第14話 笑顔

 中に入ると、本が沢山に本棚に並んでいた。


「いらっしゃ――こ、これは雅様ではありませんか。このような場所に出向くなど、お珍しい」


 先程まで勘定台で肘をつき本を読んでいたおじさんが、急に顔を上げ焦ったように手をくねくねして雅様にすり寄ってきた。


 この態度の差……。さっきまで真面目に店番していなかったじゃない。


「妻の買い物だ」

「おやおや、最近耳にしましたよ。こちらの方が雅様の妻となる方ですね」


 くるっとこちらを見る。

 私と目があったかと思えば、急に怯えだしてしまった。


「あ、あかい、め……?」

「あっ…………」


 しまった。

 さっと隠しても今更遅い。どうせ、見られてしまった。


 亭主も何も言わなくなってしまった。

 怖がらせてしまった。


 お屋敷の人は何も言わないから、何も反応がなかったから、油断してしまった。

 私の目は、不吉を呼ぶ赤い目。


 どうしよう、どう誤魔化せばいいのだろう。


「どうした」

「い、いえ。赤い瞳をしていたので、つい……」

「赤い瞳がどうした」

「し、知らないのですか、雅様。赤い瞳は、血の色。不吉な色と呼ばれているのですよ?」


 私に聞こえないように小声にしたのかもしれないけど、しっかり聞こえている。

 いや、もしかしたらあえて少し聞こえるくらいで話しているのかもしれない。


 ごめんなさい、ごめんなさい。

 やっぱり、私は外に出ては駄目でした。


 まさか、ここまでその噂が届いているなんて……。


「何を言っている。血の色? 馬鹿を言うな。こいつの目は、炎の色だ。しかも、人を燃やす炎ではなく、優しく包み込み、温める炎。今以上に無礼なことを言うのであれば、ただでは済まさんぞ」


 雅様の漆黒の瞳が亭主を鋭く睨む。

 顔を真っ青にし、亭主は後ずさり「申し訳ありません」と震える声で謝罪を何度も繰り返した。


「――――もういい、行くぞ。本屋は他にもある」

「は、はい……」


 どうしよう、私の目のせいで雅様に不快な気持ちにさせてしまった。

 私の目が無ければ、こんなことにならなかったのに……。


「……あっ」

「っ、どうした」

「い、いえ……」


 この本、続編が出てる。

 私が大好きで、ずっと追いかけている作家さん。

 名前は、阿津紀あつきさん。


 この人は、鬼や妖怪といった人外を扱う、少しホラーな作品を得意とする作家さんだ。


 綺麗な光景を題材とした本や、人の関係を主に描いている作品が多い作家。


 それぞれ雰囲気が違くて、題材も異なる作品を描く方ですが、私が追いかけているこの本は、すべてが入っているような気がする。


 人外である事での苦しみや、葛藤。小さな幸せなどを噛みしめる場面があり、何度も何度も泣いてしまった。


 小さな幸せを大事にしたり、逆に大きな試練を共にいる友人や家族と乗り越える。

 本当に、色々考えさせられる本を書くことの多い作家さん。


 私は、この作家さんの書く物語が胸に染みて、本当に大好き。


「この本が気に入ったのか?」

「はい。阿津紀さんは私がずっと追いかけている作家さんで、大好きなんです」

「ほう」


 後ろから雅様が覗き込んでくる。

 気になるのだろうか。


「貴様が気になるのであれば、買おう」

「え、でも」

「安心しろ、金ならある」


 いや、そうではありませんよ。


「あっ……」


 本を私から取り、そのまま勘定台に行ってしまった。

 さっきの亭主が怯えながらも頑張って笑顔を作り、お金の計算をしている。


 そのまま購入し、買った本を雅様は私に渡してくれた。


「他に何かあるか?」

「い、いえ。これだけで十分です」

「そうか。では、行くぞ」


 私の手を握り、雅様は歩き出す。

 さっきまでとは違い、歩幅を私に合わせてくれている。


 この、さりげない気遣いが雅様の優しいところ。

 なんでみんなは、このような優しい姿ではなく、他の所を見て勝手に怖がってしまうのだろう。


 外に出ると、また先程と同じ空気をまた感じる。

 やっぱり、怖がられている、私を哀れむような目で見て来る。


「――雅様」

「なんだ」

「私、すごく楽しいです」


 本心を口にすると、雅様はなぜか驚いた顔を浮かべた。


「こんな綺麗な町に連れてきて下さり、外の世界を見せて下さり。本当に私は今、とても幸せです。本当に、本当にありがとうございます」


 雅様の手を両手で包み、お礼を伝える。

 ずっと、屋敷の中で一人だった私を連れ出してくれた、不吉だと言われた私を庇ってくれた。


 本当に、雅様には感謝してもしきれません。


「――――そうか」


 あっ、雅様が笑った。

 笑った!!


 周りの人も驚いている。

 今まで、笑ったところなんて見た事がないのだろう。


 どや!! 雅様はかっこいいでしょう! 笑う事も出来るんだよ!!


「? 何を笑っている?」

「雅様も笑っておりましたよ」

「っ、俺様が、か?」

「はい!!」


 素敵な笑顔で、笑っておりましたよ。

 今は驚いている表情ですが。


「笑うと、気持ちも晴れます。笑いたい時は、目一杯笑いましょ!」


 自分の口の端を横に伸ばして、笑う。

 笑うと、少しでも気が晴れます。


「――そうだな」


 ふふ、一人で笑うより、二人で。

 一緒に笑いましょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る