第31話 魔法騎士大演習 6

「ミハナ」

 肩を揺すられる。

 目を覚ますと、カルディが「帯刀」と小さく言った。

 美花の事をギリギリまで休ませてくれたのだろう、戦闘は間近だという空気感に身震いする。

 回りは暗い。月はある。寝入ってしまった事を恥ずかしく思いながら気を引き締めた。




 


 戦闘が始まる。遠くから集団が近づいてくる圧を感じる。


 唾を呑み込んで、美花は剣を構える。


「味方と敵は間違えないように。背後にも気をつけて。でも、無理はしないで」

 紐は至る所に付けられていた。もちろん、美花の後ろの木々にも、

「うわっ、なんじゃこりゃー!」

 聞き馴染んだ声が聞こえた。

「モロフ!フルッグ!みんな止まれ!」

 東堂の怒号に、止まった者もいたが、大概の者がつんのめっている。そこに美花達は集めた石を一斉に投げた。

「痛い!痛い!頭に当たってるぞ!」

「剣じゃなきゃいいみたいよー。確認済みー」 

「おいおいおいー!致命傷になるって!」

 剣で跳ね飛ばしながら東堂は近付いてくる。


 すぐに、石も無くなる。


 だが、魔導師が現れ数名が宙に浮く。

「ジャスチン!ビールバー!ケビニン!コール!」

 東堂が、悲しそうに友の名を呼んだ。

「お前たちの事、忘れねぇぜ!」

「死んでないからね!」

 モロフが突っ込んだ。

「さっさと、この暴れ鬼女を退治すんぞ」

 ひどい通り名を付けたものだ。兵馬が鬼女なんて言うから。

「向こう側から師団長のチームが来てる。おまえらのチーム挟まれてるけど、大丈夫ー?」

 何て嫌みな奴だろう。こいつは絶対騎士じゃない。聖女の証も間違えるときがあるのだろう。

「そっちこそ、あたしらの人数が少ないのわかんないかなー?」


 そう、美花達は数人しかこの場にいないのだ。


 反対側からも他のチームが上がってきているが、交戦する騎士がいない事に戸惑っている。おまけに仲間が転けたり、落とし穴に躓いたり、はまるのが嫌なのか進めなかったりで、混乱状態だ。


 美花達は、中央へと敵を誘い込んだ。

 距離を詰められて、背後からも敵が押し寄せてくる。


 ーーどうする気だ?ファウラはこいつらをエサにして、トルイストとパボンを相討ちさせる気か?


 だとしたら、ファウラと言う男は卑怯極まりない。


 他の騎士はどこに隠れている?まさか、森の中で潜んでいるのか?次は自分達が背後を取られるのか。

 周囲を見渡しても、隠れる場所はない。

 東堂は眉を顰めた。

 トルイストとパボンも同じ事を考えていた。


 何を、仕掛けるんだ、あの男はーー。


 東堂は、思案を巡らせながら近付いた為に、美花達の足元にある物に気付くのが遅くなった。


 美花達は、二人一組になってしゃがみ、足元に置いた鉄の大盾に隠れる。


 盾を向けた方向は、アレクセイの天幕だ。


「やべー!」


 意識外だった。


 トルイストもパボンも、目を剥いた。


 アレクセイの天幕の左右、小高い丘にファウラ隊は弓を構えていた。月明かりを背に、こちらに気取られぬように。




「放て!」



 矢の雨に、魔法騎士達は、驚愕した。


 そんな所に、いるなんてーー!


 次々と放たれる矢に身体を射抜かれて、騎士が離脱していく。


「ちっ!」


 剣で払うも追いつかず、東堂の肩に矢は刺さった。

「いってぇぇ!」

 まだまだ!と、踏ん張ろうとしたそのとき、静かな声が響いた。




「そこまで。ファウラの勝ちだ」

 士長アンダーソニーが宣言した。

 残った者は、その場に座り込んだ。魔導師が離脱を確認しに行く。

 東堂の所にも来たのだが、「平気っす」と、追い返した。


「大丈夫ー?」


 美花の心配顔が、目の前にあった。

「なんだよ、その盾。担いできたのか?」

 にんまりと美花は、笑う。

「初心者特典で、作ってもらったの。琉生斗のカレー用の鍋が盾になっちゃった」

 東堂は目を丸くした。

「おまえ、そういう贔屓、嫌いだろ?」 

「うん。そうね。あっ、靴ありがとう。ホント足が楽になった。あたしが履いてた靴、良く知ってたわね」

「そりゃ、あいつに設計図描かせたからな」


 ーーいろいろすごい弟だ。


 仮眠を取る前に、美花はアレクセイとの謁見を、ファウラに頼んだ。自分で聞くのは、ファウラの立場を無いものにする、そう思ったからだ。

 ファウラは快く、アレクセイの元へ行き、頷いた彼は、わざわざ美花の隣に降り立ってくれた。

 全員、その場に片膝をついて頭を垂れた。

「よい。頭をあげよ。何か用か?ミハナ」

「殿下、殿下の天幕の左右の丘、空いてますけど、使用して大丈夫ですか?」

 ダメだろう。カルディは冷や汗がでた。マッジも他の騎士も自分の首が斬り落とされるのを覚悟した。

「ここの地形は使用する為にある。どこを使ってもよいと説明したはずだ」

「殿下、不敬に当たります」

 ファウラが、口を挟んだ。

「私ならばよい。それで早く決着がつくのも、手だ」

 アレクセイの言葉に、美花は頭を下げた。

「あのー、もう一つお願いがあるんですがー」

 ファウラが目を開いた。何という胆力!アレクセイ殿下の圧倒的オーラの前で、軽々しく話すことができるとは。


 さすがに、聖女様のお仲間は違うーー。


「何だ?」

「初心者特典、使ってもいいですかー?」





「んで、盾作ってもらったのか。矢が来たとき、自分達を守る為の」

 東堂はひっくり返った。確かに殿下の近くには敵はいないと思った。あの場の誰もが思っただろう。


「しかも、弓かよ。騎士だぜ、弓はないだろ」

「そうみたいね。みんな、弓矢は持ってたんだけど、普段使わないみたいね」

「卑怯者。そこまでして、生き延びたかったのかよ」

 吐き捨てるように東堂は言った。美花の目が開かれる。

「……生きたいに決まってんでしょ。あんたは死にたいの?」

 美花の言葉に、東堂は顔を隠した。

「……死にてぇー。死にてぇーよ……」


 ーーなんで。


 今まで、そんな事言わなかったじゃないー。



「わぁぁー!」

「ひゃあぁぁぁ!」

 近くにいたモロフとフルッグから、悲鳴があがった。

 美花は彼らが見ているモノの方向に目を向けた。



 森の中からたゆ立つように、ゆらゆら広がっていくものーー。



 腰の力が抜ける。


 後退る。


「ひっ!」

「ミハナ、目を閉じて!」

 カルディに強引に目を塞がれる。しかし、一瞬視界に入ったモノに、恐怖心で狂いそうになっている。

「魔蝕だ!結界を張れ!」

 動ける魔法騎士達が結界を張る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る