第10話 キング・オブ・ポップ異世界に降臨す

 王宮の舞踏会場でおれは夏目雅子としばし歓談した。こんな超絶美人と何を話していいかわからなかったのでおれは西遊記の時は撮影大変だったんじゃないですかなどと益体もないことを聞いたが、夏目さんはいやあの時は現場にトイレがなくて苦労したのよなどと気さくに応じてくれた。近づきにくいかと思ったが全然そんなことはない、明るくて親しみやすい内面までも美しい人だ。


クロロン「いつまでも美人に夢中になってんじゃないよ、もうすぐダンスタイムだよ」


 妖精にツッ込まれたその時、ホールの照明が変わって落ち着いた暗い青色に変わった。と同時に夏目雅子がタイムアップで消えていく。にこりと微笑みながらまた呼んでくださいねなどと言ってくれている。社交辞令でもいい、またお呼びしたい…いやそんな場合じゃないか、ダンスタイム、この辺りの風習ではどうなんだろうか。


 見ると前世の社交ダンスのように男女が組んで円舞するということでもなく、ゆったりした音楽に合わせ個々で踊っている。なるほど貴族のダンスらしくそんなに激しさはないがやってみると意外に難しいのか、個々の技量に差があるような気がした。


観衆「おおーっ」


 突如、歓声があがる。その方向を見ると王女フレンダが下半身を動かさず両手を大きく動かし踊っていた。パラパラじゃねえかこれ。思わず笑いそうになったが会場の貴人たちはみな一様に感心している。


フレンダ「ど、どう、召喚士? アナタにこれ以上のダンスができて?」


 息を切らしながら王女フレンダがやってきてそう言った。この女はどうしてこうも負けん気が強いのか…もうなんかどうでも良かったが、流れでおれは死んだ魚の目になりつつサモンカードを置いた。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、マイケルジャクソン」


マイケル「ポーーーーーッ!」


 紫色の炎をひときわ勢いよく上げて異世界にキング・オブ・ポップが降臨した。やはりというか、期待を裏切らない赤いセットアップの“スリラー”の衣装だ。年齢はたぶん30前くらいでのちに彼を襲う諸問題もまだなく絶好調の頃だろう。四肢が長く眼光鋭いがにこやかに笑い、全盛期のスーパースター特有のオーラがこれでもかとばかりほとばしっている。唖然とするフレンダ王女や他の貴人たちを尻目にマイケルはムーンウォークを始めた。出た、彼のフェイバリットムーヴだ。ゆるやかな音楽をバックにマイケルはリズミカルに踊りつづけ、観客をどんどん魅了していった。


フレンダ「こ、こ、これは…」


 王女は二の句が告げない。当たり前だ、歴史上彼より優れたパフォーマーは存在しない。マイケルが“BAD”のフィニッシュポーズを決めた刹那、観客から歓声と鳴り止まない拍手が響いた。


 タイムアップとなり、「This is it.(これだよ)」とマイケルがおれに囁き霞のように消えていった。このセリフってこんな若い頃にも言ってたんだっけ。いやそんなことより全盛期のマイケルジャクソンのパフォーマンスをナマで無料で観れるとは。王女のことなどすっかり忘れておれは深い感動に浸っていた。


フレンダ「ちょっと、アナタ!」


 いかん、やり過ぎたか。だいぶ王女の顔を潰してしまった。見ると王女は怒りのあまりか顔を真っ赤にしている。


フレンダ「わたくしをここまで虚仮にするとは…もう許せませんわ。召還士!こうなればわたくしをアナタの妻にさせて頂きます!!!!」


 あまりに意外で唐突な宣言に、おれと妖精とギャラリーは目が点になった。


ミキオ「へっ…!? いやその…」


フレンダ「ほほほほほ、驚きのあまり声も出ないようですわね。無理もございませんわ。ざまあ見なさい! 明日婚姻誓約書を持ってそちらに推参するわ、覚悟することね!」


 おれとしても絶句するしかなかったが、主役の王女がわけのわからないことを宣言し退席したので会場はしらけムードとなった。視線が痛かったが、おれはそそくさと会場を後にした。




ミキオ「おい妖精、何かコメントしろ」


 ずっと困惑してたが宿に帰る途中でおれはやっと口を開いた。


クロロン「まあ要するに…あの王女は幼い頃からちやほやされて育ったからあんなに見事にプライドを打ち砕かれたのが初めてだったんじゃないかな…で、その気持ちが受け止められずにミキオに結婚すると宣言することでマイナスをプラスに転じようとした、と」


 なるほどわからん。まあ人間、武田鉄矢に説教され、夏目雅子に公開処刑された上にマイケルジャクソンに話題を持ってかれるとあれだけ心がブッ壊れてしまうのも無理はないということなのだろう。




 宿に戻るとコシヒッカ亭のシンノスが待っていた。決意の現れか、長かった金髪を角刈りにしている。おれは疲れたので勝手にやってくれと言い召喚のための魔法陣を準備した。


シンノス「旦那、お疲れだね、何かあったのかい」


 シンノスに訊かれたが答えるのも面倒くさい。早く寝たい。もう疲労回復の神与特性も効いてない(気がする)。


ミキオ「いや、舞踏会で王女にプロポーズされてな…」


 と口に出した自分の言葉の違和感が凄い。おれ昨日この世界に来たばかりなんだぞ。


シンノス「はは、冗談ばっか。それより頼むよ、スシの師匠の召喚を」


ミキオ「エル…ビドォ…えーとシン…」


 つぶやくような小声で呪文詠唱しおれは再び華屋与兵衛を召喚した。5分間の修行はだいぶ厳しいようだったが、シンノスの奴には貴重で有益な時間だろう。しかしいきなりプロポーズとは…むろん受ける筈もないが…というかあいつ兄弟いるのか? もしかしたら王配(女王の配偶者)にさせられるんじゃなかろうな…いろいろ思案しながらおれは深い眠りについた。

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