第4話 戸惑い

「本当に、申し訳ありませんでした……」

「構わない」


 思わず雅様の肩で泣いてしまった私はやっと落ち着き、今は屋敷の中を案内してくれている雅様について行く。

 その時に先ほどの無礼を謝罪していたのだが、雅様の態度は先程と変わらない。


 怒っているわけではない。

 ただ、淡々と前を歩く。しかも、荷物をいつの間にか持ってくださっており、私が持ちますと言っても返してはくれなかった。


「…………」

「…………」


 …………気まずい。

 雅様は紙に書かれていたように口数が少ないみたいで、何も発しない。

 私も、会話が得意と言う訳ではないため、声をかける事が出来ない。


 沈黙の時間を過ごしていると、雅様が立ち止まった。

 私も立ち止まると、そこは一つの襖の前。


 雅様が襖を開けると、中に入る。

 入ってもいいのかわからず立ち尽くしていると、漆黒の瞳を向けられた。


「何をしている」

「え、あ、あの。入っても、よろしいのでしょうか」

「構わん」

「あ、ありがとうございます」


 中に入ると、雅様は私の荷物を壁側に置く。

 私へ向き直すと、何故か急にじぃ~と見られた。


 な、んでしょうか。

 こんな人に見つめられたことなどなかったため、どうすればいいのかわからない。


 でも、目を逸らすのも無礼に当たる。どうすればいいの!?


 困っていると、雅様が急に薄花色の髪をガシガシと掻いた。


「…………ここが、今度から貴様の部屋だ。好きに使うとよい」

「え、あ。ありがとうございます」

「あと、何かあれば遠慮なく女中に言え。俺様でも構わん」


 それだけ言うと、雅様はそそくさと居なくなってしまった。

 必要最低限でしか関わらないと、決めているのだろうか。


 そう、だよね。

 やっぱり、私みたいな赤い目を持つ根暗な女とは、少しでも長くいたくないよね。


 襖が静かに閉まる。

 足音が遠ざかる――わけではない。


 あ、あれ? ――――あ、雅様は若当主だ。

 気配を消し、足音すら立たせずに廊下を歩くことなど簡単だろう。


 駄目だな、今まで人の足音に敏感に生活して来たからか、意識してしまう。

 気を引き締めるため、頬をパンパンと叩く。


「よしっ!! ひとまず、たび重なる無礼を謝罪しなければ……」


 でも、少しは時間を空けた方がいいだろう。

 謝罪は早い方が良いとは思うけれど、私とはあまり長くいたくない雅様の事を考えると、少しは時間を空けなれければ。


 急がなくてもいい。

 これからはずっと、ここにいる事になるのだから。


 雅様が、私を切り捨てない限り、ずっと――……


 ※


 部屋から出た雅の頬は、薄紅色に染まっていた。

 片手で顔を覆い、襖の前に蹲る。


「――妹の方があんなに美人など、聞いていないぞ久光よ」


 大きく息を吐いた雅は、赤く染まった顔をいつもの無表情に戻し、立ちあがる。


 漆黒の瞳には強い意思が宿り、足音一つ立てずに歩き出した。


「絶対に、最後まで守り通してやる。桔梗――いや、鬼神美月を――……」


 言い換えたのと同時に、またしても雅の顔は赤く染まってしまった。


「ま、まだ早い!!」


 一人で取り乱し、一人で落ち着くを繰り返す。

 そんな若当主を見ていた一部の女中は、クスクスと笑っていた。


 ※


 夜、女中が一人、私の部屋に訪れた。

 食事の準備が出来たらしい。


 女中について行くと、一つの大きな襖の前で立ち止まる。


「あ、あの……」

「お食事は、雅様と共に今後はお取りになります」

「――え?」


 私が混乱しているにも関わらず、女中は襖の奥にいるであろう雅様に声をかけてしまった。


「雅様、美月様をお連れいたしました」


 言うと、中から冷淡な声で「入れ」と言われた。

 襖を女中が開けると、中にはお酒を嗜む雅様のお姿があった。


 ものすごく儚く、今にも消えてしまいそうな雅様。

 元々色白の肌をしているらしく、お美しい。


 思わず見惚れていると、漆黒の瞳と目が合った。


「入らないのか」

「し、失礼しました! 雅様がお美しく、思わず見惚れてしまっておりました」


 正直に言い頭を下げると、雅様から呆れたような声が聞こえた。


「そうか」


 その後に、何故か女中がクスクス笑う。

 なんで笑っているのだろうと顔を上げると、顔を逸らされてしまった。


 でも、肩は震えている。

 私の赤い目を怖がってではないようだ。


 そういえばこの人は、私が顔を上げても一瞬も臆することなくここまで案内してくれていた。

 そんな人が今更、赤い目が見たくないからと顔を逸らす事はないだろう。


 なら、何故顔を逸らされてしまったのだろうか。

 不思議に思っていると、雅様が咳払いをして空気を変えた。


「出て行け」

「申し訳ありません」


 冷たく言い放たれた言葉。それなのに、女中は一瞬も臆さない。

 逆に楽しんでいるような表情を浮かべ、私に一礼すると襖を閉じいなくなった。


 何だったのでしょうか。

 よくわからない。


 思わず立ち尽くしていると、雅様に呼ばれた。


「早く来い」

「は、はい」


 やばい、ここに来てから驚きの連続で無礼な態度ばかり取っている。

 ここで謝罪しなければ。


 雅様の前に準備されているお食事の前に座る前に、雅様の隣に腰を下ろす。

 私の行動に疑問を感じらしい雅様は、首を傾げた。


 そんな雅様に、私は深々と頭を下げる。


「っ、どうした」

「ここに来てから数々のご無礼を失礼いたしました。すぐに謝罪を申し上げたかったのですが、気分を害してしまわれないかと考えてしまい遅れてしまいました。申し訳ありません」


 誠心誠意謝罪をする。

 これで許されるとは思っていない。でも、せめて切り捨てないでと願う。


 そんな私の心中など気にせず、雅様は私に顔を上げさせた。

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