第25話 故郷の味 2


「東堂!東堂!東堂はどこだぁーー!」

 琉生斗の降臨に、兵士宿舎は荒れた。


 まず、誰だこれ?


 と、いう顔をする者。


 琉生斗は聖女の法衣から、この国の平民が着るような、シャツにズボンという簡素な格好をしている為、余計にわからないのであろう。

 しかし、その後に続いた仏頂面この上ない空気を出すアレクセイを見て、皆気付いた。


 ーー聖女様だーー。


 その場に片膝を付く兵士達に、アレクセイは楽にせよ、と言う。

「お、何だ。聖女様じゃん」

「東堂!」

 風呂上がりの東堂は、タオル一枚の姿で、涼んでいた。他にもパンツ一丁の者が多数。中には全裸でウロウロしている者もいる。

「こんなとこ来て、殿下に怒られますぜー」

「何でアレクが怒るんだよ」

 東堂は、後ろを気にしながらしゃべる。

「殿下にとっちゃ、おまえが他の男の裸見るのは、浮気みたいなもんだろーー」

 と、軽口を叩くが、アレクセイの表情を見て止める。あ、やべ。こいつはマジだわー。

 アレクセイの自分を見る目に、殺気が混じっている。


 闘技場で感じたマジもんの殺気と闘気。


 この殿下、マジでこの腐れ聖女に惚れてんだわー。

 東堂は悟る。

「そ、そうなのか」

「そりゃ、そうよ。『きゃ、殿下よりあの人の方が大きいわ♡』とかなんじゃねえの、おまえ」


 それでも軽口は止まらないがーー。


「何が?」

「ルート……」

 アレクセイが止めようとした。

「ち◯こだよ」

 その場にいた全員が倒れた。

 

 トードォーーー!



「なんでおれが、おまえらのち◯こを気にしなきゃならないんだ!」

 東堂からタオルが外れた。琉生斗は気にする様子もない。

「タオル落ちたぞ」

 ダメだこいつー。その様子に、東堂は頭を抱えた。

「かーー!やっぱり鉄の処女か!いい加減気持ち悪いわ!婚約してんだったらやる事はやっとけ!この腐れ処女が!」

「誰が腐れ処女だ!おまえはすぐやるだ何だ言いやがって!ただれてんだよ万年発情期!」

「振られろ古頭!」

「だまれ色魔!」

「ルート、落ち着きなさいーー。用事があるのだろ」

 かわいそうな殿下、という視線の中、アレクセイは冷静に対処した。


 なぜか、兵士達から自分の株が上がっていく気を感じるー、とアレクセイは複雑な思いにかられた。

「殿下、こっちの部屋どうぞー」

 東堂が部屋を案内する。

「早くおまえの汚いもん隠せよ」

「殿下のはキレイなのか?」

「えっ?」

 琉生斗は首を傾げた。

「そういや、一緒に風呂入ったことねぇなー。今度温泉行こうぜ」

「いや、おまえバカだろ」

 アレクセイは珍しく溜め息をついた。




「喜べ!東堂!」

 琉生斗はふんぞり返った。

「何をだよ。ボインの姉ちゃん紹介してくれるのか」

 東堂は、服を着た。本当はもう少しクールダウンしたかったのだが。

「うーん。ミントはボインじゃなかったなー」

「おまえのカード、王族だけかよー」


 それは、置いといてーー。


「東堂、米があるぞ」

 琉生斗の言葉に、東堂は固まった。

 目を見開き、口をぽかん、と開ける。

「お、おいっ。米か、米なのかーー!」

「正真正銘、米だぞ!」

「よっしゃああぁぁぁー!」

 東堂は手を叩いて喜んだ。

「朝はパン、昼もパン、夜もパン、美味しいけれども、いつもパンーいい加減にしろパンーー」

 東堂は何かを噛み締めている。

「マジかよ~!でかした!さすが聖女様!」

「おぅよ。水田見つけたときは、テンションマックスだったぜー」

 水田を見つけた後、「米、米、米が食いたい!」と、叫ぶルート。彼の為にアレクセイがナルディア国王にお願いして、余剰米を分けて貰う事になった。

「これはもうあれですな」

「おぅ、アレだな」

 二人はにんまりした。

「カレーライスだな!」

「牛丼だな!」


 お互い、えっ?という顔になる。


「何だってー!基本はカレーだろ!」

「バカが!小学生かよ!牛丼一択だろ!」

「おまえがバカだろ!カレーは子供からお年寄りまで食べられる数少ない国民食だろが!」

「どうせ、それもばあちゃんの入れ知恵だろが!このババコン!」

「ばあちゃんの悪口を言うな!!」

「落ち着きなさい、二人共」

 アレクセイは主に琉生斗を宥めた。

「トードゥ、すまないが、ショウユの作り方がいまいち解らなくてな。ヒョウマに聞いたのだが、すぐに出来そうにない」

 トードゥ、の発音上手いな、と東堂は感心した。


 兵馬いわく、


『醤油の主な原料は、大豆、小麦、食塩。まず、 蒸した大豆と、炒ってひき割った小麦を混ぜ合わせて、麹菌を加え麹を作る。 麹と食塩水を混ぜて醗酵させ、約6ヶ月熟成させ、諸味が完成。 諸味をしぼって液汁と粕に分け、液汁を濾過したものが生の醤油です』


 らしいのだがーー。


「殿下ー!根性出して下さいよ!」

「ある国がないか、クリスが調べてはいるのだが……」


 王子に何させてるんだか、と突っ込みが聞こえて来そうである。


「アレク、カレーはいけるのか?」

 琉生斗はわくわくしながら聞いたのだが、アレクセイはすまなそうな顔のままだった。

「スパイスが足りない」

「ええっ!」


 再び、兵馬いわく、


『カレー?殿下、暇なの?

 あっ、婚約記念金配布上手くいっててすごい大好評だよー!


 はいはい、カレーね。スパイスがね、クミン、コリアンダー、チリペッパー、カルダモン、ターメリック、オールスパイス、まぁそれが基本。えっ?わかんない?こっちすごい暑い国ない?そっちならあるかもよ』


 とのこと。


「暑い国はあるが、国交がない国が多い為、気軽には聞けないのだ」

「国交ないって、なんで、魔蝕がないの?」

 さすがに琉生斗は、頭の回転が早い。

「そうだ。人も少なく森も少ない、建物も平たい国には、魔蝕が確認されない為、世界聖女連盟非加入なのだ」

「なんだ、その痛い連盟はーー」

「聞くな」

「他の国にも聞いたが、数種類はあっても、全部はないらしい」

「オールスパイスとチリペッパーの唐揚げ旨いんだぜ」

「あほ、からあげなんか、にんにくと醤油だろ」


 醤油ーー。東堂は泣く。


「シチューは出るからシチューをかけて食べる」


 がっかり東堂である。


「何でシチューはいけるんだ。具材は変わらんだろ」

「それは常々おれも思っていた。まぁ、醤油は6ヶ月もかかるんなら、アレク早く作るぞ」

「そうだな」

「蒸し器とかあんの?」

「兵馬に聞く」


 無いんだーー。


「アレクって優しいなぁー」

 無邪気に琉生斗は、はしゃいだ。


 この、ど鈍ちん。


 東堂は呆れた。

 こんなん、おまえにだけだろ。寵愛が過ぎるぜー。

 東堂はアレクセイと目が合った。


 ーー大変だねー、王子様。


 と、心の中で思うと、


 ーーいや、楽しんでいる、と返事が来た。



 !!!!!!


「えっ!」


 驚く東堂に、アレクセイは薄く笑った。

「もしかして、殿下。心が読めますー?」

「はぁ、東堂何言ってんだよ。魔法で心読みリードマインド習うんだろ?」


 知らねー!


 マジかよ~!



 まさか!


「殿下ー。えっと、俺がヤヘル団将の弟子になるっていうのはまさか、あんときのあれが大きいでござりますか?」

「さあ?」

 アレクセイはとぼけた。だが、その不自然なとぼけ方で、東堂は全てを悟った。


 ーー言ってた!剣技、魔法、精神を吟味するって、うわぁー、殿下俺の妄想くらって手を抜いたのかよ。


「それもトードゥの手、なのだろう」

「今、読まないでくらさーい。落ち込んでんで……」

 いくらなんでも恥ずかしいーー。穴があったら入りたいーー。


「なんだよ、東堂。どうしたんだ。そんなに牛丼が食べたかったのか、まぁ半年ぐらい我慢しろよ」

 呑気な琉生斗を、横目で睨む。

「てか、東堂、聞いてくれよ。おまえらが登山してる間、おれは神殿で缶詰め状態なんだぜ。なんとか二日にまけてもらったけど、おまえらは楽しそうでいいよなーー」

 おれは枕が代わると寝られないんだぜーー、と琉生斗は頬を膨らませる。

「ーー内容知ってんのか?」

「えー、みんなでわちゃわちゃ楽しそうじゃんかー。おれも行きてーな」

「そりゃあ駄目だな」

「なんでさ」

「みんな、演習中は禁慾すんだぜ。おまえが来て、殿下とイチャつきだしたら、だいなしじゃねえか」

 東堂のにやつきに、琉生斗は舌打ちして、横目で睨んだ。

「おれらごときで精神が乱れるとはな、天下の魔法騎士団もたいした事ねえな」

 琉生斗の嫌味に、東堂はカウンターを繰り出す。

「だまれ、役立たず」

「ひどいよー。アレク、東堂がいじめるよーー」

「そうだな、おとなしくしてなさい」

「えぇーー」






 雨あがり。


 その日、琉生斗とアレクセイは、王族の墓地に来ている。

 黒の礼装に身を包み、王都の花屋で花を買ってきた。



 コランダム、スズの名前の入った墓石に、琉生斗は少し安心する。



 ーーいや、実はスズさんの骨なかったりしてーー。


 琉生斗は弟子はとるまい、と心に決めている。

 花屋で組んだ、白い百合やバラの花を置く。





 どうも先代、後任の加賀琉生斗ですーー。


 長らくお勤めご苦労様でございました。若輩者ではありますが、がんばりますので、よろしくお願い致しますーー。

 もっとも、先代ほど長くがんばる気はありませんーー。次を早く呼んで、のんびりしたいですーー。



「こういうのって、段々支離滅裂な事願ったりしねぇ?」


 琉生斗はアレクセイに話しかけると、彼はまだ先代に頭を下げていた。


 やばいやばいー、と琉生斗は邪魔しないように後ろに下がる。


 石畳は思っていたより濡れていて、琉生斗は滑りひっくり返る。

 服が濡れる、と思ったところでアレクセイに抱きとめられた。


「ありがとう」

「いやー」


 墓地は駄目だぞ、と軽く睨むと、アレクセイは残念そうに琉生斗を下ろす。

 危ないから、と手を繋ぐ。しっかり恋人繋ぎである。

「帰るかー」

「なぁ、パイナップル食べたい」

「着替えたら、オランジーに行くか」

「あぁ!」

 琉生斗とアレクセイは仲良く帰って行く。




『あらまぁ。見た?』

 スズはコランダムを振り返る。


『あぁ』

 コランダムは楽しそうにしている。

『アレクセイったら、目がハートね』

 スズは微笑んだ。

『しかし、すごいわね、琉生斗。さすが鱗の色が違うだけはあるわ』

『スズと違うのか?』

『えぇ、大きさも琉生斗の鱗は大きいの。女神様の首元に近いんだわ。色もはっきりした銀色で蒼色の反射があるの』

『つまり』

『魂がすっごく健康なのよ』

『いい事だな』


 本当によかったわ、アレクセイーー。幸せになるのよーー。



 スズとコランダムは、孫を見つめるような目で、アレクセイを見送った。


 振り返った彼が何を思ったのかは、誰も知らないーー。 

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