第12話 ブルース・リー、異世界への道

フレンダ「召喚士! ちょっと遅いんじゃありません!? あまり女性を待たせるものではなくてよ!」


 こいつのキンキン声は脳に響く。昨日の王との約束の結果、何の因果か今日はこの中央大陸連合王国の王女フレンダ・ウィタリアンとデートすることになってしまったのだ。気の進まぬ相手でありおれとしては軽くランチだけで済ませようと思ったのだが、こいつは使者を介してナイトデートを希望してきやがった。というわけで今は日没前の夕刻、中央大陸時間の第6刻、前世の日本だと夏の18時頃という感じだ。


ミキオ「お前の希望通りこうやって会うことになったんだから感謝して欲しいものだな」


フレンダ「ハァ!? デートを申し込んだのはそちらでしょう!?」


ミキオ「それは…結婚だの何だのと言う前に物事には順序があると思ってな」


 本当はこいつの父親の王に頼まれたから仕方なくやってるのだ。おれは恋愛など時間とエネルギーの無駄でしかないと考えているし、こいつは性格最悪だ。


フレンダ「だいたいアナタのその態度なんですの? わたくしはこの中央大陸連合王国の君主ミカズ・ウィタリアン国王の第一息女ですのよ!?」


ミキオ「おれはこの世界の来訪者でありこの国の臣民ではない。ましてお前の臣下ではない。嫌ならこのまま帰るが」


フレンダ「誰もそんなこと言ってませんわ! じゃあさっさと行きましょう!」


 どういう育て方をしたらこんな性格になるんだ。妖精がさっきからニタニタ笑いながらこっちを見てるが、ひとのデートを面白がってるんじゃないと言いたい。


ミキオ「まずは飯だ。せっかくだから何か美味いものを食べよう」


フレンダ「馬は用意してませんの? わたくし徒歩は嫌よ」


 まあそれはわかる。ナイトデートの基本はドライブだからな。


ミキオ「ちょっと待ってろ。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、赤兎馬!」


 魔法陣から巨大な紫色の炎があがり、中から赤黒い象のような巨馬が出現した。三国志に登場し“人中に呂布あり、馬中に赤兎あり”と言われた伝説の名馬である。


ミキオ「お、召喚できたか。非実在説もあるから不安だったんだが」


フレンダ「こ、こ、これは…」


 王女フレンダが赤兎馬のあまりの大きさに悶絶している。二人乗りするならこれくらいの巨馬じゃないと駄目だろう…などと思っていたら前方に、見るからにアホとわかる貴人姿の男がこちらに剣を向けていた。


アルフォード「下郎、私のフレンダから離れろ!」


フレンダ「あ」


ミキオ「…何だあいつは」


 長い翡翠色の髪に銀色の瞳、長身でなかなかのルックスだが剣の持ち方にアホアホオーラが出ている。両拳を組んだ状態で剣の柄を握ってるが、あれでどうやって剣を振るうのだろう。


アルフォード「はっは、恐れるのも無理はない! 我こそは西方大陸オーガ=ナーガ帝国皇帝バームローグ1世が皇子、アルフォード・ド・ブルボニア!! フレンダ姫の婚約者だ! 姫をたぶらかす不埒者め、この聖剣エブリガリバーの錆になるがいい!」


フレンダ「アルフォード…!」


 フレンダも呆れ顔だ。なるほど、こいつが例の政略結婚の相手か。聞いた通りフレンダとは微妙な関係らしい。


ミキオ「いや、何か誤解がある。まずは話を聞け」


 とりあえず王宮の前で剣を抜いてるアホを諭さねばならない。見ろ、近衛兵が警戒してるじゃないか。


アルフォード「問答無用! いざ勝負…のわっ!?!?!?」


 その時に初めて赤兎馬に気付いたらしく、アルフォード皇子はその異様にのけぞっていた。まあそうだろうな。もしこんな巨馬に踏まれたら一撃で全身ぐちゃぐちゃになる。


ミキオ「赤兎、どうどう」


アルフォード「な、な、なんだこのバケモノは…おのれ召喚士、私にかなわぬと見てモンスターを召喚したか!」


 まあ、確かにモンスターと言っても差し支えない巨馬だが、おれは単に移動用に呼んだだけなのだが…。


ミキオ「フレンダ、こいつを止めるがいいか」


フレンダ「ご自由に」


 王女の許可が出た。ハッキリ言ってこの程度の相手なら神与特性の身体強化で倒せると思うがオーガ=ナーガと言えば確かこの異世界ガターニア第二の大国、そこの王子をあんまり雑に扱ってものちのち面倒なことになるだろう。ああ面倒くさい、せっかく異世界転生したのになんでこんな気遣いばかりしなきゃならんのだ。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ! 汝、ブルース・リー!」


 再び魔法陣より紫色の炎が噴き上がり、中から鋼のように引き締まった筋肉をもった東洋人が出現する。ブルース・リー、またの名を李小龍。わずか32歳にして鬼籍に入ったが、それまでに香港映画スターとして、また武術家として数多くの功績を遺している。


ミキオ「李師父、あの男を傷つけず眠らせて欲しい」


 おれはこの偉大なる人物に敬意を払いそう呼ぶと、ブルース・リーは無言で頷き徒手空拳のままアルフォード皇子に近づいていった。


アルフォード「なんだ、この男は! この聖剣エブリガリバーが怖くないのか!? 素手で剣に勝てるわけがないだろうに、か、考えられない!?」


ブルース・リー「Don't Think. Feel!(考えるな、感じろ) ホワチャー!!!」


 王宮の正門にブルース・リーの怪鳥音が鳴り響き、彼の上段蹴りがアルフォード皇子のこめかみに的確にヒットした。


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