第15話 堂々と

 また、一人で素振りをしていると、一人の女中さんがこちらを見ていた。


 な、なんだろう。


 タオルで汗を拭いていると、女中さんがこちらへと駆け寄ってくる。


「あの、美月様。こちらを――」

「これは?」


 渡されたのは、一枚の封筒

 送り主は――っ!


「これ、美晴姉様からの……」

「では、私はこれで」


 女中さんは、そのまま急ぎ足でいなくなる、


 …………そう言えば、今の人は新しい方なのだろうか。見覚えがない方だった。


「……っ」


 なんで、美晴姉様から封筒が?

 中は、多分手紙……。


 勝手に見てもいいのだろうか。それか、一度雅様に報告?


 いや、報告より先に中を確認した方がいいかも。だって、これは美晴姉様からの手紙、雅様には関係ない。


 ――――ごくっ


 中を、確認――……


「何をしている」

「っ!?」


 後ろから声!?


「み、雅様!?」

「──っ。それ、誰からの封筒だ」


 肩越しに封筒を覗かれてしまった。


「え、えっと、これは…………」

「見せろ」

「あっ」


 封筒が取られてしまった。

 送り主を確認すると、雅様はなぜか肩を落とし、息を吐く。


「またか…………」

「また、とは?」


 雅様、どこか呆れているような表情を浮かべている。どうしたのだろう。


「どうしたの?」

「あ、響さん」


 女中さんと共に廊下を歩いていた響さんが、雅様の纏っている異様な雰囲気に声をかけてくださった。


 顔を上げ、手紙を響さんに無言で渡す。


「…………あらあら。でも、なぜ貴方が? 女中からは何も聞いていないわよ?」


 隣に立つ女中を見るが、首を横に振る。

 雅様はため息を吐き、頭を抱えた。


「美月が持っていた」

「美月ちゃんが?」


 二人の視線が私に降り注ぐ。

 き、気まずい。なんか、悪い事をした気分……。


「……場所を変えましょう。雅と美月ちゃんは一度、雅の部屋に」


 雅様は頷き、私の手を引く。

 響さんは、共に居た女中さんと目を合わせたかと思えば、女中さんが違う所に行ってしまった。


 三人で雅様のお部屋へ向かう。


 襖を開き中に入ると、机の前に雅様。その隣に響さん。私は向かいに座った。


「今回の封筒、中は見ませんでしたか?」

「はい。見る前に雅様とお会いしましたので」

「それならよかったです。雅、どうするのかしら」


 どうする? そんなに深刻なのかな。

 一応、家族からの手紙なのに……。


「…………届いていると知ってしまった以上、中を確認する義務が美月に発生する。今までについても、説明しないといけないだろう」

「そうよね……」


 今までのこととは、なんのことだろう。


 緊張しながら話を聞いていると、雅様と目が合った。


「美月よ、この封筒について話す前に確認したいことがある」

「は、はい」


 あ、改めて聞かれると、怖いです。

 でも、聞かなければならない。


 だって、これは私のことなんだから。


「この手紙は、誰から受け取った?」

「一人の女中さんから……」

「名前はわかるか?」

「すいません。見覚えのない方だったので……。新しく雇った方かなと」


 聞くと、雅様と響さんは顔を見合せた。

 首を傾げ、雅様は腕を組む。


 え、なんですか、その反応。

 何を考えているんですか……?


「最近は、新しい女中を雇っていないわよ? 新しく雇う場合は、必ず私と雅に共有されるので、見落としもないと思うわ」

「────え、で、でも。顔はあまり見えませんでしたが、新しい方だったかと思います。……って、すいません。あの、反抗したいわけではないのですが…………」


 なんと言えばいいんだろう。

 私、嘘を言っていない。それだけは言い切れる。けど、反発したいわけでもない。


 お二人の言葉も、嘘だとは思っていない。

 誰も嘘を言っていないはずなのに、すれ違う会話。


 私、なんて言えばいいの……。


 なんと言えばいいの一人焦っていると、雅様が手を上げた。


「落ち着け。俺様達は貴様を疑ってはいない。それに、反発されたとも思ってはいない」

「そうですよ。それより、言いにくい事なのに素直に言って下さり、感謝したいくらいです。ありがたい情報を耳に入れる事が出来ました」


 ほっ…………。

 二人は気づいていたんだ。私が勝手に焦ってしまっていたことに。


 それをわかったから、安心させてくれたんだ。


「ですが、困ったわね」

「あぁ、侵入者に気づかなかったのが情けない」


 雅様が悔しそうに俯いてしまった。

 響さんが背中をさすってあげているけれど、雅様の表情は晴れない。


 …………雅様、顔を俯かせないでほしい、です。

 いつものように、堂々として頂きたいです。

 胸が、苦しいです……。


 ――――あっ、そうか。これか。

 これが、普段雅様が抱えている感情か。


 私は、いつも顔を俯かせてしまっていた。

 その姿を見るたび、雅様は胸にモヤモヤとした心配というような、不安というような。

 そのような気持ちを抱えていたんだ。


 だから、私に顔をあげるように言っていたのか。


 今、ここで分かるなんて……。

 私の方が何倍も情けないですよ、雅様。


「――――雅様、顔を上げてください!」

「美月……?」


 少しだけ顔を上げた雅様は、眉を下げ少し困ったような表情を浮かべている。

 いつも堂々としていた雅様だけれど、やっぱり不安は沢山あるんだ。


 少しの綻びですら、ここまで大きくとらえてしまう。

 それくらい、鬼神家を大事にしているのが伝わってくる。


 私は、そんな雅様をどのように支えられるのか。

 妻として、どうやって手をお貸し出来るのか――……


「雅様、私は出来る事が少ないです。ですが、今は少しでも力を付けています。なので、何かあれば必ず私も全力で協力します、出来る事があれば、何でもします。なので、雅様は今までのように堂々としてください!」


 言い切ると響さんが「あらあら」と嬉しそうに笑う。

 雅様も驚き、目を大きく開いた。

 

 数回瞬きすると、口元に優しい笑みが浮かんだ。


「――――頼もしい嫁だな」

「雅様のおかげで、私も強くなったんです!」

「そうか」


 姿勢を正した雅様は、笑みをすぐに消し、真剣な表情に切り替えた。

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