第23話 戦争

 美晴姉様は、母と同じ治癒の力を宿している。なんで同じなのかは、考えたこともなかった。


「一つ、確認してもいいか?」

「なんでしょうか」


 雅様? 父様に何を聞くつもりなんだろう……。


「美月の瞳が赤い理由だ。それについて、話し合いたい。偶然にも、赤い瞳の情報も手に入れたしな」


 っ、情報? えっ、どうやって……? どこから?


「桔梗家について調べていると、久光の母親の話を聞く機会があってな」


 私の心境を読んだかのように、雅様が補足してくれた。


「美月の瞳が赤いのは、久光の母──祖母の血が濃いから。力の出現が遅れているのは、強い力を持っているからと、俺様は考えているのだが、どうだ?」


 問いかけられた父様は、「さすがです、雅様」と、頷いた。


「やはり、そうか。美月の祖母の力は強力すぎて、婚約してからも力が現れなかったという情報を手に入れたからな、美月もそうだろうと思ったのだ」


 そ、そこまでお調べになったのですか?


「まさか、そこまでお調べになっているとは、思ってもみませんでした……」

「妻を知ろうとするのは、普通だろう。これくらい、朝飯前だ」


 胸を張って、雅様が言いきった。

 なんか、ドヤ顔を浮かべていませんか、雅様。かっこいいです。


「それより、美月の力はいつ宿るかは、久光も予想できぬのか?」

「…………わかりません。ここまで宿らなかったのは、私も聞いたことがないため、予想も不可能です」

「そうか。祖母も、出現が遅かったとはいえ、美月ほどではなかった。予想できないのも無理は無いだろう」


 …………雅様は、私の力がないことに、何か考えることがあるのだろうか。


 いや、あるだろう。


 この世界では、桔梗家だけが魔法みたいな力を宿す。

 そんな桔梗家は、力だけが欲しいという家からの縁談が多い。


 今回は例外だっただけで、鬼神家にとって力のない私は無力。力がない私は、本来必要とされない人間だ。


 力があれば、力さえあれば……。


「ふむ。力が宿らないかもしれない可能性もあるのか?」

「そこからの話は未知です。その可能性がないとも言えないです」

「そうか。――――ふむ! それならよかった。このまま力が宿らん方が、こちらとしては都合が良い」


 ――――え? 力が宿らない方が、いい?

 役立たずの私で、いいの?


 思わず父と目を合わせてしまった。


「あ、あの、それはどういう意味でしょうか」


 父が困惑気味に手を挙げ、質問する。

 私も同じ気持ちです、どういう意味ですか、雅様……。


「最近、勉学だけでなく鍛錬も頑張っている。それには感心しているのだが、逆に心配になるのだ」

「心配、とは?」

「美月は優しい、優しすぎるほどにな。だから、力まで宿れば戦争が起きた際、自身も前戦に出ると言いかねん。そうなる確率を低くするため、美月には今のままでいてほしい。今のまま、俺様の隣で笑っていてほしいのだ」


 頭を優しく撫でられる。

 そんな事を、考えておられたのですね、雅様。


 私より、雅様の方が何倍もお優しいと思います。お優しすぎますよ、本当に。


「雅様、本当に美月を大事にしてくださっているのですね」

「嫁だからな」

「嬉しい限りです」


 父様が、安堵の息を吐き、口元に笑みを浮かべている。

 本当に、心配してくれていたのが伝わってくる。


「その話はもう良い。それより、桔梗家については理解した。その話は正直、鬼神家に関係のない内容だ」


 お、おうふ。バッサリと言いましたね、雅様。


 たしかに、私ももう鬼神家に嫁ぎました。

 桔梗家がどのようになろうと、私には関係ありません。


 …………父様には、申し訳ありませんが……。


「そうですね。分かりました。では、もう一つの方をお話しさせていただきたいと思います」

「なんだ」

「なぜかわからないのですが、美晴が急に鬼神家に嫁ぎたいと言い出しまして。今、雅様を寝取ろうと美郷と話し合っているのです」

「なっ!」


 ね、寝とろう? 雅様を?!

 そ、そんなこと、というか、なんでいきなり……。


「それだけでなく、今まで桔梗家が手を貸していた国、三ツ境国が鬼神家に近々戦争を仕掛けるとも、話しておられました」


 聞いた時、雅様が片眉を上げ、怪訝そうな表情を浮かべた。


「それは、誠か?」

「今はまだ、作戦の段階です。変わる可能性は十分にあります。ですが、動きを見せるのは確実。事前に準備などをした方がよろしいかと……」


「ふむ」と、雅様が腕を組み目を閉じた。

 ずっと聞き専に回っていた響さんが、何かに気づき手を上げる。


「雅、三ツ境国とは、どこまで交流が進んでいるのかしら」

「あちらが交流を拒否しているからな、まったく進んでおらん」

「そうよね……」


 響さんが雅様の返答を聞くと、視線を下げ、なにも言わなくなってしまった。


 え、えっと。

 な、なぜ、三ツ境国が鬼神家に戦争を仕掛けるなどという話になったのでしょうか。


 なぜ、父様は三ツ境国の作戦を知っているのでしょうか。


 …………まさか、桔梗家が三ツ境国を誑かして戦争を仕掛けさせたのでしょうか。


 いや、仮にそうだとして、分からないことがまた増える。


 だって、鬼神家に三ツ境国が戦争を仕掛けたところで、桔梗家には特に利得も、損もないはず。


 それなのに、なぜ……?


「三ツ境国は、武士の実力が他の国と比べると高く、狙われてしまった国はことごとく潰されている。桔梗家は、その実力を買い、三ツ境国の意思とは関係なく、鬼神家を潰そうと動きだしている。これが、今の状況では一番考えられるか」


 な、なるほど。

 三ツ境国の実力を買ったとなるのなら、納得出来ますね。


「桔梗家がそこまで動かなければならない理由は考えられるかしら?」

「今の桔梗家は、もう今までと同じではない。単純な事しか考えていないだろう。腹いせとかな」


 雅が響の質問に、簡単に答える。


 今、桔梗家の一番上に立っているのは、私の母と姉。

 あの二人なら、確かに腹いせだけで他の国を巻き込み、戦争を起こす事態を巻き起こしても不思議では無い。


「それに、この戦争で三ツ境国が勝つことになれば、鬼神家は三ツ境国を動かした桔梗家の下に落ちることとなる。そうなれば、鬼神家が所持している地位は桔梗家の物。そこも狙っている可能性があるだろう」

「雅は争いを好まない。でも、あちらはそうではない。手っ取り速く地位が欲しい桔梗家からすれば、戦争は一番の近道。それに、三ツ境国が味方となると、鬼神家もそう簡単には勝てない。そこまでは考えていそうね」


 響さんも、不安そうに眉を下げている。

 雅様も、難しい顔を浮かべていた。


「…………」


 これって、私が、嫁いでしまったから起きた事態……なんじゃないでしょうか……?

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