第8話 雪女

 今は雅様と廊下を歩いている。

 少し、屋敷の周りを散歩することになりました。


 屋敷の裏に出るとそこには池があり、覗くと鯉が優雅に泳いでいた。


「わぁ、綺麗」

「落ちるぞ」


 池を覗いていると、腰に腕を回され引き戻される。


「す、すいません」

「構わん」


 すぐに池から離されてしまった。

 背中を向け、雅様が私の手を引き歩き出す。


 …………雅様、歩くの早い。

 私は雅様と比べると足が短いから、どうしても早歩きになってしまう。


「…………」

「あっ、す、すいません」


 雅様が振り向いた。

 私が遅れているのに気づいてしまったみたい。


「歩くの早かったか、すまない」

「い、いえ。私の方こそ申し訳ありません……」


 謝罪したあと、すぐに歩き出す。

 あっ、歩く速度、私に合わせてくれている。


「あ、あの、ありがとうございます」

「…………おい、美月」

「は、はい」

「いつになれば敬語を外してくれるんだ?」


 ……………………はぃ!?


「い、いえ、あ、あの。雅様は、不吉であると言われ続けた私を迎え入れてくださった方。尊敬し、敬うべ方なので、その、話方までは……」


 慌てて言うと、雅様はなぜか眉を下げ、落ち込んでしまった。

 わ、私は何か間違えてしまったのでしょうか。


「……まぁ、焦るのは良くない。気長に待とう」

「は、はい。ありがとうございます……?」


 雅様が何を言いたいのかわからなかった。

 なんで私はこうも、人間関係を築くのが苦手なのでしょうか。


 いえ、わかっています。

 今まで人と接する時間がなかったのが、苦手の理由でしょう。


 でも、そうなってしまったのは、私の赤い目のせい。

 この目が無ければ、普通に暮らせていたかもしれない。


 ここまで雅様にも迷惑をかけなかったかもしれない。

 そう思うと、やはり雅様には申し訳ないです。


 父のお願いを快く受け入れて下さり、私にも気遣ってくださる優しい方。


 雅様は本来、私なんかをお選びにならなくても、女性は選り取り見取りのはず。

 父が私についてを鬼神家に話してしまったから、雅様は道を閉ざされてしまった。


 もっと、他に沢山、素敵な女性はいるのに……。


 雅様について行くと、風が頬を撫でる。

 考え事をしていたら、いつの間に森の中に入っていた。


 屋敷の裏は、森になっていたんだ。

 獣道ではなく、しっかりと整備されているから歩きやすく、迷わないように木にカラフルな布が結ばれていた。


「転ばぬよう気を付けるのだぞ」

「は、はい」


 一体、どこに向かっているのだろう。

 何も言わずに付いて行くと、徐々に道が開けてきました。


「――――っ!」


 今まで木が太陽の光を遮っていたから薄暗かったけれど、抜けると急に強い光に包まれた。

 咄嗟に目を閉じると、雅様が足を止めた。


「ここが、俺様のお気に入りの場所なのだ。美月にも気に入ってもらえると嬉しい」


 目を開けると、そこに広がるのは自然豊かな景色。

 広い青空に浮かぶ、私達を照らす太陽。少し下を向くと、崖の下にも森が広がっており、緑のじゅうたんが敷かれているように見えた。


「あまり奥に行き過ぎるなよ」

「は、はい」


 綺麗。空気も澄んでいて、心地よい。

 風も、肌を優しく撫で、余分なすべてを洗い流してくれる。


 こんな綺麗な場所があったなんて、知らなかった。

 ずっと見ていられる。


「――――出てこい、雪女」


 雅様が呟くと、同時に懐に手を入れる。

 一枚の長方形の紙を出すと、前方に投げた。


 光り出したかと思うと、冷気が紙を包み込む。少し待つと、人型のシルエットが見えてきた。

 待っていると冷気は晴れ、中から綺麗な女性が姿を現した。


 空色の艶のある足元まで長い髪、白い着物に水色の帯。

 色白の肌に浮かぶのは――赤い目だ。


「こいつは俺様の式神、雪女。すぐにでも紹介したかったんだが、時間が取れなかった」


 雅様が紹介していると、雪女さんが私へと近づいた。


『初めまして、美月様。私は、雅様を主とする雪女。貴方についても、必ずお守りいたします』


 頭に直接届くような声。

 鈴のように透き通り、心地よい。


 細められた赤い目には、私の困惑の表情が浮かぶ。


「同じ目の色で驚いたか」

「は、はい。あの、これって……」

「安心しろ。こいつの赤い瞳は本当に偶然だ。だが、これでわかっただろう。赤い瞳だからと言って、不吉なわけではない。俺様は、こいつに何度も何度も救われた。命を守ってもらった。そんな奴が、不吉であるものか」


 雅様の声に、微かな怒気を感じる。


『主』

「あぁ、すまない」


 なんだろう。お二人には、見えない繋がりがあるように感じる。

 いや、本当に繋がっているんだ。絆以上の、なにかで。


 式神だから、ではない。

 式神以上の信頼を、感じる。


 ――――そうか、赤い目により私が閉じ込められていたこと。赤い目を悪く言われたこと。それに対しての、怒りなんだ。


 今まで共に困難を乗り越えてきた雪女さんも、赤い目。

 もしかしたら、雪女さんを馬鹿にされたような感覚になったのかもしれない。


「美月」

「はい」

「赤い瞳も、存外悪く無いぞ」


 口元に浮かぶ、微かな笑み。

 それは、雪女さんも同じ。


 私が赤いに悲観していたから、わざわざ見せてくれたのかな。


 やっぱり、雅様は冷酷無情な人なんかじゃない。

 誰よりも心優しく、誰よりも温かい。そんな、素敵な方だ。

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