第11話 スティーブ・ジョブズ、異世界でプレゼンする

 昨夜のこともありあまりいい目覚めでもなかったが、おれは起きて宿屋の食堂兼ロビーで朝食を摂っていた。よく言えばビュッフェスタイルだがどれも薄味であまり美味くないので取りたいものがない。まあおれは前世の頃から日常の食事などは単なる栄養補給と割り切って納豆ご飯とインスタント豚汁ばかり食べていたからどうでもいいのだ。大事なのは栄養と非日常の美食だ。などと考えていると宿屋の女将のダミ声が聞こえてくる。


女将「召喚士の先生!もう噂になってるよ、あんた昨日の舞踏会で王女に求婚されたんだって!? さすが色男は違うねぇ!」


ミキオ「いやあれは酒の席の冗談だと思う」


「またまた! うちのお客さんから王族が出たらアタシも鼻が高いよ! これサービスだよ、食べな!」


 女将はそう言ってデカい貝の煮付けみたいなのを出してくるが身が真っ青で気色悪い。


ミキオ「いや大丈夫だ。朝からそんなに食えない」


「はははは、アタシがもう20歳若かったら先生みたいな男前放っとかないんだけどねえ!」


 おれは放っとくけどな、などと言いかけたその時、宿屋のドアが開いてまたフル装備の王宮近衛兵ふたりがやってきた。


近衛兵A「召喚士のミキオ殿はおられるか!」


 また来たか…おれは飯を食いながら軽く挙手し言った。


ミキオ「ここにいる」


近衛兵A「おう、そちらか。お手前は食事中ゆえそのまま拝聴されよ。召喚士ミキオ・ツジムラ殿、本日これより登城し拝謁せよとの国王陛下の王命である」


 出た王命! 昨日の王女に続いて今日は国王ときたか。マジか。この世界に来てたった3日で王命が出たぞ。なんて面倒くさい世界だ。前世の方がよっぽど楽だったじゃないか。


ミキオ「ちなみに訊くが、それは任意なのか強制…」


などと警察の職質を断る時みたいなことを言いかけたが横で妖精が✕サインを出している。


近衛兵A「はは、ま、戯言は後にされよ。さあ準備ができたら馬車へ」




 バカみたいに壮麗な馬車に乗ったおれはそのままゆっくりと王宮に連行された。ひと目を引くし、窓があるからおれの顔は町の群衆にまる見えだ。くそ、これじゃもう御成婚のパレードみたいじゃないか…。


ミキオ「おい妖精、ここの王様について教えろ」


 おれは御者に聞こえぬよう小声で空中に呟いた。


クロロン「ミカズ・ウィタリアン17世。中央大陸連合王国を創始した英雄ウィタリア=ケンの直系で中央大陸にある9ヶ国すべてに君臨するウィタリアン王朝の王だよ。娘ひとりと息子ひとり。特に娘である王女を溺愛してるらしい」


ミキオ「聞きたくなかったな、その情報」




 王宮に着くともう玉座に国王が座っていた。65歳くらい、その年齢くらいの頃の津川雅彦に似ている。


国王「おお、召喚士殿、よう参られた!」


 王は力強い声でそう言うが目が笑っていない。


ミキオ「最初に行っておくがおれはこの世界の来訪者でありあなたの臣下ではない。ゆえに臣下の礼は取らない」


 立ったままでそう言ってやると侍従たちは表情が強張り、近衛兵が剣の柄に手をかけた。妖精があちゃーみたいな顔をしている。


国王「ああ、それでいい、それでいい。噂は聞いておるぞ、そなたこそ最上級の召喚士、ハイエストサモナーだとな」


 げ、いつの間にそんな二つ名が…あんまりこの世界で有名になりたくなかったんだがな…おれは困惑したが王はさらに続けた。


国王「聞けばそなた、舞踏会で姫に求婚されたとか。あれは純粋ゆえ常に真っ直ぐでな。困ったものだ、既に婚約者もおるというのに」


 え、婚約者がいたのか。なんだそれは。


ミキオ「ならおれなどの出る幕ではないな、あなたの方からお姫様に言ってやってくれ」


国王「わしも王妃に先立たれて、あれにはなかなか言えぬようになってのう。召喚士殿も知っていよう、姫の性分を」


ミキオ「だからと言っておれはまだ誰とも結婚する気はない、まして婚約者がいる女になど関わりたくない」


 はっきりとそう言ってやったが、王は渋い表情で答える。


国王「その婚約はわしらが決めたものでな、姫もあまりよく思ってないのだ、とりあえず召喚士殿には1日だけでも姫と逢引して欲しい。求婚はそこで断ってくれて構わぬ」


 つまりデートしてやれと言ってるのか。なるほど政略結婚の道具にしてるから後ろめたくて強く言えんというわけだ。そうなると婚約相手はそこそこの大物か。なかなかに腹黒い王だな。


ミキオ「わかった。あんたの立場もあるだろうからそれでいい。ただしお役目となるからには褒美が欲しい」


国王「おお、わかってくれたか。して褒美とは」


ミキオ「ここから先は担当者が話す」


 そう言っておれはサモンカードを取り出し、呪文を詠唱した。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ! 汝、スティーブ・ジョブズ!」


 紫色の炎の中から丸メガネに黒Tシャツ、デニムパンツの中年男が召喚された。Appleの創業者でCEO、様々な事業を成功させ人類の時計の針を進めた偉人だ。


ジョブズ「ここはどこだ? 私はまだ二日酔いが抜けてないのか?」


 気難しい男と聞いていたが、そうでもなさそうだ。おれはジョブズに耳打ちで説明すると、彼はすぐに理解し持参したパワーポイントを使いプレゼンを始めた。


ジョブズ「S・U・S・H・I、スシ! 今は誰も知らなくても知れば誰もがみんな好きになるセクシーな料理だ。王よ、あなたはスシを知っているか?」


 横から家臣のひとりが口を挟んだ。


家臣A「聞いておりますぞ、召喚士殿が一昨日のヴァンディーの居酒屋で振舞った料理だ。なんでも生魚の切り身を白くて酸っぱいつぶつぶに載っけただけの物だが、その味の妙なること比類なしという…」


 ジョブズが我が意を得たりといった表情でその家臣を指差した。


ジョブズ「そう!その神秘の料理だ。これは必ずビッグビジネスになる。Stay hungry,Stay foolish.(ハングリーであれ、愚か者であれ)。王よ、あなたならこの絶好の機会がわかる筈だ」


 ジョブズの言葉はさすがに力強い。王も家臣も聞き入っている。


ジョブズ「あなたにはこのミキオ氏がこの町に出すスシの店に投資して欲しい。既に人材も確保している」


家臣B「ほう!」


家臣C「スシの店か!」


家臣D「いいですな!」


 家臣たちが口々に言うとあまり熟慮もせず王は答えた。


国王「承知した、召喚士殿の出すスシの店に1000万ジェン出そう。王領の一部も貸す。では明日、姫を迎えに来てくれるな?」


ミキオ「わかった」


 前世含めて人生初の拝謁は滞りなく終わった。ジョブズも仕事が終わりニコニコしている。あの女とデートというのがかったるいが、まあ1日くらいいいだろう。


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