第26話 魔法騎士大演習 1
霧の中、登山用のリュックを背負い、美花は走るように歩いている。四日間の行軍予定の二日目だ。
一日歩き続けると、足の裏の皮がめくれ、先輩騎士がテープのようなものを巻いて手当をしてくれた。傷に効くと言われたが、ほんのちょっとマシになるだけだった。
休憩中はブーツを脱がないと、次履けなくなるよ、と言われたが、
ーーめっちゃ足がパンパンだわ。
今意味を理解する。履きっぱなしだと、切らなければ脱げなくなるだろう。しかも、臭い。湿り気たっぷりのえげつない臭さだ。
休憩毎に、靴下を替えたり足をマッサージしたり、これで戦闘になったら、自分は役に立たない。
現に昨日、魔物の出現はあったものの、足の痛みを堪えていると、上官から「物陰にいなさい」と安全な場所に追いやられた。少し休めたから回復も早かったので、それはありがたかった。
しかし、体力どうこうより、とにかく足が痛い。もちろん、体力もないのだがーー。
「大丈夫ー?みんなついて来てる!?」
美花の上官である、小隊長のレノラである。姿は見えにくいが、声はよく通る。
「少し急がないと、トルイストチームの方が先に着くかもしれないね」
熟練の魔法騎士、輝く筋肉の持ち主マッジが呟く。
二ヶ月間、訓練の訓練で、一日決められた距離を走っていたが、芝生と山道では訳が違う。道はゴツゴツしているし、苔で滑りそうになるし。荷物は重いし。
これ以上ペースをあげられると、ヤバイかも。
三組が決められた地点から行軍し、山地に囲まれた平らな場所、ゴールのエデン平だいらを目指していく。そこで交戦となり、離脱者が少ないチームの勝利となる。早く着けば地の利を奪いやすく、奇襲もかけられる。
離脱者は、離脱宣言をするか、戦闘によって意識を失えば、魔導師が回収してくれるそうだ。
ーー自分からギブはしたくない。
ちなみに四百キロ早歩きするの、と言ったところ、弟は真っ青になり、琉生斗は「兵士って頑丈なんだなー。メロスより過酷じゃねえか」と引きつっていた。
そう、歩いていては最終日に到底間に合わないのだ。魔法なら浮遊魔法で余裕なのに、何人かの魔法騎士が不足を漏らすのも仕方のないような気もする。
トルイストは、東堂のいるチーム。
騎士の中でも若手で構成されている為、勢いがすごいだろう、と美花は思う。
美花の所属はファウラ大隊長率いる、距離や地形を利用して戦うことが得意な玄人チームだ。少ない人数の女性騎士は、皆ここにいた。魔法なしでは男性騎士とまともに斬り合えない、皆わかっている。
ーー変な分け方よね。このチームが一番不利でしょ。自分を含め、お荷物が多いのだしーー。
「ミハナ、よく付いてきている」
さすがは聖女様のお仲間ね。と、マッジは言う。
ーー違うもん。
「みんな、すごいですね!魔法なしでも疲れないんですか?」
「そんなとこに、魔力を割けないよ。あんたと違って魔力がほどほどしかないんだから」
マッジはいちいち突っかかる言い方をする。そのチクチクしたものが、元気がないときは上手くかわせない。
出発前に、アレクセイがこっそりと美花に囁いた。
「荷物を軽くしようか?」
ムカッときて「大丈夫です!」と言ったが、魔法をかけてもらえばよかったと、少し後悔する。
いや、自分だけズルしたら、やっぱり聖女の仲間だ、って言われるー。
身体は小さくとも負けん気は強い。
遠くから、ラッパの音が聞こえる。先頭が野営地に着いたのだろう。
「もう少しね」
美花が安心すると、レノラは叫ぶ。
「戦闘準備!」
えっ!
皆リュックを樹の下に放り投げ剣を構える。
「敵ですか?」
胸が逸る。
「魔法使用、一時許可!」
「ラッパの音をよく聞きな。あれは魔物が出た合図!」
マッジの叱責に集中力を欠いたことを悔やみながら、美花は行動する。
そのとき、美花の頬が切れた。
「えっ?」
「ミハナ!上段に剣を構えて!!」
顔の前に剣を構え、右足を引く。親指を意識して。
ガシンっ!
剣は長い爪を受け止めた。獣の匂い。赤黒い犬のような身体。この世界に来て、動物以外に魔物と呼ばれる生き物を知った。人間を襲う動物はあちらにも多いが、姿の異形さ、魔法を使ってくるのは魔物の特徴だろう。
「魔犬だわ!大きいわね!」
「ミハナ、距離をとって!」
声に頷き、美花は呼吸の乱れを整え、力を込めて爪を振り払う。
瞬間、後ろに飛ぶ。
「
聖騎士達から火の魔法が魔犬にぶつけられる。魔犬は涎を垂らしながら火をはらった。
力を掌に集中してーー。
美花は隙を窺っていた。魔犬が炎を払い、身を低く伏せる。跳躍が来る!
「
美花の手の中から、最高位の炎が出る。炎は魔犬を焼き、のたうち回る魔犬は、地に墜ちた。
「やったー」
喜ぶ美花に何も言わず、レノラは言った。
「炎、鎮火せよ!」
騎士が水の魔法を唱えた。魔犬が、振りはらった炎が森を焼いているのだ。
あっ、ようやく美花は気付いた。
「ミハナ。怪我はない?」
同室で、美花の姉のようになっているカルディが声をかけた。
「頬が切れただけ。ーーごめん、あたし」
「初実戦おめでとう。訓練じゃわかんないでしょ?あたしらもみんなやらかしてきてるから大丈夫よ」
美花は頷いた。
「こんな狭いところで攻撃範囲の広い魔法を使っちゃ、だめよね」
「ミハナは、最高位の魔法が撃てるから。注意が必要だね。聞いてるでしょ?戦場じゃ敵の攻撃より味方の攻撃に巻き込まれて亡くなるほうが多いって」
カルディが優しく言った。
美花は頷いた。魔法は攻撃力の高さから、つい撃ってしまいたくなるが、まわりが見えていないものの一撃は、味方を危険にさらす。
魔法は確かに強さの一部だが、上手く使わないとちっとも役に立たないのでは、と思う。
ーーだから、魔法無しの訓練なのね。剣技が優れていれば、魔法に頼らずとも、速いもんね。
アレクセイ殿下など、魔法を使うときがあるのだろうか。
「さあ、走るわよ」
うへっー。もう?
顔に出たからか、レノラが笑った。
「今日の野営地はもうすぐ。明日の崖に備えてしっかり休んで。各自カラナビは持ってきた?紐をしっかり確認しておくように。この先、落ちたら最後の崖の上を通るから」
「紐を、どこかに結ぶんですか?」
「座学で教えたはずよ?列になって通す」
当たり前のようにレノラが言う。
それってーー。
「落ちれば前後が引き上げる。決まっているでしょ」
ですよねーー。
「・・・すみません」
「それはどっちのすみません?」
レノラの問いに美花は答えた。
「両方です」
授業を聞いてなくて、すみません。
落ちそうなんで、すみません。
ははははははっ。豪快にマッジが笑った。
「心配しなさんな。落ちたらあたしが引き上げてやる」
筋肉が頼もしかった。
戦闘で興奮した脳が冷めてくると、足の痛みが返ってくる。痛みを堪えて、美花は歩き始めた。
「平気か?」
ビクッと、身体が震える。
「えええっ!」
美花の横に、アレクセイが立っている。
ーーイケメンの声に、元気が出そう。
「殿下」
魔法騎士達が跪いた。
「よい。訓練中だ」
「なんで、いるんですかー?ルートはいるんですか?」
「・・・同行すると言ったはずだ」
「えっ?あたし達にですか?」
さすがに琉生斗が怒りそうーー。
「全体にだ」
ミハナーー。レノラは引き攣った。
「ヒョウマから、靴を渡すように言われた」
美花に、アレクセイは靴を渡した。
ーーえっ!これ、スニーカー?
「トードゥに頼まれたが、おまえもいるだろうと、ヒョウマがな」
美花が常に使っていた白色のブーマだ。こちらに来たときは上靴だったから、目を丸くするしかない。
「つま先には軍靴のように鉄板はいれてあるが、軽く丈夫にしたつもりだ」
「すごい!でも、あたしだけ・・・。こんなのダメです!」
もらっときなよーー。誰もが思った。
「トードゥがな、初心者特典がないのはおかしい、と言うのでな」
あいつーー。
吹き出しそうになる。そして、東堂に言われてスニーカーを作る王子様。
「ミハナ、いただきなさい」
レノラが肩を叩いた。
「ありがとうございます」
美花は靴を受け取り、頭を下げた。本当は跪かないとならないのだろうが、膝が痛い。
「あー、もしかしてさっきの戦闘見てましたか?」
頬を掻いてごまかす。
「あぁ。見ていた」
「大失敗でした!」
「精進しろ」
「はい!」
気持ちを切り替えて、美花は答えた。
靴を変えると、気持ちがスッキリする。うわぁ~めっちゃ履き心地が良い!
「登山用にしてある」
さすが、気遣いが神!
歩きながら美花はアレクセイに話し掛ける。
「殿下、どこに泊まったんですか?」
友達じゃないんだから、とレノラは頭が痛い。
「寝るときは上に戻る」
「上?」
「エデン平に天幕がある」
「え?」
「アンダーソニー達もいるぞ」
「わざわざ来るんですか?」
ここまで?
いや、他のチームのところにまで。
「あぁ」
「そんなに速く移動できます?」
「速いかはわからないが、私は道は使わない」
「えっ?」
「崖道で、下は見ぬように」
アレクセイは助走もつけずに飛び上がり、ほぼ垂直の崖を、少しの岩に足をかけ登っていった。
黒のマントが翻る、ほんの一瞬で、アレクセイは小さくなった。
「すごーい!」
「速い!」
魔法無しで!女性騎士達が、騒ぐ。
「足長ー!」
美花の言葉に、レノラは、
「ちょっとずれてるわよ、ミハナ」
と、疲れたように言った。
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