第20話 聖子!明菜!全世代アイドルフェス(中編)

 夕刻、王都フルマティにある王立武道館の客入れが始まった。やはりキャンセルが結構出たらしいが、さすがは美人王女、ポスターにフレンダの名前を入れたら当日チケットもキャンセル分も即完売したらしい。そのせいかフレンダ目当てとおぼしき怪しげな男性客も結構来ているが、まあ満足させたらいいのだ。開幕のベルが鳴り、客席のざわつきが収まった。幕が開くとフレンダが板付きで立っており、万雷の拍手が鳴り響いた。


フレンダ「えーと、ありがとうございます。中央大陸連合王国王女フレンダです。まずはトッツィー・オブラーゲ氏のコンサートが中止になったことについてお詫び申し上げます。そんなわけで、今日はフレンダ・ ウィタリアンプレゼンツ異世界アイドル大集合フェス、ということに急遽なってしまいまして、なんかわたくし異常に緊張してます(笑)。2階席の皆さん、見えてますかー?」


 うおー! と答える客席。既に魔法杖の先端を光らせて振っているフレンダ推しもいる。


フレンダ「きゃーすごい熱気! この熱気に答えてわたくしもがんばりたいと思います。今夜はなんと巷で噂の最上級召喚士さんが異世界の様々な年代からアイドルと呼ばれるアーティストを呼んでくださるそうです。最上級召喚士さんに拍手ー♡♡」


 これまた物凄い音量で拍手が鳴り渡る。おれに振るんじゃない、おれは裏方なんだから。


フレンダ「さーじゃあさっそく行きましょうか、まずはオープニングアクト、この方々です! 80年代…80 年代?」


ミキオ「いいからそのまま読め」


フレンダ「まあその80年代の異世界から来て頂きました、少女隊で“Forever 〜ギンガムチェックStory〜”!」

おれが赤のサモンカードを置いて呪文詠唱すると、中からレイコ、ミホ、チーコ、トモの4人が登場した。少女隊はもともと3人組であり、チーコがヘルニアで脱退したためトモが加入したのだ。つまりこれは本来あり得ないメンバー構成である。


ヒッシー「す、凄い! 凄いよミキティ!! 少女隊が全員揃ってる! しかもみんな若い!」


 おれと、今回のオブザーバーとなった友人ヒッシーこと菱川裕平はステージ下手(しもて)の舞台袖で見ていた。少女隊は80年代に活躍した3人組アイドルグループで、日本よりむしろ香港や台湾、タイなどアジアで人気を得た。1988年に韓国で初めて日本人歌手としてメディアに登場し大人気となりのちの少女時代やKARAなどにインスパイアを与えている。アジアにおける“アイドル”の源流となったグループである。


レイコ「Sweet Dream Forever Dream♪」


 少女隊は全員美人だが中でもレイコ(安原麗子)はセンターでありアイドル性が高い。この曲はデビュー曲でありながら完成度も高く、何回もリメイクされた時代を超えた名曲だ。おれも大学時代にこのヒッシーから何度も動画を見させられている。


ヒッシー「1985年くらいの時代から呼んだ感じだね。なんてキラキラ感だ、おれも客席で観たかったにゃ〜」


 曲が終わると客は呆気に取られていた。そもそもこういう文化自体が存在しないのでどう受け止めていいか戸惑っているのだろう。1988年に韓国で初めて歌った時も同じような状態だったのではないか。少女隊の4人も戸惑ったような顔をしていたが、やがて拍手が起こり声援なども聞こえるようになると満足げに消えていった。最年少のトモなどは大きく両腕を振って声援に応えている。まあ最年少と言っても現在の引田智子さんはおれの母親くらいの年齢なのだが。


フレンダ「ありがとうございました。少女隊の皆さんでした。さて次は…」


 フレンダはセットリストに目を向けた。


ヒッシー「次は飛び道具だ、観客の度肝を抜いてやるにゃ!」


フレンダ「2010年の異世界より、ももいろクローバーの皆さんで“行くぜっ!怪盗少女”」


 おれが召喚を行うと、赤・紫・青・黄・ピンク・緑の衣装を着た中学生くらいの女子6人が出現した。


ヒッシー「ミキティ、見て見て! 夏菜子、れに、あかりん、しおりん、あーりん、有安! “Z”じゃない、6人の頃のももクロだにゃ! 生で見れておれは感慨無量だにゃ〜」


6人「Yes Yes We are the ももいろクローバー…♪」


 作詞作曲はヒャダインこと前山田健一、中学校の音楽の教科書にも載ったメジャーナンバーだ。AKB一強だった2010年に発売され一躍ももクロをメジャーシーンにのし上げ、シーン全体のゲームチェンジャーとなった名曲である。


 間奏の砲弾音に合わせて赤(夏菜子)がエビ反りジャンプを決めると客席から歓声があがった。この滞空時間の長さと跳躍の高さは全盛期ならでは。アクロバティックに踊る6人に観客は釘付けである。


フレンダ「えー、ももいろクローバーの皆さんでしたっ。お疲れ様です、リーダー、いかがでした?」


夏菜子「異世界、いえーい!」


 今と容姿があまり変わらない16歳くらいの百田夏菜子嬢が客席にVサインを向けると客席からは赤く光らせた魔法杖がいくつも掲げられた。コメントの内容もVサインも意図が伝わったかは不明だが、客席はちゃんと盛り上がっている。


フレンダ「ありがとうございました。さて次は…同じく2010年の異世界からです。AKB48で“言い訳Maybe”」


 全世代アイドルフェスをやるならこのグループを呼ばないわけにはいかない。おれが呪文を詠唱すると紫色の炎の中から当時の選抜21人が登場した。前田、大島、たかみな、こじはる、珠理奈、板野、柏木、篠田らだ。いわゆる神セブンが全員揃っている。おお懐かしやツインテールのまゆゆもいる。後にいろいろあったメンバーもいるがこの頃のAKBはさすがにキラキラ感が凄い。21人もの制服衣装を着た若い女の子が登壇し、観客はそれだけで圧倒されている。


前田「Maybe Maybe 好きなのかもしれない〜♪」


ヒッシー「AKBは名曲揃いで選曲も悩んだけど、やっぱりこの曲にして正解だったにゃ!」


 その通りだ。この疾走感、爽快感、並ぶ曲がない。いい曲なのだが、客側も総勢21人もの歌手が舞台で踊って歌う状況自体が初体験なのだろう、唖然としていた。


客A「…何なの、これ…」


客B「何がなんだかわからん、だけど凄い!!」


 客席がざわざわしている。そりゃそうだろう、基礎がないのにいきなりこんなもの見せられたら誰でも驚く。

ミキオ「客が戸惑ってる、この後の人が大変だな」


ヒッシー「ところがどっこい、次は名実ともに日本を代表するアイドルだにゃ」


フレンダ「次は80年代、松田聖子さんで“Sweet Memories”。1983年、聖子さん21歳の時代から来て頂きました」


 かつて聞いたこともない曲フリとともに紫色の炎の中から松田聖子が出現する。例の“聖子ちゃんカット”が邪魔してるが実は相当な美人だ。まだデビューして3年くらいの年齢だというのに大いなる風格を感じる。


 曲が流れる。今までの流れから一転してしっとりとしたスローバラード。ジャジーですらある。松田聖子は数多くの名曲を送り出したが、今回はセットリストの流れを考えてこの曲とした。桑田佳祐、山崎まさよしをはじめ47人ものプロシンガーがカバーした至高の名曲である。これを当時21歳の聖子さんが歌ったというのが凄いのだ。客席はローテンポの馴染みやすい曲が出てきたため大喜びだ。こっちの世界の歌謡文化に近い曲調なのだろう。


フレンダ「聖子さんありがとうございました。次の曲は…同じく1983年より、中森明菜さんで“セカンド・ラブ”」


ヒッシー「ええー何このセットリスト! 反則でしょ!!」


 自分で作ったセットリストなのによく言う。聖子さんは消える前に出現した明菜さんににこりと笑いマイクを渡した。明菜さんも白い歯を見せて微笑み受け取る。


ヒッシー「にゃにゃにゃ、聖子と明菜が! おれこのシーンだけで余生を生きていけそう!」


中森明菜「恋も2度目なら 少しは上手に 愛のメッセージ 伝えたい〜♪」


 素晴らしい声量、大人の視聴に耐え得る完璧なヴォーカルだ。陰と陽、太陽と月、光と影、いろんなものになぞらえる人がいるがやはり聖子と明菜は格が違う。


フレンダ「ありがとうございました。すごいですね異世界アイドル、いろんな方々がいらっしゃって見てるだけでワクワクします♡ 中森明菜さん、ありがとうございましたー!」


 明菜さんが笑いながら手を振って消えていった。後年のパブリックイメージと違いこの頃の彼女は明るくて可愛らしいアイドルだ。


フレンダ「松田聖子さんと中森明菜さん、同じ時代に生まれた二人の天才といった感じでしょうか。その二人を続けて観ることのできる奇跡に本日わたくしたちは立ち会えたような気がします」


 中盤のヤマ場を超え、フェスはさらに続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る