第9話 原石

 一方、桔梗家では、美月がいなくなったことで母である美郷と姉の美晴が祝杯を上げていた。


「あんな根暗がこの桔梗家から居なくなって、嬉しいわぁ~」

「本当だよね、お母様。今頃きっと、暴言の嵐で泣いているんじゃないかしら。きっと、赤い目についても酷いこと言われているに違いないわぁ~」


 煽るようにお酒を飲んでいる二人の傍らには、不安そうな表情を浮かべている父、久光の姿もあった。

 共に酒を飲んでいるが、進んではいない。


 自ら鬼神家にお願いしたのだが、今の鬼神家若当主の噂は、悪いものが多い。

 封筒に入っていた紹介文は、本当に噂として流れていたもの。


 それでも、久光の頼れるところは鬼神家しかなかった。

 こんな場所より、せめてマシな所に。それだけしか、考えられなかった。


「…………ねぇ、こんな楽しい空気の中で辛気臭い顔を浮かべるのやめてくれない? 父様」

「っ、すまない」

「本当よ、あなた。まったく、空気が台無しじゃない」


 文句を言っても、お酒を飲む手は止めない。

 そんな二人に流されるように、久光もお酒を煽る。


「ねぇ、でも、暇つぶし道具がいなくなって、暇と言うのもあるのよねぇ~」

「それもそうねぇ」


 二人は、腕を組み考える。

 すると、いい案が浮かんだのか、美晴は満面な笑みを浮かべた。


「ねぇ! 手紙を書いてもいいかしら! 桔梗家からの手紙なら怪しまれることはないでしょう? だって、嫁いでいったのがお払い箱と言えど、桔梗家の者なんだから!」

「それはいい案ね。手紙交換でもしましょうか。あちら側の状況も把握できるし、いいわね。流石、私の娘よ!」


 その話に一瞬否定を示そうとした久光だったが、二人に睨まれてしまい何も言えなくなる。


「それじゃ、さっそく書いて来るわね~」


 そのまま美晴は大部屋を出て、自室へと戻る。

 残された美郷は残りのお酒を飲み、久光は震える拳を膝の上で作り、感情が爆発しないように耐えた。


「頼む、美月。幸せになってくれ」


 ※


 屋敷の裏へ遊びに行ってからは、数日間は何も特別な事はなかった。

 雅様と共にお食事をするのは、恒例となっている。


 それ以外の時間、雅様は自分の仕事をする時間を設けており、その間は私も家庭教師を雇い勉学に励む。

 今まで、姉の宿題をやっていたこともあり基礎は完璧。だけれど、応用が難しかった。


 覚える事も多く、頭がパンク寸前。

 でも、誰かと共に勉強するのは楽しくて、辛いとは感じなかった。


 それより、これで少しでも雅様の役にたてるのならという思いが強い。

 誰かの役に立ちたい。――――いや、今は、雅様の役に立ちたい。


 力のない私だけど、ほんの少しでも役に立ちたい。

 その一心で勉強と、少しの剣術を学んだ。


 体を今まで動かしてこなかったから、最初は体中が筋肉痛になって大変だった。

 始めて着る袴と、初めて持つ竹刀も慣れず、四苦八苦。


 慣れない事ばかりで大変だったけど、本当に楽しかった。

 体を動かす事も楽しくて仕方がなく、時間があれば素振りをしていた。


 今も、一人で袴を着て素振りをしている。

 まだ、筋肉痛は残っているけど、汗を流すことは気持ちがいいし、風も心地よい。


「ふぅ~。さすがに疲れたかな」


 基礎訓練をしてから少し休憩を挟んで、すぐに素振りをしていたからさすがに疲れた。

 休憩も大事と言われたし、少し休もう。


 タオルをお借りしていたから汗を拭き、縁側に座る。

 今日も青空が広がっていて気持ちがいい。


 汗を拭いていると、縁側の奥から一人の女性が歩いて来た。

 女中さんではない。ということは――……


「精が出るわね」

「響さん!」


 縁側の奥からこちらに歩いて来ていたのは、雅様の実の母、響さんでした。


 もう慣れたけれど、名前の呼び方、本当にこんな馴れ馴れしくていいのだろうか。

 でも、様呼びすると無視されてしまう。


 嫌ではないし、もちろん嬉しいのだけれど、なんとなく罪悪感がまだ完全に拭えない……。


「この後、お時間あるかしら。少し、私の趣味に付き合ってくれない?」

「え、趣味、ですか?」

「えぇ」


 趣味とは何でしょうか。少し、楽しみかもしれない。

 汗を流すために水を浴びて、服を着る。


 すると、すぐに響さんがワクワクとしながら腕を掴み、引っ張られます。

 え、え? ど、どこに連れていかれるのでしょうか。


 ついて行くと、響さんの衣装部屋へと連れて込まれてしまった。

 中に入ると、壁を覆いつくすほどの服がかけられていたり、畳まれている。


 着物が主に見えるけれど、外注もしているみたい。

 お洋服と呼ばれるものまで沢山あった。


 本でしか見た事がない服が今、私の目の前にある。


「す、すごい……」

「ふふ。これは私が昔から集めている服達なのよ」

「そうなんですね」


 でも、何故私をこんな所に?


「ふふっ、不思議そうな顔を浮かべているわね」

「は、はい……」

「貴方は磨けば輝く原石なの。もう、貴方を一目見てから私の手で磨きたいと思っていたのよぉ~。雅も、貴方を見て綺麗と言っていたし、もっと惚れさせましょう!!」


 ……………………へっ!? み、雅様が、わ、わわ、私のことをぉぉぉおお!?!?

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