第30話 魔法騎士大演習 5
崖道を越え、草が腰辺りまで生える群集地帯を抜け(笹に似た植物だ)、美花達は、ゴール地点のエデン平に到着した。
まだ、明るい。ファウラの予定通り、四日目の昼過ぎには到着した。これで、失格はなくなったが、ここからは戦闘による離脱しかない。
それはそれで、怖かった。
ひとまずは、ここまで登って来れた。美花は涙が出た。涙か汗かは不明だが、自分が塩の塊になった気がしないでもない。
臭いーー。
「まだ、泣くのは早いわよ」
カルディに優しく微笑まれ、美花はさらに泣いてしまった。何度も「荷物を持つ」と言われ、断って。崖から落ちそうになって、引っ張られて。
ーーみんな、良い人すぎる。
「あそこに、アレクセイ殿下がいらっしゃるわ」
エデン平を見下ろす小高い場所に、天幕は立てられていた。立派な柵も付けられ、間違っても落ちないようになっている。
ーーげぇ!
こちらを見て手を振る弟。
なんであんたがいるのよ、と美花は忌々しい気持ちで睨んだ。
「あの方、聖女様かしら?」
「遠くからしか見た事なかったけど、イメージと違うわね」
「眼鏡、してたかしら?」
別人ですよ、美花は、冷静に突っ込んだ。
「皆さん、よく頑張りましたね。ゆっくり休みたいところですが、少々仕掛けをしてから休みましょう」
ファウラ大隊長がのんびりと言った。ふんわりと笑う、戦闘など縁がなさそうな優男だが、最年少で大隊長になっている
美花は、首を傾げた。
「ミハナは休んでいていいですよ。他にも休みたい方は遠慮せずに休んで下さい。食べられるなら携帯食を食べて下さい。動ける者で、木の間を紐でしばりましょう」
「引っ掛けるんですか?」
美花はすっとんきょんな声をあげてしまった。
「はい。転ばせます。一番乗りの特権ですよ。気を失ってくれたらありがたいですね」
にこにこと指示を出す。
なんとも言えない顔で見ていた事に気付いたのか、ファウラは美花に話しかけてきた。
「卑怯な手は嫌いですか?」
アレクセイの御前での事を、気にしてくれているのだろう。
美花は慌てて首を振る。
「違うんです。あたし、騎士ってそもそも何なのかよくわかってないし。名誉が何より大事なのかなー、とか」
正直に疑問を口にする美花に、ファウラは笑った。
「そうですよ。名誉は大事です。名誉は、勝たなければ守れません」
美花は、はっとする。
「勝った者は何でも言えます。卑怯な事も正しさに変えれるんです。だから、勝たなければいけない。仲間を守り、国を守る為には、多少汚いこともしますよ」
多少ねーー。ファウラは、片目を瞑って見せた。
「大隊長。落とし穴も掘っちゃいましょうよー」
紐を縛り終えたマッジが、袖を捲りあげてスコップを手にした。
先輩たち元気だなー。
「落とし穴!どうせなら、深いのとか浅いのとか色々作りましょうよ。落ち葉をわざとらしく乗せたりして」
美花は立ち上がった。
「へー、元気だなぁ。新人さんだろ?聖女様の加護でもついてんの?」
優しい人達の中にも嫌味を言う人もいるが、
「そうかもしれませんね!後、気になってる場所もあるんで、話、聞いてください!」
と、美花は笑った。それを見てファウラ大隊長は目を細くして微笑んだ。
それ(聖女様のお仲間)込みで自分だ。
今はねーー!
「走れ!走れ!」
大魔犬の群れに追い立てられ、東堂達は登り坂を全速力で走っていた。
「も、もうダメだ!」
フルッグの速度が落ちていく。
「くそ!交戦すっぞ!」
魔犬より、何倍も大きい大魔犬。
「炎が弱点だよー」
モロフがいうが、東堂は炎の魔法は得意ではない。
「殿下の魔法、使いたいよーー」
泣き言を言いそうになりながら、連発できる火球ファイヤーボールをひたすら撃つ。
「
モロフも応戦する。離れたところでは、先頭のトルイストや他の小隊も交戦中。
「エンカウント、多いぜーー」
午前0時に間に合うのか!
「きついって!」
東堂は叫び、剣を抜いて大魔犬の攻撃を受け止めた。
力で押し切り、振りかぶり、斬り裂く。次から次に、大魔犬が東堂を襲う。
「俺が囮になるから、おまえら先に行け!大隊長を助けろ!」
「何言ってんだよ!」
モロフが叫ぶ。
「間に合わなかったら、意味ないだろ!」
大魔犬の鋭い爪と牙の攻撃をかわす。
「!」
東堂は、横に飛ばされた。
尻尾だ。尻尾の攻撃に、飛ばされたのだ。
ーーしっぽってーー。
大魔犬が、爪で斬り裂こうと前足を振り上げた。
裂かれるーー。
「
トルイストが魔法を出す。
炎が大魔犬の群れを焼く。東堂には
「大丈夫?」
守ってくれたのはモロフだ。
「さっさと立て!」
大隊長トルイストが叫んだ。渋メンがさらに渋く見える。
「うす!」
「皆、エデン平はもうすぐだ。遅れずに付いて来い!」
「はい!」
勝利の余韻には浸らない。大隊長にとっては、当たり前の事なのだろう。
東堂は、溜め息をついた。
「ん?疲れたの?」
モロフが尋ねる。
「いや、不甲斐ない、と思ってよ」
「トードォは新人なのに、ちっとも甘えないんだな」
モロフが不思議そうに聞いた。
「甘えるーかぁー」
馴染がない。ガタイの良さから、頼られる事の方が多かったし、それにーー。
自分など、どうなってもいいーー。
そうも、思っていたーー。
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