第3話 ロリ社長、如月木乃花

「それでは、こちらへ」


 俺たちが言い合っているのを遮って、細野さんはスタスタと歩き出す。俺たちも遅れないように少し小走りで付いていく。



 細野さんが後部座席のドアをゆっくりと開けると、そこには小さな女の子がいた。


 髪の毛は綺麗な茶色で、髪型は三つ編みハーフアップだ。しかも毛先はクルクルのフワフワで目を惹かれる。そこには本物の、清楚系美少女がいた。


「えっ!? 社長ってまさか·····?」


 裕也があからさまな驚き方をする。俺も内心では驚いている。さっきの写真の何倍も可愛い。


「外でお話するわけにも行かないので、お乗り下さい」


 細野さんが誘導する。


「えっ。あっ、失礼します·····」


 俺は戸惑いながらも、車に乗り込む。

 普通の車よりも広くて乗り心地がめちゃくちゃにいい。座席もフカフカでよく眠れそうだ。


 そして隣には可愛い女の子が·····。


「私は如月デザインの社長をしている、如月木乃花です。わざわざお呼びしてしまいすみません」


 少女は体をこちらに向け、手を膝の上でそっと重ね、丁寧に挨拶をする。


 少女のレースのフリルが、俺の腕をそっと撫でる。俺はそれにドキッとし、息を呑む。車の中のために距離がめちゃくちゃ近い。


「ゆ、結城葵です! そして、こっちが·····」


「戸越裕也です!」


「今日お呼びしたのは、他でもない『少女時変』についてです」


 少女は改まって、真剣な顔で言う。


「は、はあ·····」


 少女時変は、俺たちの作ったゲームの名前だ。しかし、クオリティは特に高いわけではない。俺たちは本当に何でここに呼ばれたのか。


「私、びっくりしました! あのゲームに触れて、世界が変わったんです! もちろん戸越さんのイラストも良かったのですが、何よりもストーリーに惹かれまして!」


 少女は目をキラキラとさせながら、猛烈な勢いで語る。


 ストーリー。まさかの意外なところで褒められて俺たちは困惑する。


 少女時変という名前は、少女に「時」と「事変」を混ぜた名前であり、大まかなストーリーはこうだ。





 ──終末の世界。


 そこでは数人の少女たちだけが生き残っていた。そんな世界になったのには理由がある。


 何年も前のこと。空の雲が台風のように渦を巻き、その渦の中心から後に龍王と呼ばれる未知の生物が出現した。


 その龍王は世界中を荒らし回った。龍王にはどんな攻撃も効かずに世界は壊されていく一方。


 そして世界が半分以上滅んだあと、龍王に唯一攻撃が効く武器を作ることに成功した少女たちがいた。


 龍王に対抗できる武器を手に入れた少女たちは、世界が完全に滅ぶまで決して死ぬことはなかった。


 しかし、少女たちにとってそれは全く意味のないこと。他に誰もいない終末の世界で生きていくことは苦痛そのものだったのだ。


 そんな時、時間を戻せるアイテムを手に入れた。それを使って少女たちは過去に戻って再びやり直す。


 少女時変はそんな物語だ。


 




「私、このゲームをもっと広めたいんです」


 少女は真摯に言う。この子は本気であのゲームことを·····。


 俺と同じことを思っていたのか、裕也も今にも泣きそうな目で、少女を見つめる。


 しかし、俺たちはそんな少女を前に、言わなければならないことがある。


「木乃花ちゃん!」


「はいっ!?」


 急に名前を呼ばれて驚いたのか、少女の顔は紅潮していった。


「実は俺たち、あのゲームにはそれほど期待していないんだ。元々予算なしで始めたことだし、音楽もなくて低クオリティ。とてもじゃないが、誰も見向きしてくれるようなものじゃない」


 そう。失敗作なのだ。そもそも、女子小学生向けって何だよ、って話だよな·····。


「だから、だからこそ、私は提案をしに来ました」


 木乃花ちゃんは天使のようにニコッと笑い、俺の目をじっと見つめる。


「提案·····?」


「はい。私からは資金の提供と、人脈を利用して有用なクリエイターさんを集めたいと思っています」


 つまり、木乃花ちゃんはゲーム作りに協力すると言うのだ。


「そ、そんなこと言ったって、俺たちは木乃花ちゃんから一方的に支援されるだけで、俺たちには何もお返しができないというか·····」


 裕也が遠慮深そうに言う。でも、確かにその通りだ。一方的な援助はお互いにとっていいことではない。何かの拍子に崩れ落ちる関係になりかねない。


「これは、ある種の投資です。私はゲーム作りに必要な環境を提供し、お二人には最高のゲームを作ってもらう。ギブアンドテイクです!」


「そういうことなら·····。でもなぁ。うーん」


 でも、まだ了承はできない。こういう関係は健全なままでありたい。特に、まだ年端も行かない少女となら、だ。


「まだ納得できないのでしたら、こうしましょう。私もゲーム作りに参加します!」


「「「えっ!?」」」


 俺と裕也だけでなく秘書の細野さんまで、木乃花ちゃんのまさかの発言に驚く。


「こう見えても私はデザイナーですし、少女たちの洋服のデザインや、広告作りなどでお手伝いできるはずです!」


 木乃花ちゃんはその小さな手で拳を作り、自信満々な笑顔を見せる。


 ああ。


 だめだ。


 この笑顔にはもう勝てない。


「よろしくお願いします。木乃花ちゃん」


「はい! 結城さんがストーリーを書かれたんですよね? 本当に大好きです!」


 木乃花ちゃんは優しく微笑む。その笑顔はまるで、冬の夜空に咲く一輪の花のように、俺の心を温かく包み込む。


 大好き、か·····。うん。自分のことではなく、ストーリーのことを言っているのだと理解してはいる。大丈夫。


「おい、ちょっと。勝手に決めるなよ、葵」


 裕也が俺の肩を掴んで言う。


「戸越さんにも、かの有名なイラストレーターさんを紹介したりとかもできますよ?」


「なっ!?」


 木乃花ちゃんが裕也を誘惑している。相手の興味あるもので釣るとは、なんとも末恐ろしい。


「しかも、最高の環境で絵を書けるんです! それに、ゲームが有名になったらお金持ちにだってなれます!」


 裕也のお金持ち願望まで知り尽くしているのか·····。


「ぜひやりましょう。木乃花姫」


 裕也の態度が急に変わる。姫ってなんだよ。こいつ大丈夫か?

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