めた。
「立華、楽しそうね」
零菜が声をかけてくれた、私はブイサインをして返すのであった。
外の天候は……太陽がグランドを照り付けて、風は強めに吹いている。
やがて順番がやってくる。
私はスタートラインに立つと、自然と心が穏やかになった。
スタートの合図と共に全力で走る。
……。
10秒は切れなかった。
ダメか……。もう、一回だ。
私は世界一を目指して、再び全力で走る。
ダメか……。
私は体育教師にさらに走らせてと頼む。体育の時間など直ぐに過ぎてしまう。
「立華だったよな、クラスの女子一番では物足りないのか?」
何度も走った結果、体育教師はヤレヤレといった感じで話す。
ただ、クラスの女子で一番という称号だけでは満足は出来なかった。クタクタになりながら木陰で休みを入れると零菜がやって来る。
「立華、気持ちよく汗がかけたみたいね」
「残念だよ、男子のタイムにも勝てなかった。私は男子にも勝気満々でいたのに……」
零菜はタオルを貸してくれた。私はそのタオルを持ちグランド横の水道水で顔をジャブジャブ洗う。
「本当は頭から水をかぶりたいけど、髪が長くていけないよ」
「頭から水をかぶるの、大胆たんだね」
零菜にタオルのお礼を言い、次の授業は英語だっけと気持ちを切り替える。私は体育でリベンジを誓い女子更衣室に向かった。
***
授業が終わり帰り支度をしていると。零菜が恥ずかしそうに私に話かけてくる。
「立華、立華は幾戸さんとは何にも無いのよね?」
「えぇ、まあ、その……」
「町の皆は夫婦とか言っているけど。少し紹介して欲しいだけど」
零菜はダテメガネを外したり付けたと落ち着きがない。
そっかぁ、恋か……。
「えーと、少し待って」
私はリップを探してみる事にした。突然の事に私は本能的に逃げ場を用意したのだ。先ずは制服のポケットに手をのばし、次に机の中を探した。そして鞄の中を探すと直ぐに見つかる。
何で直ぐ見つかるかな、いつもはなかなか見つからないのにな。
戸惑いながら、リップを口にもっていく。ダメだ、いつもはリップを塗ると落ち着くのに。
私は少し頭をかき、幾戸さんの事を思い出すと胸が切なくなる。それから、少し深呼吸して冷静な自分を取り戻す。
幾戸さんは兄妹みたいな関係だし、なんの問題もないはずで……。
そうだよ、幾戸さんとは何にもないのだから紹介くらい。うん、紹介、紹介と。
「今日、家に来る?」
「え?今日?私、今日は髪ぼさぼさだし、服も制服だし、心の準備も……えぇーと、えぇーと……」
零菜は赤面して言葉を呪文の様に唱え始め。突然、手鏡を取り出して自分の顔を覗き込むみ、さらには何かメモ帳を書いたり読んだりと、零菜は完全に我を失っていた。
「頑張りな」
私はなにを言っているのだろう?確かに幾戸さんとは家族みたいな存在だし、決して愛だの恋だのの仲では無いのだけど……この複雑で胸が痛く自分自身の気持ちが分からなくなっていた。
零菜が化粧やメモ帳に夢中になっている時に、私は校舎の窓から空を見ていた。
空は青く広がり雲は流れて時間の進みを感じさせていた。時間の流れか……私はコールドスリープをして過去の記憶が無い。そう、何も無いのである。
そして、窓からの空は運命について考えさせられた。私の運命……本当は独りきり……曖昧な関係しか築けない。
リップを取り出して口に持っていくと、気持ちは何か寂しげであった。
……色の濃いリップに買い換えようかなと思っていると。
そして、零菜が幾戸さんに紹介を受けるには心の準備が100%でないとどうのこうのと言う謎のメモ書きを見つけ、無期限の延期となり。今日は零菜には幾戸さんを紹介する事はなかった。
その後の放課後にバスケットボールの練習に付き合わされていた。
私は複雑な気持ちをボールにぶつけていた。走る足は軽やかで正式にバスケ部にお声がかかるほどであった。
「一旦、止まれ!」
ふう~休憩の声である。汗を拭き、このタイミングでスマホをチェックすることにした。
あり~、生物の勉強会とダブルブッキングだった。
私にとって学校での生活は新鮮であった。コールドスリープをして凍った体を温めるには予定をとにかくぶち込むことばかりしていた。
謝りのメッセージを送り、バスケの練習再開である。
オシ!気合を入れてコートに戻る。プレイ中は心の色は無に成れた。全力で走り、熱くなる体に汗がにじみ出てきて、一コマ、一コマのタイミングで拭う。
もっと、もっと、熱く……。
心と体が温泉浴の様にハイな気持ちになれた。
笛と共に終わる練習、今日という時間の終わりであった。
私は自販機の前でスポーツドリンクをゴクゴクと飲み干すと渇いた体が潤う感じであった。
「立華、ここに居たの……帰ったのかと思った」
零菜が現れて話かけてくる。この場所は建物の裏手にあたり、裏から校舎に上る階段になっていて、私はその階段に腰かけていた。
うーん、どうやら私を探したらしい。
ここは人目につかず、探すには一苦労であったはず。それでも零菜は文句も言わず隣に座り話始める。
「立華は凄いな、今年はバスケットボール部、全国が夢じゃないって噂だよ」
「そっか。でも、女子サッカー部からも頼まれているの」
「モテるなー」
零菜は幾戸さんとのことはどう整理つけたのであろうか?そして謎のメモ帳の書き込みはなんだったのあろう。
私は一汗流して気持ちは落ち着いたつもりであった。
そう、私は認めたのだ、恋心を……。
幾戸さんに特別な気持ちがあり。私はいつの日か……。
でも、それ以上は分からなくて、分からなくて、手探りであった。
それから、高校からの帰り道、辺りは暗く赤い星の見える日であった。自宅への道の途中に寄る所は無い。そう、この町は山と海だけである。町立の図書館が唯一の娯楽の場所であった。
「図書館に寄っていく?」
「いいや、今日は帰りたい」
零菜はそう言うと、だてメガネを外す。
この感情は何だろう?
眠り姫こと私にも感情がある事を実感する。そのまま、二人で歩き続けると零菜と分かれ道になる自販機が見えてきた。
「おし、またな、明日も元気に会おうぜ」
「ふ、もう少しおしとやかな方がモテるかも」
「そっか?」
「でも、立華らしいか」
「でしょ、でしょ!」
私は零菜の気遣いに心が安堵した。
夜空の赤い星は月灯りの無い空に輝いていた。
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