第2話
朝、鏡の前に立ち長い髪を整えて、いつもの髪型のポニーテールにする。小さな髪飾りに薄紅色のリップ付ける。手首にアクセントのゴムバンドをして、目がキリっとして朝が来た事を実感する。
教科書にノート、カロ〇ーメイトに筆箱にその他と……。
よし、学校に行くための支度も完璧だ。
「立華さん、ご飯ですよ」
一階の台所から幾戸さんから声をかけられる。独り暮らしの長い幾戸さんは家事もつつがなくこなすのであった。
勿論、私より料理が美味しいので手伝う事はほとんど無くて、居候の身でありながら私の出番はないのであった。
幾戸さんは優しげで身長も高いので彼女がいてもおかしくないのだが……。
いつも「僕には不釣り合いです」とはぐらかされてしまう。
少し寂しげなその表情は追憶の恋でもしている様でもあった。
私は朝の食卓に着くと「いただきます」と食べ始める。目玉焼きに味噌汁、野菜の漬物。白いご飯にカツオのふりかけをかけて食べ始めて、シンプルな食事をガツガツと食べる。
うん……?そうだ私は眠り姫であった。
一瞬、箸が止まり、幾戸さんの目を気にすると……。
「大丈夫です、ご飯が美味しいのは健康な証拠です」
私に優しく幾戸さんは言葉をかける。そうなのかと、再びガツガツ食べると。
幾戸さんは目を細めておかずに箸をのばす。
「ごちそうさま」
幾戸さんは「いえいえ」と先に食べ終わった私に言うとゆっくりと朝ご飯を食べ進める。
「あぁー、もうこんな時間だ、行ってきます」
私は腕時計を確認すると鞄に荷物をまとめて家から飛び出す。
「おとと……」
私は鏡の前に戻り。くるりと一回りして、もう一度見て最終チェックする。白いブラウスにふわりと浮かぶ制服のチェックのスカートは少しファショナブルでお気に入りである。
「よし」
気合を入れ直して自分にゴーサインをする。
そして、私は幾戸さんに挨拶をして学校に向かうのであった。
「まあ、忙しいことだ……」
取り残された幾戸さんはゆっくり箸を措き食器を片付け始める。
***
私はこの山と海しかない町の七瀬川高校に歩いて通っている。掘り出されて一ヶ月、高校に編入して一週間、友達もできた。始めは困ったものであった。
それは、何処から来たのと聞かれたり、なんで転校してきたのと聞かれたりと苦労した。そんな私でも友達になった零菜は何も聞かずに受け入れてくれた。
そして私は自販機の前で立ち止まる。休憩……ではなく。零菜と自販機の前で落ち合うのであった。
少し待つと零菜が歩いて来る。
零菜はショートカットで身長は低め、いわゆる可愛い系である。そして一番の特徴は何故かダテメガネをしていることである。本人は頭が良く見られたいからと言うが、メガネの有無にかかわらず零菜はクールな女性である。
「おはよう、零菜!」
私は元気よく零菜に挨拶をする。零菜は微笑んで挨拶をしてくる。
「うん、立華は元気そうだね」
「はいよ、バリバリ元気」
私はくるりと回り、ガッツポーズをする。
「立華、パンツが見えそうだよ。まだ、絶対領域だけど危ないよ」
「えぇー、回転スピードが速すぎたか」
私は大慌てでチェックのスカートを押さえる。そう、私は眠り姫の設定……イヤ、実際にコールドスリープをしていたのだから設定なんてものではない。
姫様の態度だったかな……少し零菜に聞いてみよう。
「私はおしとやかでないかな?」
私の問いに零菜は少し考えて答えてくれた。
「元気なのも素敵なことかな」
「うぅぅ、確かに零菜の方がおしとやかと言えるよ」
「ありがとう」
零菜は恥ずかしそうに微笑む。その姿は可愛く賢く見えた。
あぁ、零菜に憧れるなやはりメガネなのか?
私は試しに零菜のダテメガネを借りてかけてみる。今度はゆっくりとくるりと回り、零菜に感想を聞く。
「どう?」
「うん、素敵だよ」
小さく呟く零菜の言葉に「よし」と、また、ガッツポーズをきめる。しかし、ダテメガネの無い零菜も綺麗であった。
……うーん、やはり、零菜にダテメガネは不要だ。
その後、教室に入ると私は零菜に見惚れていた。零菜は誰から見ても優等生だ。
なにをもって優等生と言うか疑問ではあるが、例えばクラスに飾ってある花瓶の花の水を変える。
そう言う誰も気づかないことに目を配るのであった。
私が勉強を教えてと頼むとこころよく教えてくれる。今日もSHRの前に一限の数学を教えてもらっている。
そう言えば、私はコールドスリープの前は何をしていたのだろう?
普通の高校に編入できるほどの学力で、それでいて数学が苦手。きっと高校生をしていたのだろう。幾戸さんも、この高校に通うことを薦めてくれた。
「おい、立華、彼氏が忘れ物を届けてくれたぞ」
クラスの男子から声をかけられる。
幾戸さんだ!!!
私は腰まで伸びたポニーテールの髪を揺らし、顔を真っ赤にして男子に反論する。
「い、い、幾戸さんは私の保護者であって決してそのような関係ではないのです」
「わりい、この町公認の仲だったな」
もう!だから違うのに、ホント男子ってデリカシーが無いのだから。私がご機嫌斜めで昇降口に向かうと自転車に乗った幾戸さんがいた。
「立華さん、お弁当を忘れていますよ」
と、幾戸さんは鞄から私のお弁当の包みを取り出す。こういう時はなんて言えば良いのか?簡単にありがとうだけで、それとも、それとも?
あぁ、考えても仕方がない。
私は自転車に乗った幾戸さんに近づき「あ、ありがとう……」と呟く。
「やっぱり、彼氏だ、幸せなヤツはいいな」
男子が昇降口まで降りてきてヤジを飛ばす。やはり、一緒に住んでいる事が問題なのか。でも、行くと無いし。こんな田舎では町では子供からお年寄りまで全員が知っていた。
それから私はお弁当の包みを幾戸さんから受け取る。
「お、落ち着いたら。お弁当は私が幾戸さんの分まで作るから」
「はい、楽しみにしています」
幾戸さんは笑顔で答えてくれた。ここで女子力をみせないと……。
え?何を考えているのだ、幾戸さんは、幾戸さんは……。
私がもじもじしていると。
「おや、こんな時間、郷土資料館の朝の準備をしなくてはいけませんね」
幾戸さんは腕時計を確認して自転車を押して歩き始める。
「急がなくても大丈夫なの?」
「はい、この狭い町で急いている人など珍しいものです」
と、言って幾戸さんは昇降口を後にした。私は胸の高鳴りを感じていた。幾戸さんか……私がもっと素直になれたら……。
少し、昇降口で生きている実感を噛み締めていた。
***
昼休み、私は教室の窓から青い空を眺めていた。流れる雲に人間の小ささを実感していた。幾戸さんに買って貰ったばかりのスマホから音楽を流し始める。
「空なんて見ていて、休み時間に独りきり?」
声をかけてきたのは零菜であった。零菜は自分のグループを離れて私に声をかけてきたのだ。
「なんて言うか、私ってコールドスリープしてこの時代にいるでしょ、時間の流れは何処に行き、なにを人生と説くか考えていたの」
少し、哲学的であったかな?
もっと、シンプルな話だ。実はそんな深い事は考えていなくて、青い空に流されてみたいと思っただけである。きっと、猫でも考える簡単な事であった。
「私も空を見ようかな」
零菜が低い声で呟く。
「ありがと、こんな私に付き合ってくれて」
刹那、零菜と指先が触れる。それは単純な友達の関係であった。
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