第26話 召喚士、異世界キャバクラに行く(後編)

 異世界のキャバクラで“悪夢のブラッカ”の異名をとる元格闘技チャンピオンのミノタウロス、ブラッカ・ミギューに喧嘩を売られ表に出ろと言われたおれは心ならずも路地裏に同行した。


ブラッカ「いい度胸だな兄さん。女たちに聞いてねえのか? 俺は元格闘技チャンピオン“悪夢のブラッカ”様だぜ?」


 おれは赤のサモンカードを取り出した。


ミキオ「詠唱略…ここに出でよ、汝、悪夢のブラッカのネクタイ」


 おれがカードに向かってそう唱えると、魔法陣の中からヤツの巻いていた黒いネクタイが出現した。


ブラッカ「…なんだぁ? 手品か?」


ミキオ「“部分召喚”という。お前の首だけや心臓だけでも召喚できるぞ。言ってる意味がわかるな?」


 まあこいつなら召喚魔法を使わなくても神与特性の身体強化格闘術で余裕で勝てそうだが。


ブラッカ「ぶ、部分召喚…?」


ミキオ「ああ、どんな部位でも詠唱略で召喚できる。やってもいいがおれに得はないからな。やめるなら今のうちだが」


ブラッカ「え、いや、その…」


ヤクザA「何言うとんじゃこのハッタリ野郎!」


ヤクザB「兄貴、やったってくだせいや!」


ブラッカ「まぁ待てお前ら、声が大きいっ!」


 ん? 元格闘技チャンピオンびびってないか? おれは再び赤のサモンカードを取り出した。


ミキオ「呪文略…」


ブラッカ「ひっ、ひいっ!?」


ミキオ「我が意に応えここに出でよ、汝、ジョージ・ワシントン!」


ブラッカ「…え?」


 カードの魔法陣から紫色の炎が噴き上がり、その中からアメリカ建国の父と言われる合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンが出現した。あまりに威風堂々とした立ち姿にブラッカもチンピラたちも唖然としている。


ワシントン「はて、私はなぜこんなところにいる」


ミキオ「ミスタープレジデント、貴方の力を貸してくれないか。ある女性がグラスを割ってあのヤクザ者たちに脅されている。貴方が謝ってきて欲しい」


ワシントン「なるほどそれは由々しき事態だ、だがなぜ私が?」


ミキオ「おれは貴方がやれることを知っている」


ワシントンは釈然としない感じだったが、ヤクザたちのところまで進んでいった。


ヤクザA「なんじゃオッサン!」


ワシントン「 Honesty is always the best policy.(正直は常に最善の策である)。男たちよ、怒りに身を任せてはいけない。グラスを割ったのは私だ。桜の木を斧で切ったのも私だ。怒るなら私に怒りなさい」


ヤクザB「いや、そう言われても。わしらあの女が割ったの見とったし」


ヤクザA「話に入ってくんなやオッサン!」


 うーむ、ワシントンでは駄目か。子供の頃に素直に謝って褒められた人だし、謝るの得意な人だと思ったんだがな…もう面倒くさいな、あいつら無明空間に閉じ込めちまうか、そう思いマジックボックスを開けようとしたら空中のおれしか見えない妖精にめちゃめちゃ嫌な顔をされた。


クロロン「ミキオ、それはダメ」


 ダメか、ダメだよな。じゃうーん、何か良い手は…あ。はたと思いついておれは再びサモンカードを手にした。


ミキオ「エル・ビドォ・ シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、笑福亭鶴瓶!」


 おれが呪文詠唱すると魔法陣の炎からあのにこやかな笑顔を塗り固めたような男が出てきた。50歳前後の鶴瓶師匠だ。


鶴瓶「…どこやここは。おっ、何や何や。何揉めてんねん」


ブラッカ「何だお前は」


ヤクザA「わけのわからん奴をいろいろ呼ぶなや!」


鶴瓶「まあ、まあ、まあ、何があったか知らんけどちょっと待ちぃな。僕ね、こないだ用事あって大阪行ったんですよ。ほんならね、新幹線乗ってこないして座ってたら前から来たオバちゃん…オバちゃん言うたら悪いか、お姉さんやな。お姉さんが僕を見るなり、あ!鶴瓶や!言うて抱きついてきよったんですわ…」


 鶴瓶師匠が長話を始めた。この人の話は本当に長い。長すぎてオチまで無事にたどり着くか心配になるレベルだ。だが喋りが滑らかで抑揚もあり聞かせる力がある。一流の落語家だから当然なのだが、それに加えてこの人はコミュニケーション能力が凄い。どんな相手とでも一瞬で仲良くなれる。以前、間違い電話をかけてきた相手と仲良くなり、最終的にはその人の結婚式に出たという逸話もある。コミュ力検定をしたら日本でもトップクラスになると思う。あれだけ怒っていたヤクザ者たちもちゃんと話に聞き入っている。


鶴瓶「…せやから人の縁は大事にせないかんと、そういうわけやがな。これでええやん。ちゃんと話丸くおさまったやん。せやろ? 牛の兄ちゃん」


ブラッカ「あ、ああ」


鶴瓶「眼鏡の兄ちゃんもそれでええか?」


ミキオ「おれは最初から揉める気はない」


鶴瓶「ワシントンはんはどないやの」


ワシントン「True friendship is a plant of slow growth, and must undergo and withstand the shocks of adversity before it is entitled to the appellation.(真の友情はゆっくり成長する植物である。友情と呼ぶにふさわしいところまで成長するには、度重なる危機にも耐え抜かねばならない)」


 ワシントンが名言を言ったが、なんかキン肉マンの王位争奪編で聞いたような気もする。


鶴瓶「ほんなら仲良うしたらええがな! ええこっちゃ! 今日はええ日やで」


 さすが鶴瓶師匠、長話をしてるうちにいつの間にか連中の戦意を喪失させた。噺家の鑑だ。おれたちが店に戻ると国王たちはみな帰り、シンノスだけがキャバ嬢と楽しそうに下ネタしりとりを続けていた。


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