第29話 魔法騎士大演習 4

 下を見ぬように、というありがたい警告の通り、底の見えぬ恐ろしさと、風の強さに、美花の心は挫けていた。


 ーー怖いよー。


 加えて道の細さ。


 五人一組で紐を腰に通し、崖道を行く。下からあがってくる風の音が、もはやホラーだ。


「他に道ないんですかーー」

 つい、泣き言をいってしまうー。

「他の道は、ロープを渡して綱渡りかしら」

 冷静に、前を歩くカルディが言う。さすがにこの道幅は走る事はできない。

「ミハナ、ペース合わせて」

 後ろからマッジが追いたてる。

「なんで平気なんですかー?」

「慣れかしら?」

 カルディが答える。

「こんな足場での戦闘も、ない事はないからね」

「はぁー」

「よく、歩いているわ。ミハナ」

 カルディは、アメとムチの使い方がうまそうだ。


 想定訓練では、近場の山を登ったりしたが、崖の高さが違うし、何より手摺があったのだ。その差は、天と地ほど大きい。


 こんな、へっぽこ魔法騎士、参加しないほうがよかったんじゃないのかなー。


 時折、前方から戦闘を知らせるラッパの音が響く。


 うそでしょー!と、思う間もなく、戦闘終了の合図が、聞こえる。

「えっ、終わったの?」

「魔法が使えるのなら、ファウラ大隊長がいるからね。足場の悪さは関係ないわ」

「へぇー」

 優しいお師匠様の顔を思い出す。普段の指導からはわからないが、カルディが言うのなら強いのだろう。

「強いなんてもんじゃないわよ」

 魔法の火力は、魔法騎士の中でもトップクラスよ。アンダーソニー様も、敵わない魔法もあるらしいわ。

 と、カルディは語った。

「ミハナは、期待されてんね」

 マッジが豪快に笑った。

「そんな事ないですよ。ルートのおまけだから、気を使ってもらってますけど」

「自覚はあるんだ」

「まぁ」


 そりゃあねーー。


「それ込みであんただからいいじゃん」

 あれ?マッジが優しいーー。

「戦闘の合図!」

 一組前からレノラの声が聞こえた。美花が横を見るとーー。


「ひゃあ!」


 ドキリ、とした。巨大な鳥がこちらを見ている。

炎天ハイフレア!」

 間髪入れずに、騎士達が魔法を唱えた。

「ダメよ!」

 レノラが叫んだ。


 えっ!と美花が思った瞬間、鳥は炎を飲み込み、大きく嘴を開いた。喉の奥に、燃え盛る炎の渦が見える。


 ぼぉぉぉぉー!


 まるで大きなガスバーナーの音。熱風と炎がくるのを結界で防ぐ。美花は上位の魔法しか使えないので、下位のシールドは使用できない。だが、結界より簡単に出せるシールドは、とても便利で使い勝手がよい。そう思うと、上位の魔法ばっかり使えても、いい事ばかりではない、と美花は思う。


 ようは使い分け、なのだ。


「炎鳥えんちょうよ。よく見なさい!」

 どこ見たらわかるんだろ、と美花が思った瞬間。

凍結アイシー

 空中にファウラが浮いており、炎鳥を凍らせた。

 氷に包まれた炎鳥は、そのまま落下していく。

 しばらくして、下からぶつかるような音が響いた。

「怪我はないですか?」

 ファウラが微笑んだ。大隊長とは思えぬ、親しみ安さと腰の低さ。一新兵にすら頭を下げる姿には、誰もが瞠目する。

「はい!」

「ミハナ、炎鳥は嘴が真っ赤で、爪も赤いです」


 へぇー。


「わかりました!」

 ファウラがいると、なぜだかがんばりたくなる。美花は気力を持ち直した。


 元気な返事に、カルディは頭痛を覚えた。


「さあ、もう少しがんばりましょう」

「お師匠様のもう少しは、もう少しじゃないです!」


 ミハナーー!、と心の中でレノラは引き攣った。


 ファウラは気にした様子もなく笑った。

「この調子なら、明日の昼にはエデン平に着きますよ」


 もう少しじゃないーー!









「ねぇ、殿下」

 三日目の夜天幕にて、千里眼クレアボヤンスの魔法で三チームの動向を見ていた兵馬が、アレクセイに声をかけた。

「どうした」

「姉さんとファウラ大隊長、できてないよね?」

 表情が固まっている。

「さあ、知らないが」

 何の事だ、と不思議そうなアレクセイの顔。

「知らないじゃないよ。姉さんに大隊長紹介したの殿下でしょ?男と女がしょっちゅうくっついてたら、どうなるのかわからなかったの?男と男でもくっついてたらできちゃったのに!」

「まだ、できてはいない」

 なぜ兵馬は怒っているのか、理解できるアレクセイではなかった。

「問題はそこじゃないの!いやぁー、もうー。殿下のバカ。女の人だって十人いるんだから、そっちで面倒みてもらえば良かったのにさ」

 ぷんぷん、兵馬は怒っているが、適任者を選んだつもりのアレクセイは困惑しかない。

「ファウラほど、最高位の魔法が使える者は、魔法騎士でもいないのだが」

「そうですよ。ヒョウマ殿。いい奴ですぜ、奴は。独身ですし」

 ヤヘルの言葉に、さらに兵馬は毒づく。

「不倫とかそういう事を気にしてんじゃないの!なんか、身内のラブコメは見たくないんだよ!」

「なるほど、ヒョウマ殿はミハナが大好きなんだな」

「違うの!」

 ホント、兵士って無神経だ、と兵馬は怒りながら腕を組んだ。

「わたくしはわかりますわよ。兄弟が異性に接するときはこんな風なんだという、衝撃ですわよね」

 わたくしの兄も義姉に接するときなんか、とルッタマイヤが語る。

「そう、姉が女の顔してる!ってやつ!」

「ミハナが、悪いのか」

「殿下は黙ってて」

 尋ねられたり、黙っててと言われたり、忙しいことこの上ない、アレクセイは溜め息をついた。

「ヒョウマ殿は、ミハナに恋人ができるのが嫌なのか?」

 ヤヘルが問う。年下なのに、アレクセイ達の講師という肩書きのせいで、名前の下に、殿、とつけてもらっている。

「そうでもないけどさ。糸目の優男だよ。双子って同じ趣味だって言うじゃん」

「糸目の優女を捜せばいいのか」

「殿下はホントに黙ってて」

 アレクセイは少し落ち込んだ。

「もう、殿下はさっさとルートのとこ行きなよ。内心ウキウキしてんのモロバレだよ」

「そうかー」

「新婚のパパみたいだ」

 仕事ちゃっちゃっと終わらせて、今日も妻の為に早く家に帰るぞー、というアレクセイ。家では転がりながら、ゴロゴロする妻が待っているだろう。

「遅くなったが、行ってくる」

「何か用事なの?」

「あぁ、とても大事な用事だ」


 ふーん、聖女の関係かな、と思う兵馬。


 


「魔法騎士って全員で三百五人なんだよね」

 兵馬の問いに、ルッタマイヤが頷いた。

「三百三人でしたが、トードォとミハナが加わりましたから」

 魔法騎士長にアンダーソニー、軍将ルッタマイヤ、団将ヤヘルの後に、師団長パボン、大隊長トルイスト、大隊長ファウラ、大隊長マリア(産休中)。その下に六人の中隊長、二十九人の小隊長で構成されている。もっとも、小隊長は十人一組の一員でもある。


「全体で兵士は何人なの?」

「非正規を合わせると、五千人ぐらいだなー」

「少なく感じるねー。でも、国民が四万近くだから、ちょうどいいぐらいか」 

 国土も広いし、豊かなのに、人口が四万だけーー。この世界の総人口が少ないのか。

「昔はともかく、今は他国からちょっかいをかけられる事も、聖女を寄越せ、と言われる事も減りましたな」


 やっぱりあるのかーー。


「上の脅威バルド国は、国民が、八万人に対して、軍人が三万五千人、この国は一定の年齢になると兵役があります」

「やる気満々だね」

「ただ、下のバッカイア帝国は十万の民に対して軍人が五万人。非正規が多いそうですが……」

「さらに、多いねーー。非正規でも半分が軍人てー」

 特にバルドは我が国を潰したくて仕方のない国なのです、と溜め息をつくアンダーソニー。

「聖女がうざいってやつ?」

「それがなかったら、我が国はありませんな」

 三人は笑った。


 琉生斗、思ってるより君って大変だねーー。


「今は両国とも大人しくしておりますな」

「昔、アレクセイ殿下にボコボコにやられましたからなー。屈辱だったでしょう。十四の若造に空軍を壊滅させられて」

 理由は、我が国の領域に入ったから、とヤヘルが懐かしい顔をした。思い出に浸る内容ではないが。

「なんで、殿下だけ規格外に強いの?」

「なんででしょうなー」

 アンダーソニーがとぼけた。


 絶対知ってそうーー。


「おかしくない?変な薬飲んでるとか」

「そんな薬があったら、わたくしも欲しいですわ」

「おまえさんも充分強いだろ」

「みんなしてごまかしてー」

 兵馬は聞き出すことを諦めた。



「アレクセイ殿下は、我々が思っているよりも過酷な道を歩まれてきました」

 アンダーソニーが誰に聞かせる訳でもないように、呟くように語った。

「スズ様が、誰よりも強くなるように、とおっしゃられたそうですーー」

「誰も当てにしない、そんな戦い方ですな。殿下は」

 ヤヘルが淋しげに漏らす。

「ですが」

 アンダーソニーが笑顔を見せた。

「今は、とてもお幸せそうで、本当に聖女様には感謝しかありません」

 感慨深気な様子に、ヤヘルとルッタマイヤもしんみりする。

「まっ、聖女ってあのとんでもルートさんだからね。息つく暇もないんじゃない」

 兵馬は軽く肩を竦めた。

「それにしても、東堂ーー」


 大丈夫かなーー。

 兵馬は友を案じた。


 姉さんより、心配なのは、おまえだよーー。

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