第2話 嵐の予感

俺たち三人はあの騒ぎの後すぐに老人に連れられて学園の旧校舎に向かっていた。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はリリス・フレイヤと言います。なんだか自分の召喚獣さんに名乗るのも変な感じですけど。よろしくお願いします。」


金髪碧眼の美少女がぺこりと頭を下げる。ゲームやアニメの知識でなんとなく察していたがどうやら俺は彼女にこの異世界に召喚された召喚獣ってことになっているらしい。


自分の体をなんとなしに触る。


異世界召喚の過程でもしモンスターにでもされてたらと考えると少しぞっとしてくる。


「心配せんでもお主はなんともないぞい。」


老人はにこやかに笑う。なかなかに鋭い人だ。


軽く会釈をしていると今度は黒髪黒眼の美少女が声を上げた。


「私はルル・クローバー。ごめんねー。私が魔法を暴発させちゃったばっかりに変なことになっちゃって。」


「気にしないでください。私も魔法は全然なので気持ちはわかります。」


「俺も体は何ともなかったから心配しないでくれ。」


「二人ともやさしー。ありがとねっ。」


お嬢様のような立ち振る舞いで気品に溢れているリリス。


小柄だが元気いっぱいで同級生のような距離感のルル。


二人とも信じられないほど可愛い。


これがゲームならどちらから先に攻略しようか頭を悩ませていたところだろうが今はそれどころではない。


「俺は西城リク。リクって呼んでくれ。正直何が何だかわかってない状況で混乱してるけど聞かれたことにはちゃんと答えるよ。」


「ワシはバフォット・フレイヤ。バフォットじいさんと呼ばれておる。この学園の理事長をしておるぞい。リクはこの世界とは別の世界から召喚されたという認識でよいかのう?」


俺は静かに頷く。


「とりあえずリクのためにこの世界の基本でも話そうかのう。」


そうしてバフォットじいさんは最初に召喚とは何かについて教えてくれた。


「要するにサモンは基本魔法で、この世界の住人は召喚獣を使役するのは当たり前ってことでいいんですか?」


「そのとおりぞい。そして我が孫娘リリスはその基本がまったくできなかったんじゃがのう。やっとリクが来てくれたということじゃ。」


リリスは恥ずかしそうに顔を背けている。


「次はテイムについてじゃ。先ほどいった召喚獣を使役するための魔法じゃな。」


「呼び出した時点で使役できてるんじゃ?」


「呼び出しただけではまったく使役などできん。時折強力な召喚獣を呼び出し、使役できず襲われると言う事件が時々起こっておる。」


「だったらどうやって。…そうか使役するのがさっきルルが行ってたテイムなんですね。」


「そうじゃ。そしてテイムされたということは完全に使役しているという証拠。そうなれば召喚獣は本来他の者にはテイムされん。」


リリスがうんうんと大きく頷きながら俺を見つめている。


ルルもそこなんだよねー呟きながらと不思議そうに俺を見ている。


「確認じゃが自らの意思でゴーレムを倒したというわけじゃないんじゃな。」


「はい。リリスに言われたら体が勝手に動いて。」


「的を破壊した時も。」


「そっちは背中に静電気みたいなものを感じて。」


「うーむ。不思議じゃのう。話を聞けば確かに二人にテイムされているようじゃ。まったく見当もつかんがこの件については何としても解明せねばいかんのじゃわい。」


「俺も知らない奴に命令された通りに動かされるなんて嫌ですよ。今のところリリスとルルの二人だからよかったけど。」


めちゃくちゃ可愛いから。と心の中で付け足す。


「当然です。リクは私の召喚獣ですから。」


「あはは。もうあんなことならないように気を付けるからごめんねぇ。」


そんな話をしているとバフォットじいさんが立ち止まる。


どうやら目的の場所に着いたらしい。


「ここじゃ。ここはワシが個人的に書物を整理するために使っている部屋じゃ。今は本の管理人として古い友人を雇っておる。」


老人が部屋の扉を開くとそこにはたくさん本が並んでいた。


が、そんなものは目に入らないほどの存在が目の前にあった。


思わず唾をのむ。


そこには元居た世界で言う修道女のような服に身を包んだ女性。


特に印象的だったのは長い銀の髪から覗かせている切れ長の真っ赤な瞳だ。


美しいと同時にそれ以上の恐怖を与える真紅の瞳。


もし夜中に出会ったら逃げ出してしまうかもしれない。それほどに冷たい瞳だった。


リリスとルルに至っては手を取り合って小さく震えている。


「アリア。ワシの孫と教え子を怖がらせるのはやめてくれんかのう。」


「ふんっ。この少年が例の?」


「そうじゃわい。」


俺たちが中に入るとバフォットじいさんは扉を閉める。その際に何かを呟いていた。


「よしっ。これで防音もばっちりじゃな。」


リリスとルルは心配そうに老人を見つめている。


「驚かせてすまんのう。見ての通り彼女はとても怖いお姉さんじゃが取って食ったりはせんぞい。さあ、好きなところに座ってくれ。」


散々な言われようだが気にした様子もなく真紅の瞳は俺の顔をじっと見つめている。


射貫かれるような視線に今にも叫びだしたくなる気持ちを抑える。


二人の手前どうにか俺だけでも落ち着いた素振りを見せなければ。


これは見栄みたいなものだ。


俺たち3人は緊張した面持ちでそれぞれ席に着く。


リリスもルルもよほど怖いのか俺の隣を離れたくないようで、結果的に挟まれるように俺は席に着いた。


「彼女はワシの古い友人のアリア・ロマネスクという。召喚魔法についてはワシより造詣が深い。今回のことを彼女に伺おうと思て三人をここにつれてきたのじゃわい。」


「今解析中だ。好きなように過ごしていろ。」


見つめられているのは解析されているということらしい。


「相変わらずじゃのう。」


「私はずっと変わらない。それは100年の付き合いでよくわかっただろう。」


淡々として鋭く乾いたような声だ。


元が美しい旋律のような声のせいかそれはひどく冷たく聞こえてしまう。


「えっ?100年?」


思わず声が漏れた。


「そうじゃのう。もう100年も前の話になるのか。ワシも年を取ったぞい。」


いや、バフォットじいさんはおじいさんだけどアリアさんはまだ20歳を少し過ぎたくらいにしか見えない。


とりあえず間を埋めるために質問してみることにした。


「アリアさんとバフォットじいさんはどういう付き合いなんですか?」


「元クラスメイトじゃ。」


クラスメイト!?


「アリアはいつも学年で1番の成績でのう。いつもワシが2番じゃった。ワシはアリアに勝つために毎日必死じゃったわい。」


「無駄な努力だ。私とお前では魔力量が違う。単純な試験で私に勝つことはできん。」


「ほっほっほ。そのおかげでワシもここまでの魔法使いに成れたわけじゃからのう。」


「ふんっ。」


わざとらしく鼻を鳴らすとそれっきり口を紡ぐ。


「彼女はエルフ族。こう見えてもワシと同い年の超ベテラン魔法使いじゃぞい。特徴の長い耳は魔法で誤魔化しとるらしい。」


バフォットじいさんはアリアさんを気にかけているようだがアリアさんのほうは全く興味がないようだ。


「無駄話はここまでだ。立て。」


有無を言わせぬ口調に俺だけでなくリリスとルルも立ち上がる。


たぶん俺に言ったんだろうがアリアさんは特に訂正することなく俺たちに近づくと俺の頭を掴む。


そしてその手はするすると下に下がっていき心臓部分を撫でる。


「ぐふっ。」


その瞬間俺は血反吐を吐き出した。


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