全世代アイドルフェス編
第19話 聖子!明菜!全世代アイドルフェス(前編)
異世界6日めの朝、おれはいつものように宿屋のロビー兼食堂でマズめの食事を摂っていた。いや、思えば前世の日本には美味いものがいっぱいあり過ぎたのだ。海鮮丼、お好み焼き、台湾まぜそば、餃子、冷やしたぬき蕎麦、いか納豆。どれもこの異世界で店を出したら大当たりするんじゃないか。などと考えていると勢い良く宿屋のドアが開き、王女フレンダが入ってきた。
フレンダ「ごきげんよう、召喚士のミキオはどちら!?」
出た、このキンキン声。朝から聞きたくない声だ。後ろに護衛役である影騎士と誰か派手な服の小男も従えてる。
ミキオ「朝から何の用だ」
フレンダ「いたいた! ちょっと急なお話がありますの」
ミキオ「飯の最中だ、後にしろ」
フレンダ「いや、わたくしこの国の王女なんですけど! 扱い悪くない!?」
影騎士「話はすぐ終わる。聞いて下され」
ミキオ「お前普通に表に出てくるようになったな。というかお前、腹切るって言ってなかったか」
おれがそう言うとフルフェイスマスクの影騎士は明らかに狼狽した。
影騎士「いや、それは! あの! 拙者は切ると言ったのだが、姫様がそれだけは許さぬと仰られて!」
ミキオ「わかった、もういい、別に責めてない。話ってのはなんだ」
フレンダ「ミキオはわたくしが歌手になるって言ったら、どう思う?♡」
なんだこの女。なんでウキウキしてるんだ。歌手? 何か悪いものでも食ったのか。
ミキオ「…急用じゃないなら帰れ。飯の邪魔だ」
影騎士「姫様、ちと話が飛び過ぎでござる」
クロッサー「ここから先は私が説明させて頂きます」
影騎士の後ろにいた年齢不詳の小男が話に入ってきた。
クロッサー「私、興行師のクロッサー・チャマーメと申します。実は今夜、王立武道館でトッツィー・オブラーゲのコンサートがあるのですが」
ミキオ「誰」
影騎士「この国のスター歌手でござる」
興行師のクロッサー氏がポスターを拡げると、そこにはぴっちり七三分けで金色の衣装を着た恰幅のいいにこやかなおじさんが描かれていた。こっちの文字で“夢酔い酒場”と書かれているのでこれがこのおじさんの代表曲なのだろう。全然興味ないけど。
ミキオ「いや、知らん」
クロッサー「まあスターなのでございます。ところがこの方昨日、不倫報道がありまして」
ミキオ「ふーん」
スターというこのおじさんの話には一切興味ないが一応おれは相槌をうった。
クロッサー「かわら版屋のパパラッチどもが面白おかしく報道してトッツィーさんもどこかへ雲隠れしてしまいました。コンサートは今夜、もはやチケットの払い戻しもままならぬ状況。で、かねてから知り合いだった王女様が最上級召喚士様とご友人だと伺いまして、お話を持ちかけたのです」
フレンダ「でね、この話を聞いてもうこうなったらわたくしが歌うしかない!と思いましたの。どう? ミキオはわたくしの歌う姿が見たい? 見たいでしょ?♡」
クロッサー「…」
ミキオ「興行師さん、そのコンサートはどの程度の時間を予定している」
クロッサー「通例ですとアンコールを入れて1刻間ほど」
とすると地球の感覚で2時間だ。
ミキオ「フレンダ、お前の歌唱力は知らないが一般人のお前の喉で1刻間も歌い切れるか? 歌だけじゃない、曲の合間に楽しいMCもこなさなきゃならないんだぞ?」
フレンダ「それは…」
ミキオ「おれが以前いた世界には、さだまさしという歌手がいた。この人は歌ももちろん上手いがMCがとにかく絶妙で、中にはMC目当てに来る客もいるという。実際お前の知名度とルックスならそこそこ客は呼べるかもしれんが、歌も大したことなくてMCも寒いとなると地獄絵図になるぞ」
影騎士「姫様、召還士の言う通りでござる」
フレンダ「いや…でもじゃあどうしますの? 開幕はもう今夜ですのよ?」
ミキオ「興行師さん、そのためにおれに会いに来たんじゃないのか」
クロッサー「仰る通りです! どうかお助け下さい」
ミキオ「チケットの売れ行きは」
ダダッチャー「前売り14000枚は完売してまして」
すごいなトッツィー・オブラーゲ。あいつそんなスターなのか。
クロッサー「当日券が200ほどあります。ただし不倫報道を知って当日キャンセルなさるお客様も相当いると思います」
あのおじさんのガチファンがそんなにいるのか…。
ミキオ「なら新たにポスターとフライヤーを作ろう。王女フレンダ・ウィタリアンプレゼンツ豪華スター召喚ライブだ。フレンダの名前で客を呼べる」
クロッサー「おお! では引き受けてくださるので!?」
ミキオ「まあ、あんたに何の義理もないが、フレンダが絡む話だからな。おれの召喚魔法は基本的に1人につき1日1回、5分間だけしか呼べない。となると、セットリストを作る必要がある」
クロッサー「つまりフェスですな! で、どういう方々をお呼び頂けるので?」
ミキオ「ふむ…短期間で人の心をガッチリ掴めるのはアイドルしかないだろう」
フレンダ「アイドル?」
クロッサー「そ、それは一体どういうジャンルの方々で?」
おれの神与特性の自動翻訳機能が“アイドル”を翻訳していないらしい。なるほど、この世界にはアイドルという概念そのものが存在しないのか。
ミキオ「説明が難しいが、まあ歌手だ。若い女や男が踊りながら歌う。多人数の場合もある」
クロッサー「踊りながら! それは斬新ですな! 当地の歌手は長い下積み期間を経てからデビューするため中高年者ばかりです。そのアイドルの方々はみな歌が達者なので?」
ミキオ「いや、まあ、なんというか。そこを売りにしていないというか」
クロッサー「? ではダンスが達者なのですな?」
ミキオ「いや、そこもまあそんなにだな」
クロッサー「???」
フレンダ「ミキオ、プロのパフォーマーなら歌やダンスが上手いのは大前提なのではなくて?」
ミキオ「まあ、そこはさておきだ。おれもさほど詳しくない分野なんでここから先は適任者を呼びたい」
おれは赤のサモンカードを配置し、呪文を詠唱した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、菱川裕平!」
空中の妖精が「誰?」みたいな顔をしているなか、魔法陣からは白衣を着た、小柄な猫のような男が出現した。おれの魔法召喚は通常は5分間で返還されるが今回は返還先を「おれの近く」に設定しておいたため実質的に時間制限はない。後で返還先を日本に設定して召喚したらいいだけだ。
ヒッシー「あ、あれ? ここどこ? …あれミキティ、死んだんじゃなかったっけ」
ミキオ「異世界転生ってやつだ、ヒッシー」
ヒッシー「えー!おれも死んだの?」
ミキオ「ま、後で説明する。紹介しよう、おれの大学時代の友人、ヒッシーこと菱川裕平君だ。異世界(日本)の芸能史に詳しい」
クロッサー「おお、これはこれは」
フレンダ「よろしくですわ。御学友様」
ヒッシー「ニャ! リアルお姫様じゃん! おれ夢見てるのかにゃ〜」
ミキオ「まあそう思ってくれていい。今、おれはこの異世界ガターニアで召喚士をやっていてな。故あって今日アイドルフェスをプロデュースすることになった」
ヒッシー「いや情報量多っ! アイドルフェスって、異世界のアイドル?」
ミキオ「日本のアイドルだ」
ヒッシー「…え、召喚士ってそういうこと?」
さすがこいつも東大生、理解が早い。
ミキオ「そう。おれは様々なアイドルを時代を超えて召喚できる。この能力で各時代からアイドルを呼んでフェスをやろう。そのためにお前の知識が必要なんだ。ドルヲタが聞いたら腰を抜かすようなセットリストを作ろう」
ヒッシー「えっえっ、ちょっとそれは本当にそんなことができるなら物凄いことなんじゃないの? 伴奏はどうするの」
ミキオ「お前のスマホにアイドルソング入ってるだろう」
ヒッシー「あるよ。70年代のキャンディーズから2020年代のNiziUまで」
ミキオ「それで曲を聴いてバンドの皆さんに演奏して貰えばいい。今日ヒマになったこっちのスターのバックバンドがいるからな。フレンダ、MCはお前だ」
フレンダ「ええ、わたくし?♡」
ミキオ「市中のかわら版屋にフライヤーを配ってもらおう。照明とステージセットはとびきり豪華に頼む」
クロッサー「わかりました。で、そのフライヤーには何と書きましょう?」
ミキオ「異世界全世代アイドル大集合フェス、かな」
クロッサー「おお!」
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