第30話 おはぎ

 屋敷に戻り、雅様の部屋で二人で寝ました。

 私が一人で寝るのがまだ怖いのと、雅様が興奮したまま寝てくれなさそうだったのが理由。


 けれど、周りの反応と、雅様の起きた時の顔で私は後悔――――とはまた違うのだけれど、なんか、こう、やってはいけないことをやってしまったという気持ちになりました。


 今は二人でご飯を食べているのですが、やっぱり、雅様が目を合わせてくれない。

 表情は普通だけれど、動揺しているのは明らか。


 ────カチャカチャ


 ────カチャ、カコン


 お茶碗やお皿の音が部屋に響いています。

 動きがカクカクで、落ち着きがありません。

 今日のみ、私の方が冷静でいられている気がします。


「…………あ、あの、雅様」

「なんだ」

「今日は、この後お仕事ですか?」

「その予定だが、何かあったか?」

「いえ、頑張ってください」


 昨日は私のせいでお時間を取らせてしまったので、今日はお忙しいでしょう。


 何かお手伝いできたらいいのですが、おそらく邪魔をしてしまうだけ。


 応援だけしか出来ないのが心苦しいです。


「あぁ、ありがとう。今日は仕事が捗りそうだ」


 さっきまでカクカクだった雅様の動きが戻った。

 少し嬉しそうでもある。


 良かった、元気になってくださったみたい。

 この後はいつものように他愛無い話をしてお食事を終え、私は部屋へと戻った。


 昨日までの件もある為、私は療養と言う事で勉強も鍛錬もお休みと言いつけられてしまっため、やる事がない。


 時間があると逆に困ってしまう。

 何をすればいいのだろう。


「…………」


 今頃、雅様は大忙しのはず。

 それなのに、私は何も出来ない。

 何か、お手伝いは出来ないだろうか。


 私でも出来ること、何でもいい、何かお手伝いしたい。


 このまま何もしないのも、苦しい。


「なにか、出来ないかなぁ…………」


 壁に背中を預け、その場に蹲る。

 何も出来ない私は、ここにいる意味、あるのかなぁ。


『美月ちゃん、いるかしら』


 あっ、響さん。


「はい」


 返事をすると、襖が静かに開かれる。

 響さんが中へと入り、私の前に正座した。

 どうしたのだろうか。


「あらあら、何か悩んでいたのかしら?」

「え?」


 わ、わかるの?

 そんなに顔に出ていたのかな。


 頬を触ってみても、わからない……。


「何を悩んでいたの?」

「い、いえ…………」

「あら、また話してくれないの? それなら、また雅にお願いしないとっ――」


 ――――ガシッ!


 ま、また雅様に話が行ってしまえば、私を心配し仕事に支障が出てしまう。


 あのお方は優しいから、私が悩んでいると知ると絶対に励ましてくださる。

 だけれど、それで雅様の仕事が進まないのは嫌ですよ! 今より苦しくなります……。


「なら、話してくださるかしら?」

「響さん……」


 響さん、いじわるです。


 雅様の耳に届くのは避けたいので、今考えていたことを素直に話しました。


 すると、響さんはなぜか「あらぁぁああ」と、歓喜の声を上げ、私に抱き着いてきました!?


「ど、どうしたんですか響さん」

「ものすごく謙虚で、可愛いお悩みだと思ってね」

「え?」


 謙虚? 可愛い? ど、どうしよう。

 意味が理解できない。


「そういう事なら私に任せなさい。勉強や鍛錬は雅が禁止しているから出来ないけれど、他の事なら大丈夫でしょう」

「何かお手伝いが出来るのですか!?」

「もちろん! 貴方にしか出来ない事よ。さぁ、行きましょう!」


 私にしか出来ない事。

 まだよくわからないけれど、少しでも雅様の役に立てるのならなんでもやります!


 ※


 雅は今、自室で眼鏡をかけ集中していた。


 美月の夢がもし本当に予知夢だとしたら、これから大きな戦争が起こる。

 出来れば争うことせず事を済ませたいが、そうも言ってられない。


 そう思う理由が、現在の桔梗家の動き。

 もう、家系などを捨てるのかと思う程、私利私欲に動いている為、ある意味読めない。


 美月を陥れる事を目的としているのは安易に想像出来るが、その行動があまりに過激。


 今はまだ手紙をお送り付けてくることしかしていないが、美晴が雅を殺す事態にまで何れ発展する。


 その過程が、読めない。

 桔梗家は隠すのが得意なのか、現状も鬼神家に漏れず、桔梗家と繋がりのある三ツ境国について調べても気になるものは出てこなかった。


 その事に頭を悩ませつつも、雅はどこか楽しそうに調べ物をしていた。

 そんな時、襖の奥から美月の声が聞こえた。


 眼鏡を取り顔を上げ「なんだ」と返事をした。


『もうそろそろ小腹が空いて来るお時間かと思い、軽食をお持ちしました』


 それを聞くと、小腹が空いている事に気づき、雅はフッと笑った。


「助かる、入れ」


 招き入れると、美月が姿勢を正しお盆に乗ったおはぎと、温かいお茶が入っている湯呑を持ち、雅の前に座る。


 仕事の資料などを下に置き、机におはぎと湯呑を置いた。


「ふむ、おはぎか」

「はい。響さんが雅様は、おはぎが好きだと言っていたので」


「母上め……」と、ぼそりと呟くが、美月の耳には届かない。

 不思議そうに首を傾げている美月に「なんでもない」と伝え、おはぎに手を付ける。


 一口食べると、雅は目をカッと開き、体を震わせた。


 何が起きたのか不安そうに美月が見ていると、おはぎを一度置き、雅は一度、美月を見た。


「美月よ」

「は、はい」

「これは、どこで買ったのだ? こんなに美味いおはぎは、今まで食べた事がない」

「え?」


 その後も雅はブツブツと「栄町のおはぎは全て食ったが違う」など、「外の者か? だが、外注できるものは全て一度食べているがどれとも味が違う」など。


 今まで食べてきたおはぎを思い出しては、頭を悩ませる。


 そんな雅の様子を見て、美月はおそるおそる手を上げた。


「あ、あの、雅様」

「なんだ?」

「これは、その、買ったものではなく、響さんに教えていただきながら、私が作ったおはぎなんですが…………」


 伝えると、雅は固まった後、顔を覆い「母上、ありがとう」と、感極まっていた。


「お、美味しかったなら良かったです!」

「母上の作ったおはぎより何倍もうまい」

「え、あ、あははは…………」


 バクバクと食べる雅の言葉に、美月は苦笑いを浮かべ、気まずそうに襖を横目で見た。


 そこには、黒い笑みを浮かべ中を覗き込んでいる響の姿。

 何とも言えない空気に、美月はただただ冷や汗を流すだけだった。

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