第32話 出張

 雅様は、今日から出張で一週間、鬼神家を空ける事となってしまいました。


 出張理由は、話し合い。


 三ツ境国にある家が桔梗家の指示で大きく動き出す前に、話を付けに行くという話らしい。


 もう、行くことは伝達済み。でも、あまり快く思われていないらしく、渋々だったみたいで雅様は緊張しています。


 今も、お見送りをしている私に抱き着き離れません。

 もう、かれこれずっと、こんな状態です。


 私的にはものすごく嬉しく、祝福の時間なのですが、もうそろそろ響さんが限界ですよ。

 馬車の方もお待たせしております、雅様。


 頭を撫で宥めているのですが、離れる気配がありません。


 ど、どうしましょう……。


 そ、相当緊張しているのですね。

 当然です。だって、これから行くのは三ツ境国。敵対国と呼ばれている国です。


 どの家だったとしても、気楽な話し合いは出来ないでしょう。


 それに今回は、絶対に失敗は許されない。

 少しでも間違えてしまったら、大きな戦争がすぐに起こってしまう可能性がある。


 そう考えると、行きたくないですよね。

 私も引き止めたいですし、それが難しいのなら共に行きたいです。


 ですが、それは反対されてしまいました。

 響さんからも雅様からも、全力で反対されてしまったため、これ以上わがままは言えません。


 でも、でも……。

 この、祝福の時を放したくないです。


「美月ちゃんまで雅と同じ思考に切り替えないで」

「あ、すいません……」


 響さんがとうとうしびれを切らし、雅様の薄花色の髪を引っ張りました。


 あ、あぁ、い、痛そう……。


「いてててて、母様、母様!! さ、流石に痛いぞ!!」

「なら、早く行きなさい!!」

「…………」

「返事」

「はい」


 引き剥がされた雅様は、涙目を浮かべております。

 美しく、可愛らしいです。ずっと見ていられます。


「では、行ってくる…………」

「雅様…………」


 ものすごく悲しそうです。

 肩を大きく落とし、トボトボと馬車に乗り込みます。


 そこまで、緊張しているのですね。

 私も、雅様を応援しなければ!


「み、雅様!」

「ん?」


 こっちを振り向いた雅様に、目一杯の声援を送るのです!


「頑張ってください!! 雅様のお帰りをお待ちしております!!」


 言い切りました。

 言い切りました、私!!


 雅様を見つめていると、少し驚いたように目を微かに開いております。

 ですが、すぐに笑みを浮かべ「あぁ」と、頷き馬車の中へ入り込みました。


 そのまま、馬車が動き出す。

 手を振り送り出すと、その場の空気が静かになった。


「…………」


 一週間ですか、長い……。

 今まで毎日のように会っていたのに、急に会えなくなってしまった。


 当たり前のことは、当たり前ではない。

 しっかりと夜寝れることも、勉学も鍛錬も。すべて当たり前ではないと、学んだばかりだというのに……。


 雅様がいることも、当然、当たり前ではない。

 そう思えば少しは気持ちが楽になると思ったのですが、そんなことはありませんでした。


 辛いです、ものすごく、辛いです。


 寂しい、大丈夫なのか不安になる。

 胸がキュウと締め付けられて、苦しいです。


「まったく。雅ったらもう……。美月ちゃんから離れたくない気持ちはわかるけれど、流石に出張だけで一刻も渋るのは時間をかけすぎよ……」

「…………え?」

「ん? どうしたの?」


 響さんが、なにやらおかしなことを言っています。


 私から離れたくない? そんなことはありません。

 ただ、敵対国と呼ばれている国に行くので緊張していただけです。


 心の準備が出来るまで時間がかかってしまっただけのこと。

 私はおそらく、関係ありませんよ。


「あっ、まさかだけれど、今回雅が行くのを渋っていたのを、三ツ境国に行くから緊張しているなどと考えていないわよね?」

「違うのですか?」


 聞くと、何故か「はぁぁぁぁ」と、深いため息を吐かれてしまいました。


 な、なんで……?。


 困惑していると、響さんが私の頭を撫で、目を合わせた。


「雅があんなに渋っていたのは、一週間も美月ちゃんに会えないからなのよ? 正直、話し合いなんて、雅にとっては小さな出来事。今まで、誰よりも他の国と話を付けてきたのだから、今回も緊張する訳がないわ」


 ――――え?

 わ、私と、離れたく、なかった、から? 本当に?


 え? そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか。


 わ、私は確かに、雅様から離れるのはもの凄く悲しく、胸が締め付けられる思いですが、雅様が私に対してそんなことを思う訳がありません。


「美月ちゃん。貴方が思っている以上に雅は貴方にぞっこんよ? 今、貴方が感じている苦しみ。それ以上にあの子も今、辛い思いしていると思うわ。それだけは、信じて?」


 ニコッと微笑む響さんは、嘘を言っているようには見えない。


 雅様も、私と同じ? いや、それ以上?

 そ、そんなこと、あるの?


 だって、私はこんなにも苦しくて、辛いのに。

 雅様も、私と会えないだけで、こんな気持ちを抱えているのですか?


「~~~~~~!!」


 そ、それだったら、その、不謹慎ですが、その……。


 う、れしいです……。


 ※


「はぁぁぁぁぁぁぁああ……」


 雅は、馬車が動き出してからまだ時間が経っていないというのに、指で数えられないほどのため息を吐いていた。


「美月ぃぃぃいい……」


 雅の嘆きを聞いている御者は、眉を下げ苦笑い。「やれやれ」と、呆れながら馬を歩かせていた。

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