第27話 優しい奴

 雅は美月の部屋の前まで来ていた。

 だが、声をかけてはいない。


 汗を一粒流し、眉間に深い皺を寄せ立ち尽くす。

 横に垂らしている拳は強く握られ、微かに震えていた。


 曲がり角からは、数人の女中が雅を見守っていた。

 頑張れと言うような視線を送っている。


 その視線が届いたのか、雅は眉を釣りあげた。


「…………~~~~よし」


 気合を入れ直す。

 拳を強く握り、中へと声をかけた。


「――――美月、俺様だ。入るぞ」

『み、雅!? お、お待ちください!』


 襖に手をかけたが、止まる。

 少し悩み、「なぜだ?」と、問いかけた。


『い、今、酷い顔をしており、その…………』

「理由はそれだけか?」

『え?』

「それなら入るぞ」

『えっ!? まっ――』


 ――――ガラッ


 美月の言葉を無視し、雅は襖を勢いよく開いた。


 中には、顔を隠そうとしている寝間着姿の美月の姿。


 髪は梳かしていないのか広がっており、顔色も悪い。

 ご飯もあまり食べていないため、どことなく細くなった気がした。


 そんな美月を見て、雅は眉間に深い皺を寄せた。


「美月よ」

「は、はい…………」

「ここ数日についてだ。しっかりと話を聞かせてもらおうか」

「…………」

「返事」

「はい……」


 雅の不穏な空気に美月は負け、項垂れながら小さく頷いた。


 ※


 私は、寝不足で酷い顔をしている為、今まで誰とも会わないようにしていた。


 今までも、そこまで綺麗ではなかったのに、根暗なブスである私がもっとブスになってしまっている。


 そんな私を見られたくなくて、幻滅されたくなくて避けていた。


 夜は寝れず、寝れたとしても雅様が殺される夢を見て、すぐに飛び起きる。

 寝ていると感じず、体は重たい。


 意識もボ~としてしまって、誰とも話せる状況ではない。

 どうすればいいのかわからない時、何故か雅様が来てしまった。


 中に入れないよう言葉を考えていると、雅様が襖を開けてしまい、誤魔化すことすら出来なくなってしまった。


 うぅ、こんな、女性ではありえないお姿を見られてしまうなんて……。


 絶対に幻滅された。

 やっぱり、離婚しようと言われたらどうしよう。


「夜、寝れていないみたいだな」

「は、はい……。すいません、こんな醜い姿で……」

「そこはどうでもいい」


 ど、どうでも、いい……。

 それは、普段とあまり大差がないからということでしょうか。


 それはそれで、悲しい……。


「体調がすこぶる悪そうだな。隈も酷く、顔色も悪いぞ。何があった?」


 俯かせている顔を上げさせられ、顔を覗き込まれる。


 ひ、酷い顔を見ないでください!


 ――――パシン!!


「――――あっ」


 ばっ、と、思わず顔をそらしてしまった。

 雅様の手を払ってしまった。ど、どどどどど、どうしよう。


 で、でも、今の顔は、見られたくない。

 でも、手を払うまではやりすぎた。


 あー、もぉぉぉお!! 本当に私って、なんでこんなにもダメなんだ!!!


 ――――ポン


「み、雅、様?」

「色々と煮詰まっているらしい。寝不足で思考もままならない状態、飯も食えずに健康も害している。少しでも寝た方がいいと思うがっ――」

「い、嫌です!!」


 ――――はっ、ま、また……。


「──今の方が、美月の本音が聞けそうだ」

「笑わないでくださいよ……。こっちは必死なんですから!」

「悪かった悪かった、ふてくされるな」


 また、頭を撫でてくれる雅様。

 もう、子供扱いしないでくださいよ。私は子供ではありませんよ?


 ――――あっ、気分が少し良くなった。

 さっきまで何も考えられず、体も重くてしんどかったのに。


 でも、今は違う。

 頭が少しすっきりした。


 雅様、なにか魔法でもかけてくださったのでしょうか。


「あの、雅様、お仕事は…………」

「今日は、貴様の面倒を見るのが俺様の仕事だ」

「面倒……。え、ということは、今日は雅様と共にいられるのですか?」

「そのつもりだが、嫌か?」


 ずっと、雅様といられる。

 おそらく、私に気を遣わせないようにするための方便で、仕事はたくさんあると思う。


 それでも、私を優先してくれている。

 申し訳ないという気持ちと、嬉しい気持ちで言葉が出ません。


 でも、やっぱり申し訳ないです。仕事が溜まってしまう。

 今まで以上に大変になってしまう。


「仕事のことは気にするな。もともと、余裕をもって行っている。一日休んだところで差し支えは無い」

「そうなんですか? 本当ですか? 私のせいで雅様が大変になんてことになったら――フガッ!」


 へ、変な声が出てしまった!

 は、恥ずかしい。恥ずかしいですよ!


 というより、なんで鼻をつままれているんですか?


 なんでぇぇぇえ!!


「仮にだが、仕事が溜まり、今すぐに行わなければならなかったとしても、自分の妻がここまで苦しんでるのだ。今回と変わらず、一日傍にいることを選ぶ」


 そ、それは……。


「それに、仕事はいつでもできるが、美月に何かあれば、俺様は後悔し続けることになり、それこそ仕事すらままならず、鬼神家は不安定になるだろう」


 私の鼻から手を放し、腕を組む。

 鼻を鳴らし、雅様は自信満々に言い切った。


 ────やっぱり、優しい方。

 優しくて、温かい、素敵な方。


「優しいとか思っているのであれば、それはお門違いだ」

「えっ?」


 ど、どういうことでしょうか?


「俺様は、誰にでもこのようなことをするわけではない。本当に優しい奴なら、誰にでも行うかもしれないが、俺様の場合は、美月が相手だから言っているし、やっている。もう少し、自分の価値をわかってくれ」


 呆れたように雅様が頭を抱えてしまった。

「なんと伝えればわかってもらえるのだろうか」と、ぼやく。


 え、え? どういうこと?

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