第3話 鬼神雅という男

 縁談の話は、私を通さずに次々と決められていた。


 知らないうちに顔合わせの日になり、私は少ない荷物を風呂敷に詰め、馬車に乗る。

 私を見送ってくれているのは、暗い顔をしている父だけ。あとは、おそらく父に命令されたであろう女中。


 今更、私を見送ったところで、私を捨てたことに変わりはないというのに。

 父が手を振っているのが視界の端に映る。けれど、私は顔を上げる事が出来ない。


 馬が動き出す。振動が体に伝わり、思わず顔を上げてしまった。

 その時、父が口を動かした。


「――――えっ」


 もしかしたら、私が都合よく解釈しているのかもしれない。

 それでも、今の言葉が父から放たれたことで、私は思わず涙を流してしまった。


「何が、幸せになれ――ですか。貴方は、私を捨てたくせに……」


 父は、どのような気持ちで今の言葉を発したのかわからない。

 いや、もしかしたら恨み言を発したのかもしれない。


 信じきれない今の父の言葉は胸に刻まれ、馬は淡々と目的地である鬼神家へと向かった。


 ※


「ここが、鬼神家……」


 数刻と馬車に揺られ、たどり着いた先には、桔梗家とは比べものにならない程大きな屋敷。

 周りは緑に囲まれており、しっかりと手入れされているのがわかる。


「では、私はこれで」

「え、は、はい」


 馬車を引いてくれていた人は、私を下ろすと早々にいなくなる。

 私みたいな赤い目の人とは共に居たくないというのが節々に伝わってきた。


 一人残された私は、この後どうすればいいのだろうか。

 目元を隠すための物を付けてこれなかったから、早くどこかの部屋に入りたいのだけれど……。


 周りを見ていると、足音が後ろから聞こえた。

 振り返ると、そこには薄花色の髪を後ろでまとめている一人の男性が、白い大きな羽織をはためかせ立っていた。


 漆黒の瞳には、私が映る。

 私の、赤い目が、漆黒の瞳に――……


 や、やばい。

 こ、この人が鬼神家の若当主である、鬼神雅様。


「あっ、っ!」


 驚きすぎて声が出ない。


 は、早く挨拶しなければならないのに、今まで人と話してこなかったからか、緊張で喉が絞まる。

 無礼な態度を取ってはいけない。早く、早く挨拶をしなければ。


「――――やはり、次女が来たか」

「っ、え、や、はり?」


 低い声で放たれた言葉には、何かが含まれている。

 それはわかるのだけれど、意味が分からない。


 やはりとは、どういうことだろうか。


「聞いていた通り、赤い瞳をしているのだな」

「っ! も、申し訳ありません! こんな醜い瞳を見せてしまい。無礼な態度を、どうかお許しください」


 声が震える。顔を逸らしてしまった。

 これこそ、無礼な態度だ。


 最悪だ。これでは、赤い目関係なく切られてしまう。

 自然と浮かぶ涙を堪えていると、顎に手を添えられ、顔を上げさせられた。


 漆黒の瞳と目が合う。

 涙が浮かんでいたから少し歪んでいるが、それでも、雅様がどのような表情を浮かべているのかわかる。


 怒ってはいない。さっきから変わらず、無表情。

 何を考えているのかすら察する事が出来ない。


「あ、あの……」

「何を隠している、もっと貴様の赤い瞳、俺様に見せろ」

「――――え」


 な、何を言っているの?

 赤い瞳を、見せろ? なんで?


 だって、この赤い目は血の色で、不吉で。

 誰も、赤い目を見たくなくて顔を逸らしてきたというのに。


 何で、この人は好んで私の赤い目を見ようとするの?


「緊張していたみたいだな、無理もないだろう。だが、安心しろ。お前はもう俺様の嫁だ、大事にする」


 言いながら雅様は、私を逞しい腕で包み込む。


「貴様の赤い瞳、俺様はものすごく綺麗に見える。まるで、赤く燃え上がる炎。もっと、俺様に見せろ。堂々とな」


 耳元に低く声で、優しい言葉が囁かれる。

 この人は、本当に紙に書かれていた冷酷無情な当主なの?


 こんなに優しく私を包み込み、血の色をしている目を綺麗だと言ってくれる人が、冷たく簡単に人を切り捨てるの?


 わからない。私には、わからない。


 わからないけど、今の私には、この言葉はあまりに温かく、無礼なのは承知しているけれど、目じりが熱くなるのを止められない。


 雅様の後ろの光景が歪む。頬を何かが伝う。

 止めなければならない、感情的になってはいけない。


 それなのに、雅様の温もりが私の冷たくなった心を温めてしまい、止まらない。


 始めて出会ったはずの男性に縋る、情けない女。

 それなのに、雅様は突き放すことなく、私を抱きしめ続けてくれた。

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