第29話 異世界きのこ・たけのこ戦争

 オーガ=ナーガ帝国帝都にあるアオーラ宮殿においておれたちは皇帝および皇太女と謁見し、会食の間に通された。さすが帝国といった感じの絢爛豪華な部屋である。宮廷料理というものをおれは初めて食べたが、まあ良く言って日本のスーパーのお惣菜レベルといった感じだ。まんまメンチカツみたいなものも出てきたが、ウスターソースが無いと日本人のおれには辛い。


アルフォード「はっはっは、どうだミキオ、宮廷料理は美味かろう?」


ミキオ「まあ、感想は後で言おう」


皇帝「時に、召喚士殿は結婚しておるのか」


 猛烈に嫌な予感がするがここは普通に答えておこう。


ミキオ「いや、してない」


皇帝「おおそれは重畳。そなた、エリーザを娶らぬか」


 部屋中の空気がピーンと張り詰めた。いやいやいやいや。なんでそうなる。


アルフォード「父上! いや陛下、急に何を仰る!」


フレンダ「皇帝陛下、あまりに唐突じゃございません!?」


皇帝「ん? 変か? エリーザも27歳、決して早すぎはせんと思うのだが」


フレンダ「そういうことではなくて…」


エリーザ「陛下が仰るならば私には否も応もありませぬ」


 ん? なんでエリーザは顔を赤らめているんだ?


アルフォード「いやおかしいだろう姉上。普段から父上には逆らってばかりいるくせに急に従順になって」


エリーザ「ええい黙れアルフ! 剣技で私に勝ったことがないくせに!」


フレンダ「ミキオの気持ちを無視して話を進めてはいけませんの!」


 これは…モテ期が来ているのか? それにしても王族にばかりモテるな。まだおれの知らぬ神与特性にフェロモン強化みたいなものもあるのだろうか。


皇帝「よかろう、召喚士殿の意見を伺おう」


ミキオ「いくらなんでもちょっと性急過ぎる。だいいち、この女は次の皇帝だろう、おれは皇帝なんて代物を嫁に貰う気はない」


エリーザ「貴様、無礼にも程があるぞ! ま、まあ、そんな無礼なところも男らしいとも言えるが…」


アルフォード「何なのだ、姉上!」




 その後のことはあまり覚えていない。皇帝はエリーザの婿取りについてやたら粘ったがおれは決して首を縦に振らなかった。自分を褒めてあげたい。ただ何かその代わりにと面倒ごとを押し付けられたような気もする。その日は皇宮に泊まり、朝食は食堂で皆で軽く取ることになった。


ザザ「お前、これから大変だな。頑張れよ」


ミキオ「いや昨日の皇帝の話は聞き流していて覚えてない。おれは何か言われたのか?」


アルフォード「このオーガ=ナーガ帝国と隣国スワロウ国、スリージョー国の三国同盟をまとめる仕事を皇帝陛下に押し付けられた。本当に申し訳ない」


ミキオ「何だと? そういうのは政府の仕事だろう、帝国民でもないおれが何故」


アルフォード「貴様には本当にすまないと思ってる。いま両国首脳がこの皇宮に来ており、半刻後に会うことになっている。重ね重ね申し訳ない」


 とするとまだ王都フルマティに帰れないのか。くそ、なんで異世界ってヤツはこんなにも忙しいのだ。転生なんかするんじゃなかった。



 時間となり、おれは一人で会談の間に赴いた。部屋には既に皇太女エリーザ、スワロウ国とスリージョー国の首脳が来ている。どちらの首脳もまだ若い。


エリーザ「遅いぞ召喚士! ま、まあ、その悠然としたところも男らしいと言えるが…」


 何なんだこいつは。どういうタイプのツンデレなんだ。


ミキオ「お待たせした。召喚士のミキオ・ツジムラだ」


スワロウ首相「スワロウ国首相のナイフォークです」


スリージョー総統「スリージョー国総統のホウ=チオです」


エリーザ「両国はこれまで百年の長きに渡り抗争を続け、不幸な関係にあった。しかし世代が代わり若き2人が指導者となられたこの機会にと、皇帝陛下が両国と我が帝国との三国同盟の話を提言なされたのだ」


 あの狸ジジイが三国同盟ねぇ、本当なら悪い話ではないと思うが、何か裏があるに決まってる。


エリーザ「皇帝は後ほど参られるが、事前にある程度話し合いがまとまれば幸いだ」


 なるほど、後から美味しいところだけ持っていきたいというわけだ。


ミキオ「よくわかった。この会談の内容は表に出さないことを約束する。御両国の奇譚のない意見を伺いたい」


スワロウ首相「正直言ってスリージョー国とは過去に色々あって、国民感情のことを考えると同盟などという話はまだ時期尚早に思えます」


スリージョー総統「同感だ。せっかくこのような場を設けて頂いて恐縮だが、まだスワロウ国とはわだかまりがある」


 これは両人とも若いのに頑固だな。皇帝も困っておれを引っ張りだすわけだ。仕方ない、買い物してくるか。おれは青のアンチサモンカードを床に置いた。


ミキオ「 5分間だけ失礼する…ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、1988年の東京のスーパーマーケット!」


スワロウ首相「おお!」


スリージョー総統「き、消えた…」




 数分後、おれはスーパーの袋をもって“逆召喚”から帰ってきた。


ミキオ「御両人、お待たせした。異世界(日本)の菓子を御賞味頂きたい」


エリーザ「召喚士! 貴様、この状況で菓子などと! ま、まあ、その突拍子もない発想力が魅力的とも言えるが…」


 顔を赤らめているエリーザをスルーして両国首脳は身を乗り出した。


スワロウ首相「ほう」


スリージョー総統「異世界のお菓子とは、興味ありますな」


 おれはスーパーの袋の中から人数分の菓子箱を取り出した。ご存知、明治製菓が1975年から発売している“きのこの山”である。


スワロウ首相「これは…」


ミキオ「きのこの山。軸がクラッカー、傘の部分がチョコレートになっている」


スワロウ首相「確かにキノコの形だ。これは滑稽味がある」


スリージョー総統「しかし美味い。このクラッカーのサクッとした食感とチョコのマッチングが絶妙だ。持ちやすくて機能的なのもいい」


エリーザ「ふむ、パッケージものどかで良い」


ミキオ「ではこちらも試して頂こう。たけのこの里。こちらはクッキーの芯をチョコで覆っている」


 こちらは後発であり発売は1979年。やはり明治製菓が生み出したきのこの山の姉妹品である。


スワロウ首相「これはまた可愛らしい」


スリージョー総統「む、こちらも美味い! クッキーが口の中で程よく崩れてチョコレートと混じり合う」


エリーザ「パッケージはほぼ一緒だな」


ミキオ「さて御両人はどちらがお好きかな」


スワロウ首相「…ふむ、私は断然“きのこ派”だな。歯ごたえがあってポップで楽しい」


スリージョー総統「いや私は“たけのこ派”だ。大人の食感だし、1箱あたりの数量も少なく、何か豪華な感じもする」


スワロウ首相「やれやれ、スリージョーの人は言うことが貧乏くさい」


スリージョー総統「何を仰る! そちらこそ舌が単純なんじゃないのか?」


ミキオ「まあまあ、落ち着いて。異世界ではこれを“きのたけ戦争”といい、発売以来長きに渡って論争が続いているのだ」


スワロウ首相「ふむ」


スリージョー総統「無理もない。両方とも実に美味しい」


ミキオ「これだけ美味い菓子だが、実は両方とも異世界でチョコレート菓子売上ランキングで1位になったことがない」


スワロウ「なんと」


スリージョー「異世界にはもっと美味い菓子があるのか…」


ミキオ「“きのこ”“たけのこ”で争っているから勝てないのだ、とは言わない。様々な要因があるだろう。これも食べて頂こう」


 おれは切り札を出した。1988年に明治製菓が発売した“きのこ”“たけのこ”の第三の妹“すぎのこ村”である。


エリーザ「なんだこれは」


ミキオ「すぎのこ村。ビスケットの軸にクラッシュアーモンドとチョコがコーティングされている」


スワロウ首相「クッキー、クラッカーの次はビスケットときたか。異世界の菓子とはどれだけ工夫を凝らすのだ」


スリージョー総統「む、これも美味い! というか一番美味いかもしれない」


ミキオ「おれも三者の中ではいちばん美味いと思う。だがこれは業績不振で発売翌年に絶版になっているのだ(※2005年に期間限定で再販)」


スワロウ首相「なんと!」


スリージョー総統「こんなに美味いのに」


ミキオ「御両人、スワロウもスリージョーもいつまでも争っていては国力を疲弊し第三国に隙を突かれることになるだけだ。今はまだいいが、そのうちこの“すぎのこ村”のように消滅の憂き目に会うぞ」


スワロウ首相「第三国…」


スリージョー総統「第三国…」


エリーザ「ま、待て! 私を見るな! 召還士、何の話をしているのだ!」


ミキオ「提案だが、まずはスワロウ、スリージョー両国で連邦関係を結び、それからオーガ=ナーガ帝国と対等に同盟関係を結ばれては如何か。今のまま三国同盟なんて結んだら帝国に呑み込まれてしまうだけだ」


エリーザ「貴様!」


 両国首脳はきのこ、たけのこ、すぎのこを食べ終えてゆっくりと言葉を紡いだ。


スワロウ首相「…皇太女殿下、今日は世間話のみとしましょう」


スリージョー総統「左様。国へ帰ってスワロウ、スリージョーの連邦制度案をまとめなければなりませんからな」


スワロウ首相「新国名はスワスリーとしましょう」


スリージョー総統「いや、そこはスリースワでしょう! わっはっはっ」


エリーザ「…」


ミキオ「どうした? 三国同盟ならぬ二国同盟はいずれ帝国と結ばれることになるだろう。良かったじゃないか」


 そんなに美味くないオーガ=ナーガの青茶をすすり、おれたちは王都フルマティに帰っていった。


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