第20話 聖女は勇気を振り絞る♡
深いキスをした後、お互いに少々気まずい感じは残ったが、次の日は普通にキスから始まった。
だが、あんなのを味わってしまうと、いつものキスじゃちょっと物足りない、と琉生斗は思ってしまう。
自分が信じられない、と落ち込む。
アレクセイの方も、表情には出さないが、嫌われていないか内心動揺していた。
朝、キスに応じてくれたので、安堵してはいるのだがーー。
もっとしたいーー。
考えを打ち消す事が苦行だ。
すっきりしない関係が続く中、久々に魔蝕発生の連絡が入った。
場所は神聖ロードリンゲン国よりかなり上に位置する、アイスアイランド国、名前の通り氷の国である。
アレクセイは、琉生斗に分厚いコートを着せた。
「寒さ避けの魔法はないのか?」
「結界で避けられるが、結界が切れたときがーー」
「なるほどー」
楽したら、だめなんだな。
準備を整え、アレクセイは転移魔法を使った。
「おぅ、マジ氷だな」
「寒くないか?」
「まだ大丈夫だけど。足から冷えそうだ」
一面の氷だ。どこまでも滑っていけそうな天然のスケートリンクが広がっている。
「これ、どこに人が住むの?」
琉生斗の言葉に、アレクセイは上を指差した。
「へっ?」
顔を上げて見ると、氷の柱のその上に丸い家があった。まわりを見るとあちこちに、同じ家がある。柱は透明度が高すぎて、ないように見えた。
まるで鏡の柱だ。
「何、あれ?」
「人ではなく、氷の小人達が住む国だ」
要請は小人ではなく、近くに住む村人から来た、とアレクセイは説明した。
「はぁー。あれ?何か魔蝕が移動してる?」
琉生斗は辺りを見回した。
ーー近いはずなんだけどーー。
「こっちに、すごい勢いできてる?」
アレクセイは頷いた。
「柱が邪魔だ。転移する」
琉生斗の前に立ち、剣を抜きながら、アレクセイは転移魔法を使った。
カッコいいーー、琉生斗はアレクセイの剣をもつ姿に、胸がときめいた。
黒く蠢くものの側に転移する。それは、氷の大地を汚しながら、動いている。
動きが、速い。
「えっ、魔物?」
魔蝕が何か生き物を象っている。その生きているような動きは、今まで見た事がない。
アレクセイは結界を張った。
近付くと、それが何かわかった。
鳥の羽根が生えた人だ。翼の部分が、闇が大きく揺れる。
「悪魔だな」
アレクセイの言葉に、琉生斗は目を丸くした。
「悪魔?」
魔物より強いのかーー。って魔物の強さがなーー、わかればいいんだけどーー。
残念ながら、琉生斗はあまり知らなかった。
強く靭やかな結界が、魔蝕の動きを封じた。
結界を破るかのように、魔物は暴れる。闇が弾け、また形になる。
琉生斗は祈った。
聖女の証が輝き出す。
眉を顰める。
強いなーー。神力もつかーー。
わかんないけど、やるしかない!
神力の出力をあげる。アレクセイの結界がよく押さえてくれている。このまま、力技で押し切るーー。
琉生斗を取り巻く光が強く濃くなる。
魔物は、闇から光に取り込まれた。
浄化、完了だーー。
「ん?あれ」
魔物が生きている。動いている。
アレクセイが結界を張り直す。それを食い破るように、氷の悪魔が姿を現した。
「クロセル」
アレクセイが呟いた。
知り合いかーー、と琉生斗は思ったが、そんな訳はないな、と自分で突っ込む。
氷でできた人なのだ。大きな鳥の羽根もすべて氷でできていた。
クロセルと呼ばれる魔物は、悪魔と呼ばれる種族であり、力、魔法とも魔物より格が上である。
悪魔が両手を広げると、鋭い氷の刃が琉生斗達に襲いかかる。氷の刃をアレクセイがすべて剣で斬り、剣圧でクロセルを薙ぎ払った。
左手の指を鳴らす。
「
真上から鋭く猛烈な風が、叩くようにクロセルを押し潰す。
クロセルは潰された。クロセルの破片を飛ばす暴風が吹き荒れる。
目の前を、クロセルの破片が飛んでくるが、琉生斗の前にはしっかりと結界が張られていて、破片はそれに当たる。
とてつもない速さでぶつかる。
氷は塵ひとつ残らず、霧散していく。
「あっ」
一際異質な氷の欠片が浮かんでいる。
『降参だ』
氷の悪魔は、そう言った。
「わかった」
アレクセイが一言いうと、氷の欠片はふらふらと飛んで行ってしまった。
「えっ?いいの逃がして」
「あぁ。たまたま魔蝕に取り込まれただけのようだ」
「悪魔なんだろ?」
悪い存在なんだよなーー?
「そうだな、彼らは魔物と違って知性がある。降参した者を追い詰めれば、仲間が報復に他の人間を襲う」
なるほどーー、と琉生斗は頷いた。
「そっかー。悪の存在とも話し合いが必要なんだ」
琉生斗の言葉に、ふふっ、とアレクセイは微笑んだ。
それを見た琉生斗は、胸がドキッとした。
慌てて顔を、背ける。
「どうした?」
アレクセイが心配そうに尋ねた。
「ちょっと、今回は疲れたなー」
「大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。っていうかあの魔蝕、他で悪い事しなかったかな?」
気になった事を尋ねると、アレクセイは頷いた。
「人を呑み込んではいなかっただろ?」
そういえばそうだ、人を呑み込んでいたら自分が気付く。他で魔蝕が残っていても、今の自分ならわかる気がした。
「ならよかった。帰るかーー」
「本当に大丈夫か?」
思った以上にアレクセイに心配されて、琉生斗は戸惑う。
視線を下に向けてしまいそうになる。
「ルート」
抱き上げようとしてきたので、本当にいいから、と琉生斗は断った。
「ルート」
「大丈夫だってーー」
振り払うように、琉生斗は顔を背けた。
悲しげな気配を、背中に感じる。
それは、だめだろ、おれーー。
琉生斗は勇気を振り絞った。
「き、気にすんなって。お、おまえがあんまりカッコいいからさーー」
背後の空気が変わっていく。
「びっくりした、だけだからよーー」
肩を掴まれて顔を覗き込まれる。
あかんて、おれ真っ赤だってーー。
「ルート」
「な、なんだよ」
うわぁ、いい声、と琉生斗は思った。
「私はいずれ、きみを抱く」
琉生斗は固まった。
パパパパーン~。パパパパーン~。
「愛している」
倒れた。氷の大地に落ちる寸前で、アレクセイにとめられる。
だが、彼は氷の上に琉生斗を横たえた。
パパパパ、パパパパ、パパパパ、パパパパ~。
優しいキスをされる。
パパパ、パーパ、パパパ、パパ、パーーパパパ、パパパーパ~~。
ウエディングマーチよ、頼むから鳴るなーー。
キスが徐々に深くなっていく。
「あっ」
琉生斗はどうしていいかわからず、アレクセイの目を見つめた。
「少しずつでいい、私を受け入れてくれないか?」
熱い舌が琉生斗の口の中に入ってくる。琉生斗の舌と溶け合おうと動く。
吸われたり絡められたり、彼の熱さと背中の冷たさに、琉生斗は動けなかった。
いや、動きたくなかった。
震えながら、アレクセイの舌に合わせて自身の舌を動かした。
お互いの呼吸の音しか聞こえない。吐く息が真っ白だ。
「アレク、ちょっともうーー」
どれぐらい経ったのか、琉生斗は音を上げた。
「ーー無理か?」
「恥ずかしくて無理ーー」
もう、死んじゃう。
顔を隠した琉生斗の呟きに、アレクセイは堪えた。
「わかっている」
恋人を優しく抱き上げ、アイスアイランドを後にした。
アレクセイは、ものすごい我慢をした。
よく、耐えた、とはじめて彼は自分で自分を誉め称えたーー。
「なぁ、ちょっといいか?」
風呂の後、髪の毛も乾かさず琉生斗は言った。
「どうかしたのか?」
今は自分をどうにかしないといけないのだが、アレクセイはそれでも無表情を貫いた。
「うんーー」
琉生斗は口ごもった。
アレクセイは気まずそうな琉生斗を見て、内心ざわついている。
まさかーー、自分が嫌で婚約破棄したいとかーー。
そんな事は絶対に受け入れられない。そこは断固として拒否しなければ。
アレクセイは、気を強くもった。
「あのさー、いろいろ考えたんだー」
「な、何をだ?」
アレクセイは動揺して観葉植物を落とした。その姿を見て、琉生斗が目をパチクリとする。
なんだ、こいつーー、やましい事でもあるのかーー?
首を傾げながら続ける。
「ええと、おれたちさ、結婚っていつすんの?」
「けー」
アレクセイは固まった。
「結婚ーー」
ようやく言葉が出たときには、琉生斗が割れた鉢を片付け終わっていた。
「するんじゃねえの?」
「もちろんだ。しよう」
アレクセイは琉生斗を抱き締めた。
「だが、すまない。父からの決め事で、王太子であるクリステイルの式を先に済ませたいそうだー」
真摯な目に、琉生斗は圧倒された。
「あれ?アレクは王太子じゃねえの?」
「私の母は身分が低かった。クリスの母は公爵家の出なのだ」
過去形、亡くなっているようだなー。
「王妃になりたいのか?」
「なりたいわけないだろ」
おまえの婚約者でも大概なのに、王妃とな。もはや性別と決別しなければならなくなる。
「本音を言えば、おれ、結婚とか嫌だったーー」
琉生斗の言葉に、アレクセイは身体を震わせた。
「ルートーー」
「うーん、おれ普通の家で育ってねえから、正直感覚がおかしいと思うんだよ。結婚しねえ、って思ってたしー」
アレクセイは緊張しながら、琉生斗の話に耳を傾けた。
「変な言い方するけどよ。そんなんでもおまえがいいっていうなら、おれをもらって下さい」
アレクセイは琉生斗の顔を、凝視した。すべての表情を見逃さないように、瞬きすら忘れーー。
「愛している」
自然と言葉が出た。アレクセイはさらに強く、琉生斗の身体を抱きしめる。
真っ赤な顔をした愛しい婚約者を、自分の腕で抱きしめている幸福に、アレクセイは女神様へ感謝の意を捧げる。
「案外、すぐ別れるかもしれねえけどさ」
琉生斗が鼻で笑うように言った。
「案外、しつこく付き合っているだろう」
対抗するように、アレクセイは誠実に答えた。
二人は笑った。
どちらともなく、キスをした。
「おれ、おまえが好きだわーー」
その言葉を聞いたアレクセイは、琉生斗が気を失うまでキスをしたというーー。
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