第10話 癖

「やっぱり、着物系がいいかしら。それか、お洋服? ドレスもいいわねぇ。どれも似合ってしまうから困ってしまうわぁ~」


 ワクワクとしながら響さんが、私の着る服を選んでくださっている。

 ものすごく楽しそうで良かったです。ですが、私はそれどころではありません!


 さっきの、響さんが言っていた、雅様の言葉。

 私を綺麗って、綺麗と言って下さっていた!?


 そ、そんな事、あるわけがありません。

 だって、私は根暗で、美晴姉様より醜くて、お払い箱なんです。


 優しいから、そのようなことを言ってくださるのですよね。

 私は、本当に幸せ者です。

 こんなお優しい方と出会えて、嫁ぐことが出来て。


「決めたわよ、美月ちゃん!!」

「は、はい!!」


 雅様を思い浮かべていると、響さんが私に服を見せて来た。

 こ、これは? あの、近すぎて色しかわかりません。


「これを着てください!! さぁ、さぁ!!」

「は、はい!!」


 あっ、試着室に入れ込まれてしまった。


『着方がわからなかったら教えてねぇ~』

「は、はい……」


 え、えぇっと……?


 ※


 わ、わぁ!!

 薄紅色のドレス? なのかな。


 本で見た、華やかなドレスだ。

 両肩が出ている。あ、足も。ひざ丈だから見えてしまっている。


 煌びやかなデザインですが、刻まれている柄は落ちていて、清楚な感じ。

 こ、ここ、こんな素敵な服、私なんかに似合う訳がない!


『着たかしら?』

「着ました、着ましたが……ひゃっ!!」


 私が言い終わる前に中に入られてしまった。


「きゃぁぁぁあ!! 可愛い、可愛いわよ美月ちゃん!!」

「で、ですがこれ、その、肌が出過ぎではありませんか……?」

「そんなことはないわ。凄く綺麗だもの、見せてなんぼよ!」


 見せてなんぼとは、一体……。


「次は髪ね!」

「あっ……」


 髪……。


 この髪は、父と同じ猫っ毛。

 嫌いではないのだけれど、やっぱり美晴姉様みたいな綺麗で、艶のある髪を見ていると劣ってしまう。


 どんなに手入れしても、美晴姉様のようにはなれなかった髪……。


「この髪、柔らかくて、うまく内巻きになっている。綺麗にまとめる事が出来れば見違えるわ」

「ほ、本当ですか?」

「私に任せなさい!」


 どーん、と胸を張られてしまった。


「お、お願いします」


 次に案内されたのは、響さんの部屋。

 鏡台の前に座ると、髪を櫛で梳かし始めてくれた。


「本当に、すごい綺麗な髪。父親似なのかしら」

「は、はい。父もすごい猫っ毛だったみたいで。髪は少しも伸ばせないと嘆いていました」

「ふふ、男性の場合は大変よねぇ~」


 優しい手つき、痛くない。


 今まで私は、このように髪を触られたことはなかった。

 昔、美晴姉様が私の髪を引っ張って、床に転ばされたことはあったけど……。


 他にも、無残に切られたこととかもあった。

 それからは、誰にも髪を触られたくなくて、自分で梳かしていた

 

 頭の中に残っている忌々しい記憶が蘇ると、かき消すように響さんの歓喜の声が耳にはいった。


「出来たわよ」


 鏡に顔を向けると、赤い組紐が髪を一つにまとめている。

 触ってみると、みつあみもされていた。


「すごい…………」

「貴方の髪は柔らかったから、変にいじり過ぎると良さを失ってしまうかもしれなかったの。簡単にしてしまったけれど、やっぱり可愛いわ!!」


 目を輝かせ、響さんがまじまじと見る。

 は、恥ずかしいです……。


「本当は、服が外注したものだから、組紐じゃない方がいいかもしれないのだけれど、私は髪を短くするから買わなかったのよぉ~。これからは美月ちゃん用に探してみるわね!」

「え、そ、そんな。申しわけないですよ!」

「遠慮しないで、私がやりたいの。嫌かしら?」


 そ、そんな悲しいそうな顔を浮かべるのは反則だよぉ……。

 なんとなく、雅様の影が見えました、今。


「い、いえ。嫌ではありません。むしろ、今までこのようなことを言われたことがなかったため、その――すっごく、嬉しいです!」


 正直に言うと、響さんは頬を染め、満面な笑みを浮かべてくれた。


「嬉しいわ!!」

「え、きゃ!」


 だ、だだだ、抱き着かれてしまいました!

 頬をすりすりされている。これ、どうすればいいんだろう……。


「あ、あの、ひ。響さっ――……」


『母上、中にいるのか?』


 あっ、襖の奥から雅様の声が聞こえてきた。


「いるわよ、入りなさい」


 響さんが私を後ろに下げ前に立ち、雅様を出迎える。

 この角度では私はもちろんだけれど、雅様からも私が見えないんじゃ……。


「? どこかに出かけるのか?」

「違うわ。少し、仕事で疲れた貴方を癒してあげようかと思って」

「疲れてなどいない」

「それはどうでもいいのだけれど」

「おい……」


 急に冷めた響さんと、呆れた雅様。

 こ、これが親子のやり取り?

 なんか、お互いにそっけないというか。本当に、親子の会話?


 変に疑っていると、響さんが私へと振り向いた。

 ニコッと笑いかけられても、何をすればいいのかわからないですよ。


「実は、今回美月ちゃんにお願いして、私の趣味に付き合ってもらったのよ」

「母上の趣味となると――――っ!」


 響さんが横にずれた事で、やっと私の存在に気づいたらしい雅様が、何故か言葉を途中で止めてしまった。

 目を開き、私を見て固まっている。


 そ、そんなに見られてしまうと、流石に照れてしまいます。

 思わず顔を下げると、雅様が私に近付いて来た。


 「美月」


 名前を呼ばれゆっくり顔を上げると、雅様の顔が近くにっ!?


「――――美月、今すぐに顔を下げる癖は直せ」

「え」

「もっと、俺様に貴様の顔を見せろ」

「っ!?」


 み、雅様!? い、いきなりそんなことを言われましても!

 というか、私、そんなに顔を俯かせていましたか?


 恥ずかしいのと困惑でうまく話せません!

 ひとまず、今の私の顔は真っ赤になっていてだらしないような気がするので見ないでください!


 雅様の漆黒の瞳から逃げるようにまた視線をさげっ――……


 ――――ガシッ


「ほれ、また下げようとする。俺様から逃げるな。もっと、貴様の美しい顔を見せろ」


 目を細め、真面目な顔で雅様が私の顎を固定する。

 も、もう、勘弁してください!!!!

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