異世界スター殺害予告編

第30話 異世界スター殺害予告(前編)

 異世界11日め。おれと友人のヒッシーは王都フルマティの不動産屋に訪れていた。召喚の依頼がひっきりなしだし、いつまでも宿屋に住んでいるのも何なので建物を借りて召喚士事務所を設立することにしたのだ。


ミキオ「住居兼事務所を借りたい。部屋は3つほど。風呂付きで静かなオフィス街だと助かる」


不動産屋「なるほど、ではお客様のお名前と職業、あと爵位などあればお聞かせ下さい」


ミキオ「ミキオ・ツジムラ。召喚士。男爵だ」


ヒッシー「え! ミキティ爵位なんて持ってたの?」


ミキオ「こないだ酒の席で国王から貰った」


ヒッシー「叙爵ってそんな軽いもんなんだにゃ〜」


不動産屋「男爵様ですか、それはそれは…ではこちらなどどうでしょう、フルマティ3番町、ここから歩いて10分ほどですのでこれからすぐ内見できますが」


ミキオ「10分なら逆召喚で行こう。不動産屋さん、こっちに来てくれ」


不動産屋「はい?」


 おれは青のアンチサモンカードを取り出し、呪文詠唱してフルマティ3番町のオフィス街に移動した。




不動産屋「ひっ、ひいっ!?」


ミキオ「ふうん、なかなか綺麗だ。どうだヒッシー」


ヒッシー「良さそうだにゃ。クリーニングもしてあるしこれなら今日からでも開業できるよ」


 男爵だし、さっき国王の名前を出したから気を遣っていい物件を紹介してくれたのかもしれない。権威というものは無くても全然いいが、あると便利な靴ベラのようなものだ。


ミキオ「ここを借りたい。契約しよう」


不動産屋「あ、ありがとうございます!」


ヒッシー「ミキティもとうとう男爵かぁ〜、お母さんに言ったらビックリするんじゃない?」


ミキオ「男爵なんてイモでも名乗ってる。だいたい、おれのこっちの友人は王女だの皇子だのばっかりで男爵程度じゃ何の自慢にもならない」


ヒッシー「それもそっか…じゃ、とりあえず宿屋に戻って事務所開設の準備するにゃ」




 おれたちが定宿にしているニシヴォリー旅館に戻ると、見たことのあるような無いような顔がロビー兼ラウンジに座っていた。


ミキオ「ヒッシー、あれ誰だっけ」


ヒッシー「あ! あの人じゃない? あのこっちの歌手の人、トッツィー・オブラーゲ」


ミキオ「ああ、全世代アイドルフェスの時にしゃしゃってきたおっさんか」


ヒッシー「そうそ。不倫報道でコンサートをドタキャンした」


 おれはよく知らないおじさんと話すのが苦手だ。別に人見知りするわけじゃない、相手の立場とか性格にチューニングして喋るのが面倒くさいだけだ。そんなことを考えているとトッツィーのおっさんが宿屋の女将にうながされ、こっちに寄ってきた。


トッツィー「あなたが噂の最上級召喚士さんか! 待っておりましたぞ!」


ミキオ「あんた、もうパパラッチはいいのか」


 パパラッチという単語を出した瞬間にトッツィーのおっさんは背筋を伸ばし目を見開いて言った。


トッツィー「不肖、このトッツィー・オブラーゲ、逃げも隠れもしない! 男として最後まで責任を果たします!」


 なんだろう、不倫のことについて聞かれたらこう答えろって事務所に言われてんのかな。


ヒッシー「あのー、最上級召還士に何か御用ですかにゃ」


トッツィー「おお、実はわたくし、命を狙われておりまして」


ヒッシー「え」


ミキオ「詳しく聞こう」


トッツィー「今朝、わたくしの自宅にこんな手紙が」


 この世界は製紙技術が未発達なため紙の質が悪い。粗悪な紙に「腕利きの殺し屋を雇った。命が惜しくば5千万ジェン用意し、明日第10刻に東港マリーナに持参せよ」と書いてある。5千万ジェンは日本円で1億円、第10刻は地球で言う20時だ。


ミキオ「イタズラじゃないのか」


トッツィー「ならば良いのですが、芸能の仕事をしているとやはり気になります」


ミキオ「まあ、正直言ってこういう正体不明の敵は召喚士がいちばん不得意なジャンルなんだが…とりあえずこいつを召喚してみよう」


ヒッシー「だにゃ」


トッツィー「え、は、犯人を? いきなりここに?」


ミキオ「幸いおれはアバウト召喚ができるからな。エル・ビドォ・ シン・レグレム、ここに出でよ、汝、トッツィー・オブラーゲの命を狙っている者!」


 床に置いたサモンカードからは何の反応もない。


ヒッシー「…何も出てこないにゃ」


ミキオ「召喚ワードが曖昧過ぎたか? じゃエル・ビドォ・ シン・レグレム、ここに出でよ、汝、トッツィー・オブラーゲを脅迫している者!」


 相変わらずサモンカードはうんともすんとも言わない。


ヒッシー「…あれ? 不調?」


ミキオ「そんなわけがない。トッツィーさん、あんた本当に狙われてるのか」


トッツィー「いや、でもこの手紙が…」


ヒッシー「誤配送じゃにゃいの?」


ミキオ「トッツィーさん、あんたの家の近所に金持ちは住んでるか」


トッツィー「まあ、はっきり言ってわたくし含め高額所得者だらけの街です」


ヒッシー「じゃ特にトッツィーさん宛ってわけじゃなく、豪邸見繕ってランダムに脅迫状ポスティングしたんじゃにゃいの」


ミキオ「それじゃ召喚のしようがないな。ほっといても何だし…仕方ない、トッツィーさん、あんた明日の第10刻に東港マリーナに行ってくれるか」


トッツィー「こ、殺されるでしょう!」


ミキオ「大丈夫、おれが隠れて見ていてやる。犯人の見た目の特徴さえ認識できればいつでも召喚できる。召喚魔法さえ使えればこっちのもんだ」




 翌日第10刻、おれたちはすっかり夜になった東港マリーナに移動し、トッツィーのおっさんを一人で埠頭に立たせておれとヒッシーは暗がりに隠れた。


ヒッシー「ミキティ、来たよ!」


 トッツィーのおっさんを取引相手と見定めたであろうその男はゆっくりとおっさんの方に近づいていく。筋骨隆々、おそらく2m半超えの巨漢だ。フードを被ってコートを着ているが、この風体、どこかで見たような…。


コートの男「カネは持ってきたか」


トッツィー「は、はい」


 トッツィーのおっさんは鞄を差し出した。もちろん中には石ころしか入っていない。


コートの男「中身確認させて貰うぜ」


ミキオ「詠唱略、出でよ、汝、平賀源内!」


 カードの魔法陣から紫色の炎を噴き上げて平賀源内が出現する。ちょっと若い頃の西田敏行に似ている。もちろん小脇にエレキテルという発電装置を抱えている。


ミキオ「源内さん、エレキテルだ」


平賀源内「ヨホホ〜っと」


 バシッ! 源内さんがエレキテルを作動させると強い発光が起った。


コートの男「うおっ!?」


ミキオ「よしバッチリだ、顔は見えたぞ!」


コートの男「くそ、仲間がいたのか!」


 コートの男は逃走するが、その顔には見覚えがある。ミノタウロス(牛人)だ。


ヒッシー「逃げたよ、ミキティ!」


ミキオ「大丈夫だ、完全に思い出した。あの顔はあいつだ、元格闘技チャンピオン“悪夢のブラッカ”!」


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