第31話 当たり前では無い時間

「うまかった、ありがとう」

「そのように言って頂けて嬉しいです、こちらこそ、食べて下さりありがとうございます」


 最後にお茶を飲み、雅様は一息ついた。


「ところでだが、なぜ急にこんなことをした? 今は休めと言っただろう」


 うっ、やはり聞かれてしまいますよね。

 そう聞かれた時は、絶対に何も誤魔化すことなく答えなさいと、響さんに言われていたけれど、実際に聞かれてしまうと言葉が詰まる。


 なんと言えばいいんだろう……。

 いや、なんて言えばと考えている時点で、誤魔化そうとしてしまっている。


 雅様に嘘を言うのは嫌だ、素直に答えよう。


「え、えっと、その。す、少しでも雅様のお役に立ちたくて」

「貴様が俺様の近くで生きているだけで十分役に立っているのだが?」

「そういうことではなく……」


 それは私が伝えたい事と言うか、思っている事とは違います。


 私は、物理的に役に立ちたいのです。

 少しでも雅様の物理的な負担を減らしたいのです。


 出来ることは少ないので、私から大きなことは言えませんが……。


 雅様は、なんでもできてしまう。

 私が出来ることは、すべて出来てしまうのです。

 なので、お手伝いをしたいと言いたくても言えない……。


 だから、それを響さんに相談すると「いい考えがあるわ」と、雅様の大好きなおはぎを作ることとなったのです。


『雅の場合は、仕事について何かをされてしまうと、逆に不機嫌になってしまうわ。だから、雅の体力と気力を回復させてあげた方が何倍も嬉しいわよ』


「――――とのことだったので、今回はおはぎの作り方を教えていただいたのです」


 素直にすべてを伝えると、雅様は顔を片手で覆ってしまった。

 またしても、深いため息。


 今まで、雅様と共に過ごしてきて、なんとなくわかったことがあります。

 それは、こういう時の雅様は、言葉に出来ないくらい喜んでくださっているということ。


「…………まったく、俺様の妻はなぜこうも出来る妻なんだ。誇りに思う」

「私もですよ、雅様。雅様のような方が旦那様で本当に嬉しく思います」


 二人で笑い合っていると、襖から視線を感じます。

 顔を見合せた後、ゆっくりと二人で襖を見ると、響さんと一人の女中さんが襖を少しだけ開け覗いていた。


 私は知っていましたが、雅様は知らなかった。

 お二人は気づかれたことに焦り、「あっ」と小さな声を漏らす。


 雅様が動き出すより早くに廊下を駆けて行ってしまわれました。


「~~~~~~まったく、母様は本当に…………」


 この頭の抱え方は、本当に呆れている時の仕草ですね。

 流石に今回は私も恥ずかしいので、響さんを庇えません……。


「後で母様には言うとして、美月よ」

「は、はい」

「これから俺様は仕事に戻る。集中するから、美月は自室でゆっくりと休め」

「は、はい…………」


 また、一人。

 一人だと、余計なことを考えてしまうので、少し苦しい。

 けれど、ここでわがままを言う訳にはいきません。


 邪魔をしないように、私は自室に戻ります。

 立ちあがり、部屋を出て行こうとすると、雅様が私の名前を呼びました。


 振り返ると、雅様が机に肘をつき、微笑んでいます。

 か、かっこいいのですが、どうしたのでしょうか。


「次も、待っているぞ」


 ――――ドキッ


 もう、そんな顔で、そのようなことを言わないでくださいよ……。


「――――はい」


 廊下に出る時には、私の顔はおそらく真っ赤でしょう。

 熱いです、もう……。


「これだと、余計なことを考える余裕もありませんね……」


 今は、雅様しか考えられません。


 ※


 雅様のおかげで療養が出来た。

 気持ちも、体も。何故か、夢も……。


 あれから雅様が死んでしまう夢は見ません。

 危険な時はありましたが、いつもギリギリで回避している。


 今では、雅様だけではなく、日常生活を送る夢も見るようになった。

 夕食のご飯とか、お菓子とか。


 なんか、ご飯についての夢ばかり見るので、自分が卑しい気持ちになるけれど……あはは……。


 とにもかくにも、悪夢は見なくなったので、これからもゆっくりと休める。


「今日から勉学も鍛錬も参加して良くなったし、さっそく準備をしましょう」


 最初の時間は、勉学。

 今回は何について学べるのでしょうか。


「楽しみだなぁ」


 その後の鍛錬も、まずは基礎からだと思いますが、また新しい技を覚えらると嬉しいです。

 学べることがこんなにも嬉しく感じるのは、今まで出来なかったからでしょう。


 当たり前ではない。

 出来る今を、大いに楽しみましょう。


 そう思っていた時、襖の外から雅様の声が聞こえた。

 深刻そうな声。どうしたのかな。


「はい」


 返事をすると、雅様が中へと入ります。

 眉間に深い皺が寄り、硬い顔を浮かべています。


 なんか、怖い。

 どうしたんだろう。


「美月よ、これから大事なことを伝える。つたえ、つた……」


 私の前まで来た雅様が凄い渋い顔を浮かべ、グヌヌと唇を噛んでいる。

 ほ、本当にどうしたのかな……。


「まったく……。雅、何をそんなに渋っているんですか」

「母様…………」


 響さんもついて来ていたらしく、ため息を吐きながら雅様の隣まで移動します。


「安心して、美月ちゃん。ただ、雅は一週間くらい屋敷を空ける事になっただけだから」


 えっ、一週間……も?

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