第18話 サウナと絵巻物と藤子不二雄
おれが目覚めるとそこは知らない部屋のベッドの上だった。
ミキオ「うーむ…」
クロロン「おはようミキオ。昨日は大活躍だったね」
そうだった、昨日はおれは邪神教団の教祖?と対決して北極に魔法転移されたりどこかの高原に“逆召喚”したりで大変だったのだ。敵は倒せたがおかげでHPもMPもゼロになりその場で爆睡してしまった。視界の中のステータスを見るとまだHPもMPも半分しか回復していない。猛烈に腹が減っているから原因はそれだろう。
ミキオ「ここは…?」
クロロン「南方大陸ジオエーツ連邦、ミオ・クオ高原にある宿屋だよ。仲間たちがここまで運んでくれたんだ」
空中の妖精が答えてくれた。見ると部屋の中にはアルフォードと影騎士がえらい寝相で寝ている。ザザは別部屋か。昨夜はだいぶ飲んだんだろう、床に空いた酒瓶が転がっている。こいつら貴人と騎士って設定だったと思うがずいぶん酔っ払ったものだな。とにかく腹に何か入れんことには回復がままならない、いまは日本で言う朝6時ってとこか、もう朝食を出してくれるかもしれないから下に行こう。
中からは気づかなかったがおれたちの泊まってる部屋は5階らしい。なかなかの大旅館、いやもはやホテルだ。とするとこれは観光地か。これは風呂が期待できそうだ、おれは露天風呂が大好きなんだ。
下におりておれは食堂で朝食を多めに貰い食べ、さっそく露天風呂に向かった。先客は誰もいない、おれは南方大陸の山々が屹立する絶景を望む露天風呂に入った。30人くらいは入れそうな大きな岩風呂だ。
ミキオ「あー…」
薄茶色のややぬるめの湯が疲れた身体に染み渡る。いい湯だ。おれは思わず声が出た。
クロロン「ミキオ、ジジイだね」
妖精にジジイと言われても結構。朝に入る絶景の露天風呂ほど素晴らしいものが他にあったら教えて欲しい。異世界に来て6日め、ようやくおれは心の底から落ち着けた感じだ。このまま湯に浸かっていたらとろけてしまうな、いやそれもいいか、などと阿呆なことを考えていると宿屋の中居さんとおぼしき中年女性が露天風呂にやってきてキョロキョロと見回していた。
中居A「すみません、お客様の中で最上級召喚士(ハイエストサモナー)様はいらっしゃいませんか?」
何だなんだなんだ、急にどうした! これ絶対おれのことだろ、まだ風呂に入って1、2分しか経ってないんだぞ、無視だ無視。おれは声の主から顔をそらし景色に見入った。
店主「最上級召喚士さまはいらしたかい」
男が一人やってきたようだ。番頭か、店主か。
中居A「それが、いらっしゃらないみたいで…ああ困ったわ、どうしたらいいのかしらー!」
店主「困ったなぁー!!」
中居さんたちがしょうもない小芝居を始めたのでおれは覚悟を決めた。
ミキオ「わかったわかった! たぶんそれはおれだ。話を聞く」
中居A「ああ最上級召喚士様、助かります!」
店主「実は、私ここの旅館のあるじなんですが、かねてから当店に何かお客様を呼び込む方法はないかと考えておりまして」
店主が話し始めた。おれ全裸だぞ、どういう状況なんだこれは。
ミキオ「ご主人、見ての通りおれはまだ風呂の最中なんで、手短に…」
店主「失礼いたしました! それで、旅館の前に白壁がありますもので、当地の寺院に古来伝わる絵巻物をその壁に描いたらお客様が増えるのではないかなと一計を案じまして」
ミキオ「なるほど」
中居A「で、寺院よりその絵巻物をお借りしてきたのですが、うちの若いものが粗相をしてその絵巻物を破いてしまいまして…」
店主「困っていたところ、昨夜の台帳を見たら職業欄に“最上級召喚士”と書いているお客様がいらっしゃいまして、最上級の召喚士様なら絵巻物を修復できる方をお呼びできるのではと考えた次第でございます」
誰だ、そんな馬鹿正直に台帳に職業を書いたのは! 皇子か、ギャルエルフか、隠密か。
ミキオ「話はよくわかった、協力してもいい。だがおれはまだ完全体じゃない。おれのMPとHPを回復させるために協力して欲しい」
店主「それはもう、いかようにも!」
中居A「何でもおっしゃってください」
ミキオ「ではあの小屋を貸して欲しい。煙突が付いているようだが」
店主「薪ストーブでございます。冬にはあの小屋で牡蠣を焼いてお客様にお出ししてるんですが」
ミキオ「結構、では中で大量の薪をがんがん焚べてくれ」
店主「はあ…」
クロロン「ミキオ、何がしたいの?」
空中の妖精が口を挟んできたのでおれは言った。
ミキオ「リフレッシュと言ったらアレしかないだろう」
店主「召喚士様、そろそろ頃合いかと存じます」
ミキオ「わかった、しばらく小屋を借りる」
おれは体の水分をぬぐい、手ぬぐいを腰に巻いた状態で小屋に入ると、中は猛烈な熱気に包まれていた。さっそく湯桶の水をストーブに撒いてやる。ぷしゃあああぁ!!! 水が勢い良く水蒸気に変わり、小屋の中は湯気に包まれた。つまりロウリュウだ。
ミキオ「おおお、これこれ! く…全身から汗が湧き出る!」
クロロン「いよいよオッサンだねミキオ」
どうとでも言え。リフレッシュと言えばサウナ、これはもう常識だ。入って10分近くは経ったろうか、火照った体が我慢できなくなったのでおれは小屋を出てかけ湯で汗を流したあと水風呂にざぶりと入り、上がって岩風呂の脇のベンチに腰かけた。外気浴である。ああ…なんという開放感…絶景の山々を駆け抜ける風が体の周りの熱気をさらい、交感神経を刺激し、全身の血流が巡っているのがわかる。最高だ。
風呂から上がるとおれのMPもHPも完全に元の数値に戻っていた。やはりサウナは効く。おれは服を着てプルップルの肌でラウンジに向かった。
ラウンジには店主とおかみ、中居さんたちがいた。いつの間にかアルフォードたちも来ている。
中居A「ああ召喚士様、こちらでございます」
中居さんが寺院から借りたという秘伝の絵巻物を見せてくれた。確かに真ん中で破れているが内容はわかる。
ザザ「ふーん…」
影騎士「ほお」
アルフォード「ま、味はあるというか」
率直に言って、え、これが? という感じだった。蛭子能収のタッチを思い出す。いや蛭子さんの絵もあれはあれで悪くないが。
店主「いにしえの頃に当地の豪傑の生活を描いたものだそうで」
なるほどそう言えば豪傑らしき者が描かれているが、女と相撲を取ったり、女を叱りつけたり、女の行水を覗き見したりしている絵などで、ちっとも有り難みを感じないし、絵自体もヘタクソだ。だいいちこれもう内容的にセクハラのパワハラじゃないの。え? これを壁画にしようとしてたの?
ミキオ「ご主人、これもう捨てていいんじゃないのか」
店主「いや、それは…当地に伝わる秘宝ですから」
ミキオ「こんなものを修復するよりも、もっといい絵師を呼んで新たに描いてもらった方がいい。おれのいた世界では最高の絵師のお二人をお呼びしよう」
おれは赤のサモンカードを出した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、藤子不二雄!!」
ぶおおっ! 魔法陣から紫色の炎が噴き上がり、中から50代くらいの男性二人が現れる。長身でベレー帽の藤子・F・不二雄こと藤本先生、やや身長が低くサングラスをかけている藤子不二雄Aこと我孫子先生だ。
F先生「へえ、これは…」
A先生「異世界ってやつかねえ、藤本氏」
おお、間違いなく藤子不二雄のお二人だ。神の子でしかないおれがこんな本物の神様を召喚できるとは。感激に震えていたが時間が無いのでおれは深々と頭を下げて挨拶し、白紙の巻物を差し出した。
ミキオ「両先生、異世界ガターニアにようこそおいで下さいました。不躾で申し訳ありませんが、我々を助けると思ってここに漫画を描いてください」
ザザ「誰だあの二人」
アルフォード「ミキオがいつになく低姿勢だな…」
影騎士「あの二人、相当の大物と見た」
A先生「ここに描けばいいの?」
F先生「やろうよ、我孫子氏」
F先生はそう言うとサインペンを取り出し、ササッと“ヒョンヒョロのウサギ”を描き出した。真っ先にそれか! おれは唸った。
A先生「そうだね」
A先生が描いたのは“夢魔子”だ。こっちはこっちでそう来ますか! 妖艶な瞳、セクシーな唇。おれはこの頃のA先生が描く女性キャラが大好きなのだ。
全員がみつめるなか、両先生は次々にドラえもん、ハットリくん、パーマン、怪物くん、オバQ、真一(少年時代)、エスパー魔美、魔太郎、モジャ公、オヤジ坊太郎、海の王子、プロゴルファー猿、バウバウ大臣、フータくんなどを描いて行った。早い! 下書きもなしにすらすらとペンは進み、どんどん巻物の余白は埋まっていく。F先生がミノア(ミノタウロスの皿)を、A先生がジャングルじゃない方の“黒べえ”を描き終わった頃に二人の神様はタイムアップとなり再び天界へお戻りになられた。
ミキオ「両先生、ありがとうございました…!」
おれは再び深々と頭を下げた。巻物にはF先生、A先生の生み出されたキャラが直筆でびっしりと余白なく埋められている。なんと豪華な絵巻物だ。これ「まんだらけ」に持っていったらどんな値がつくんだろう。
店主「素晴らしいですな、滑稽味があって優しい絵だがどこか毒もある。壁画にはこちらの絵を使わせて頂きましょう」
ミキオ「寺院にはこちらを渡すといい。破れた方の絵巻物の千倍、万倍の価値がある。当地の宝として終生伝えていってくれ」
店主「重ね重ね、ありがとうございます。それと最上級召喚士様が使ったあの“サウナ”という物も今後この宿の名物とさせて頂きます」
ミキオ「ああ、それがいい。後で熱波師というものも教えておこう」
直筆の藤子不二雄キャラ総登場という、考えられない価値のお宝を残しおれたちは“逆召喚”で王都フルマティに帰った。
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