第24話 故郷の味 1
「ここは地形が悪く、戦闘が長引けばお互いに不利です。ただ、上から槍を投げれば、足止めは可能かと」
軍法会議と言うのか、主だったものが円になって話している。
東堂のような新人は、円の外側、隅っこの方で聞いているしかない。
自分のチームの上官は、三十歳の渋メン、トルイスト大隊長である。人数は百人と変わらないが、常預かる隊の騎士ではないので、少なからず緊張しているようにも見える。
二ヶ月後に控えた魔法騎士大演習の作戦を、地図を見ながら皆の意見を出し合っている。
「下見に行ったときに決まったが、我々のチームは右からスタートする事になった。裏手から師団長のチーム、反対の左側はファウラ大隊長のチームだ。最初は湿地帯だ。靴の替えは必ず用意しろ」
「はい!」
これから二ヶ月かけて、通常訓練の合間に演習訓練も入る。身体を酷使できそうでめっちゃ楽しみだ、と東堂は笑う。
千人は入る演習場で、肩をつき合い話し合う騎士達。もっとも、剣と魔法のエキスパートの魔法騎士は、全体の兵士の数%しかいないらしく、この場にいる三百五人の兵士達は、王族に謁見可能なスーパーエリートなのだそうだ。
ーーそんなのになっちゃうとはな。
自分達を見る兵士達の好奇の目。騎士や歩兵達があからさまに嫌味を言う姿。
『聖女様の仲間だからだろーー』
流石に魔法騎士達の中で嫌味を言う奴は少ないが、いないでもない。
だが、それは言われても仕方ないから、せいぜい先輩の足を引っ張らないようにしよう、と東堂は思う。
「アレクセイ殿下がご一緒されるなんてな」
この前すごかったよな、と相部屋仲間のモロフが興奮気味に言った。そばかすがかわいい男だ。
まわりもうるさく、大隊長の話も聞こえるか聞こえないかなので、後ろの者はひそひそ話をする。
「トードォは話した事あるのか?」
東堂は皆にトードォと呼ばれている。遙という名前を知られ、危うくそう呼ばれそうになったが、頼み込んでトードゥにしてもらった。
もっとも、言いにくいのか、みんなトードォと呼ぶのだが。
「ねえよ」
笑い転げてて話はしなかったなーー。
「聖女様はどんな方なんだ?」
と、聞かれたときも、どういうヤツかと言われれば、普通に変なヤツだったと思う。
元々琉生斗とは高校に入ってからの仲だ。入学式で、やたらキレイな顔した男がいると、噂になっていた。
同じクラスになり、目つきの悪い高慢ちきそうなヤツだと思っていたが、実際は明るくてまわりへの配慮を欠かさないヤツだとわかり、つるむようになった。
何せ学校や地域のボランティア清掃なんかを、自ら言い出し、話をまとめて実行にうつす。
兵馬によると、祖母と姉が同時期に亡くなってから、しばらくは荒れていたらしいが、受験前には落ち着いたらしい。
同中の奴らが、『セフレがいる』『百人斬り』『彼女日替わり』等という話をしていたが、それを聞いた兵馬は「あいつら、ルートに振られた奴らだよ」と呆れていた。
確かに、ガセだな、と東堂は感じていた。
どちらかと言えば、女子が苦手な雰囲気。かといってゲイでもなさそうなー。
スマホのデータには、おっぱいの画像が腐るほど保存されていたし、理想のおっぱいに対する話題には食い付きがひどかった。
ーーもしかして、おっぱいだけか?
画像は、女の子の顔が切れていた。思い返せば、すべてそうだったのではないだろうか。
たまに人間がいると思えば、琉生斗に似たすげぇーキレイなばあちゃんと姉ちゃんだし。
おっぱい画像に挟まれるばあちゃんと姉ちゃん。フォルダ分けしとけよ、と笑ったものだ
昼休憩になって、皆が食堂へ足を運び出す。
わいわいがやがやーー。
魔法騎士、と肩書きは堅苦しいが、皆気さくな人達ばかりでとても居心地がいいーー。
「東堂」
東堂は背中を叩かれた。誰かはわかる。
「何だよ、美花」
同郷の友である。
「別のチームになったわね。トルイスト大隊長でしょ。東堂人気があったから、うちの大隊長も欲しかったみたいよ」
まあな、当然だろ、と東堂は鼻高々だ。
「美花はお師匠様のところだろ」
「そう、ファウラ様。魔法練習がきつくてしょうがない」
「魔法ありなら、おまえ出しゃ、たいがい勝てるな」
最終兵器だ。
「唱えてる間があればね」
のんびり魔力を練り上げないと、とてもじゃないが発動しない。
「前衛がいなけりゃ、魔法だけ強くてもな。けど、殿下、詠唱時間ほぼなかったろ。一瞬で魔力を練ったみたいな」
「将軍クラスにならないと、あれは無理だって、ファウラ様が言ってたわ」
「まだ若いんだろ?」
「十九歳だって」
「俺らとそう変わんねえし、似たような歳の奴らいっぱいいんのに、誰もあんなに強くないのはなんでなんだ?」
「うーん。素質?」
「素質なんか、魔法騎士になるぐらいなんだから、みんな持ってるだろ。特別なトレーニングか、あるいはドーピングか」
「そうねー。死んでる暇はない、って言ってたもんね」
卑怯な事はしていて欲しくはないがーー。
「いや、そりゃそうだろ」
「えっ?」
「大将が取られりゃ、戦は負けだろ。後がないんだから。よく、漫画でもあるじゃん。生き残って力をつけて、次は勝ちに行くやつ」
「あー。そうね。王子様とか王女様は生き残って、がんばんなきゃいけないやつ」
「そういう機会がありゃいいけど、あの殿下さんは、ルートを他所に取られないためにも、踏ん張らなきゃ駄目なんだろー」
「ルートを?」
「考えてもみろよ。この国ルート取られりゃどうなんよ。聖女が呼べるのが五十年後だぜ。それまでまわりの諸国がほっといてくれりゃいいけど、まわりから囲んでヤッちまえば、生かさず殺さす植民地にされるぜ」
「なんでよ」
「まわりの国からしたら、聖女がいるからへいこらしてるだけで、内心そんなシステムうぜーって思ってるって」
俺ならそう思うわー。東堂の言葉を、美花は呆然と聞いていた。
ーー男の人ってみんな、他国に攻める事ばっかり考えてるのかしら。
平和が一番なのにーー。
そのとき、噂の聖女様は農国ナルディアにいた。
今回の魔蝕は、大きな町で起きた。
こんなところで?、と思ったが家の一つ一つが高くひしめき合っているため、影が多いのだ。
高い建物の間から、魔蝕は湧いたらしい。
町民の避難は終わっており、ナルディアの結界術士達が、その場にいた。
「おいで頂きありがとうございます。結界術士のソーウです」
「デースです」
笑ってはいけない。琉生斗は顔を引き締めた。
王宮縫製室の気合の入った法衣をまとい、琉生斗は結界の中の魔蝕を見る。
あぁ、若いなーー。
これは、生まれたての闇だーー。
琉生斗召喚前に結界に閉じ込めた魔蝕と、今発生する魔蝕では、感じが違う。悪魔に付くのは特例だろうがーー。このまま放っといたら、魔蝕も歳を取って、変化を遂げるのだろうか。
琉生斗は片膝をついて、祈った。
光に魔蝕が洗われていくーー。
「町中に家がいっぱいあるけど、離れると畑ばっかりだな」
「そうだな、農国というだけあって、農作物の輸出は群を抜いている」
「ふーん」
似たような国土なのに、違うものなんかなー。何を輸入してるのかーー。
と、学生らしい事も気にしてみる。
「なぁ、聞いたかもしれないんだけどさー」
琉生斗は、アレクセイの手に自分の手を絡ませた。
「何をだ?」
少し、やらしい握り方でアレクセイはそれに答える。
「スズさん、いつ亡くなったの?」
アレクセイは黙った。
「聞いちゃまずいの?」
「そうではないー。ルートの来る一週間前ぐらいだ」
「その後、アレクはワーツの村に一人で行ってああなったんだよな」
「そうだ」
「スズさん、お葬式とかしてないの?」
「・・・・・・」
やっぱりみんな黙ってたんだな、と琉生斗は思った。
「聖女は、葬儀は行わない……」
アレクセイが、静かに告げた。
「国民が不安になるからか」
「ーー気づいていたか……」
「葬儀が最近あったにしろ、偉大な人が亡くなったなら、何かしら話題に出たりするだろ?そんなん、なかったしーー。こりゃ、黙っとくんだな、って思うよ」
「すまない。王族だけで追悼式は行った」
言いにくそうに、アレクセイは語る。
「別におれの死後、何で葬儀しねえの?なんて言わねえよ」
「・・・・・・」
あまりのアレクセイの落ち込み方に、聞くべきじゃなかったと後悔する。
「まぁ。それはついでに聞いただけで、スズさんは亡くなる前まで、魔蝕の浄化をしてたんだよな」
「そうだな。二日前だった」
となると、十日ぐらいか、おれが見た中で最長はーー。
「何を考えている?」
「あぁ、魔蝕の色」
「色?」
アレクセイが驚いた声を出した。
「最近出るやつは若いから、神力がちょっとでいいんだよ。前のやつは出力を上げたけどさ」
「色で判断しているのか?」
「あー。アレクぐらい強い結界だとまた別だわ。成長を抑えれるのか、はじめのやつ、そこまで今のと変わらなかった」
「神力を抑えたりできるのかーー」
「そりゃ、ちょっとのやつに火力上げてどうするよ。そこは、使い方勉強すんだろ」
そういえば魔蝕の浄化後なのに、腹ペコー、と言っていない。
「そうかーー」
魔蝕の事は聖女の領域である為、アレクセイも知らない事の方が多い。
ましてや、アレクセイも直に見続ける事などできないのだ。
ーー精神修行が足らない。
「あーー!」
琉生斗は大声を上げた。
何事だ、とアレクセイは剣を持ち上げた。
琉生斗は、すごい速さで走り出す。
「ルート!」
アレクセイは、慌てて後を追った。
反射神経も、もっと鍛えなくてはーー。
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