第9話 一ヶ月分のプリン
「ごめんね陽葵ちゃん。お詫びに何か買ってあげるからさ·····」
俺は小さな子供をあやすようにそう言う。
しかし、即座にこれは間違いだったと思い直す。
なぜなら陽葵ちゃんは大金持ち。一般的な子供が求める簡易なお菓子程度では、気が済むはずがなかったのだ。
陽葵ちゃんは、目に浮かべた涙を袖で拭ってこう言う。
「·····じゃあ、プリン一ヶ月分」
まだ優しかった·····! それでもキツいのだが。
「一ヶ月分は流石にちょっと多すぎるのでは·····」
プリンを三十日分。ある程度安いものを買えば恐らく一万円は超えないだろうが、それでもお財布的に厳しい。
「そうですよ、陽葵。結城さんはお金がないんですから」
木乃花ちゃんがフォローにならないフォローをしてくれる。やめろ。その言葉は俺に効く。
「カハッ·····」
死ぬな、裕也ーー!!
傍観していただけの裕也にも飛び火し、机に突っ伏す。
「だからプリンにしてあげた! これ以外は受け付けないから! ふん!」
「私たちは普通の人より金銭感覚がズレてるんです。それでも学生には十分厳しいんですよ」
木乃花ちゃんが負けじと言い返すが、もういいのだ。ロリを泣かせてしまった俺への罰だ。
「いいよ、木乃花ちゃん。一ヶ月分のプリンで許してくれるならさ。ほら起き上がって」
俺は陽葵ちゃんを抱き抱えて起こそうとする。
その瞬間、部屋のドアが開かれた。
「な、何をしているのですか·····」
「あっ·····」
木乃花ちゃんの秘書の細野さんが、俺たちの様子を見て唖然とする。
俺が陽葵ちゃんを抱っこし、その様子を木乃花ちゃんが間近で観察しており、そして机に突っ伏した裕也の姿がそこにはあった。修羅場である。
「細野さんこそ、なぜここに·····?」
「ちょっとお話よろしいですか、結城さん」
ゴゴゴゴ·····という効果音がしてきそうな勢いで、細野さんの怒りが伝わってくる。
「違うんです! 細野さん!」
木乃花ちゃんが必死に止めようとするも、効果がない。
「何が違うんです? 結城さんが戸越さんを気絶させてその隙に月島さんに不貞行為をしようとしていましたよね?」
俺たちはとんでもない誤解をされてしまった。もはや親睦会どころの話ではない。
◇ ◆ ◇
結局、事情を全て正直に説明し、ようやく納得してもらえたのだが、信頼は明らかに落ちてしまっただろう。ちなみに、細野さんは仕事の合間に様子見に来ただけらしかった。
そして、俺たちは改めて席に着いた。親睦会どころか不仲になりかねない。しかし、そんなことをも吹き飛ばすとんでもない発言を、陽葵ちゃんがしたのであった。
「私、明日から来れないんです」
「「え?」」
俺と裕也は唐突な告白に驚いて思わず聞き返す。木乃花ちゃんは既に知っているのか、特に反応していない。
「新規の仕事が入ってしまって、そっちもやらないといけなくて·····」
そりゃそうだ。陽葵ちゃんは今伸びている小説家なのだ。予定が合わないこともあるだろう。
「具体的にどれくらい来れないんだ·····?」
「一ヶ月くらいだと思います」
「一ヶ月!?」
プリンと同じだ。·····むしろ、それに合わせて一ヶ月分のプリンを要求した可能性がある。
·····多分ないのだが。
「あの·····実は俺も、バスケの大切な試合が近付いてて、明日から二週間くらいはあんまり顔出せないかもしれないです」
裕也も陽葵ちゃんに続いて言った。そんなこと俺も聞いていない。
「えぇ·····」
二度は驚かない。それよりも、圧倒的な人手不足だ。困ったことになった。
「だから二人に任せることになっちゃうんだけど·····」
「一ヶ月間、休みにしよっか!」
俺は思い付きで提案する。単に怠けたいだけだ。この案が通るわけが·····。
「お休みにしましょうか」
·····通った!?
「木乃花ちゃん! それで本当にいいの!?」
「人手が足りないですし、急に集めるのもなかなか難しいんですよ。予定が合わないと·····。どうしてもって言うなら二人で進めてもいいんですよ?」
「あ、えっと·····」
俺が戸惑っていると、木乃花ちゃんが続けて言った。
「それに、制作期間が一ヶ月伸びたところで大して変わりません。そもそも、可能な限りの低予算で作っているので、大した支障もなく·····」
「休みにしましょう!」
俺は出せる最大限のイケボとキメ顔で答えた。
このゲーム開発は、あくまで趣味の範疇だ。期限があるわけでも、給料がもらえるわけでもない。つまり、いつやろうと自由なのである。
明日から俺は、毎日を解放的な気分で過ごすのだ。
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