第2話 株式会社如月デザイン
「細野さん!」
白を基調としたまるで美術館のような部屋で、子供用のゲーミングチェアに座ったロングヘアの小さな女の子が、スマホを手に叫ぶ。
彼女はまだ小学生で、小学生とは思えないほどに可愛らしい見た目をしていて、裕福な家庭のお嬢様のようだ。そして、服装はオシャレそのものと言っても過言ではないほどに似合っている。
「何でしょう?
細野と呼ばれた女性が女の子の斜め後ろに現れて聞き返す。細野さんはこの女の子の秘書だ。
「今すぐ、このゲームの開発者を調べて」
女の子は片手でスマホの画面を見せる。
「えっと、なぜ·····? しかも、名前すら聞いたことないような·····」
その画面には『少女時変』と書かれた、ノベルゲームがあった。
「そういうことは聞かないの」
女の子は椅子を回転させて、そっぽを向いてしまう。
「しっ、失言でした! すぐに調べてきます!」
そう言って、細野さんは慌てて部屋から出て行った。
それを確認すると、女の子は笑顔いっぱいの顔になって、スマホを抱きながらイスをクルクルと回す。
「ふふっ。すごいゲームを見つけちゃった!」
◇ ◆ ◇
「最近読んだ本がそれは凄くて。推理小説だったんだけど·····」
学校帰り、俺、
裕也はバスケットボール部に入っているが、俺は帰宅部。裕也の部活がない日はこうして一緒に帰ることが多い。
「推理小説? 別にそんなのよくあるだろ」
「そんな簡単な話じゃないんだよ。伏線がいくつも連なって、真実に辿り着くあの快感がたまんないね。と思ったら、それすらも犯人の思うつぼだったっていう·····。流石にあの展開にはしてやられたよ」
「どういうことだ?」
「いやー、これ以上はネタバレになっちゃうから自分で読んでくれたまえ」
「いや、別に俺は本とか読まないけど」
「いやいや!? 読めよ!? 今、めちゃくちゃ人気出てるんだから!
「聞いたこともない名前だなぁ·····」
本を読んでないから知らないんだろ、というツッコミは抑えておく。
「まあまあ。それで、裕也は最近ハマってることとかあるの?」
「最近かぁー。うーん。動画配信をよく見てるんだけど、たまたま流れてきた『ひよこ隊長』っていう人が──」
「すみません。お時間よろしいですか?」
裕也の会話を遮るように、大人の女性が俺たちの前に現れて行く手を阻む。
赤い眼鏡をかけていて、ワイシャツからでも胸がハッキリと分かるほどに大きい。厳しそうな見た目だが、キッチリと仕事をこなして部下から慕われるタイプだろう。
「結城葵さんと、
その女性は俺たちの名前を口にする。なぜ見知らぬ女性に名前を知られているのか分からないが、俺たちは何か只事じゃないような気がして、緊張が身体中を張り巡る。
「えっ、はい。そうですが·····」
「私、細野というものです」
細野さんはそう言って名刺を内ポケットから取り出して両手で丁寧に渡してくる。
俺たちは何が起こっているのかと戸惑いながらも、その名刺を受け取って見る。
「·····株式会社、如月デザイン?」
デザイン会社? 正直そこら辺の業界については全く詳しくないために、名前も知らない。何かの大手企業なのだろうか?
イラストを描く裕也はまだしも、なぜ俺が関係しているんだ。
細野さんは大きな胸に手を当てて、改まって自己紹介をする。
「はい。私は如月デザインの社長の秘書を務めております。今日は、お二人にお話があって来ました」
「えっと、どんな用件で·····?」
「実は、私も知りません。社長の指示に従っているだけですので·····。社長はそちらの車で待機しております。お話だけでもいかかですか?」
指先には、見るからに立派な白い車が止まっていた。どう考えてもお金持ちそのものだ。
俺たちは少し離れてしゃがんで相談を始める。
「ちょっと、どうする? こんな得体もしれない人にノコノコとついて行っていいと思うか?」
たしかに、俺も突然の出来事で流れに乗せられかけていたが、これでも小学校の頃から、先生に「知らない人について行ったらいけません」って教えられてきた身だ。
でも──
「でも、何故か俺のハートが叫んでいるんだっ。今を逃すと一生後悔するぞって」
胸に拳をあてて、悲しそうな顔を演技して言う。
「おいおい。なんだよそれ。とにかく断るぞ」
裕也が振り向くのを、服を掴んで阻止する。
「ちょっ、待てって。とりあえずこの会社について調べてからにしないか?」
俺はスマホを取り出して、『如月デザイン』と検索に打ち込む。
「デザイン会社って、俺たちには縁もゆかりもない場所だぞ? 一体、何用で呼ばれるんだよ」
「ゲームに関して、お話があるご様子でした」
細野さんが俺たちに割って入ってくる。俺はビックリして、反射的にスマホを後ろに隠す。
こっわー! 地獄耳かよ。
「ゲ、ゲームですか? ああ、あの·····」
二人は例の失敗作を思い浮かべる。それが何かしらの新たな出会いを作ろうとしていることに気付かないほど、鈍感ではない。
「はい! 行きます!」
「ちょ、ちょっと、急にどうしたんだよ」
裕也が俺の態度に戸惑う。
俺が後ろに隠したスマホの画面には、可愛らしい女の子が映っていた。
十一歳の小学生六年生。
しかも、そこには「社長」と記載されていた。
俺たちの作ったゲームが、一人のロ·····少女の手に渡ったのだ。俺がずっと待ち望んでいた機会。これを逃すわけにはいかない。
「別に来なくてもいいんだぞ?」
全てを独り占めするのもいい。あれ? そう考えると、俺だけ一人で行くってのもありだな·····。
「お前が行くってんなら、俺も行く。心配だからな」
「ええ·····」
俺の独占ロリハーレムがっ!
「なんで嫌そうな顔をするんだよ。わけわかんねー」
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