第19話 聖女の赤い心 2♡
「魔法騎士の演習?それって東堂達も関係ある?」
「もちろん。彼らも訓練をがんばってくれてますからね。ご褒美みたいなものです」
「へぇー。バーベキューでもすんの?」
「軍の士気をあげるお祭りみたいなものですね」
ーーアレクが祭りを取り仕切るか?
琉生斗は疑問を抱いた。
琉生斗の、その予感は当たる事になるーー。
そのとき、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
あっ、苦手なやつだーー。
「クリスお兄様」
高い声が響いた。
「ミント」
琉生斗は声の方に振り返り、驚いた顔をした。
薄い桃色のドレスを着た少女を筆頭に、きらびやかなドレスの少女達が自分の顔を睨んでいる。
「聖女様、妹のミントとその学友の令嬢達です」
頭には真珠のヘッドドレスを付けた、クリステイルによく似た少女である。瞳の色は、やはりミントガーネットのきらびやかな緑色だ。
「ご機嫌よろしゅうございます。第一王女のミントです。聖女様におかれましては、お噂はかねがね聞かせていただいております」
丁寧なお辞儀に明確な悪意。他の少女達も似た表情を浮かべている。
嫌われている。初対面の彼女らに。
ーー理由は一つしかないよな。
「どうも」
琉生斗が一言だけいうと、ミントは口の中で、傲慢な!と呟いた。これだけ嫌われてたら、何を言っても結果は変わらないだろう。
「聖女様、こちらはナスターシャ。ベルダスコン公爵のご令嬢ですわ」
ミントに促されてひとりの少女が前に出る。目も口も吊り上がった赤い唇の少女だ。
「ナスターシャは、アレクセイお兄様の婚約者候補でしたのよ」
ごぉぉーん。
琉生斗の胸の奥に、除夜の鐘が響いた。
「今までアレクセイ殿下の后になるべく教育されてきました。ですが、お相手が聖女様なら仕方ありませんわね。涙を呑んでお譲り致しませんと」
「いや、ナスターシャ殿、違いますよね?」
クリステイルを睨んでミントは続けた。
「よもや、聖女様ともあろう方が、泥棒猫のような真似をなさるとは思いませんでしたわね」
「ほほほほほっ」
あざ笑うかのように、少女達は見下した目で琉生斗を見ている。
琉生斗はナスターシャを見て、瞬時に、あいつの好みではない、と断定した。
だが、王族の婚姻に私情が挟めないのならば、この令嬢が婚約者として、決められていたとしても不思議ではない。いわゆる政略結婚。金持ちのじいさんに嫁ぐ若妻。
本当に、ナスターシャがアレクセイの婚約者だったのなら、横取りしたのは自分だ。どうにもこれはこちらが分が悪い。
公爵という地位がどれだけ高かろうと、神聖ロードリンゲン国において、最強の肩書きを持つ聖女が出張ってきたら、たとえ、お互い好きでも譲るしかないのだろう。
自分の方が悪役かーと、返す言葉もないので黙っていると、クリステイルが間に入ってきた。
「ミント。兄上の婚約は、ベルダスコン公爵が言い出しただけで、兄上はおろか父上も承諾されなかった。いい加減な話を聖女様に聞かせるな」
いつもの彼の優しい口調ではなく、妹を真剣に嗜める強さが含まれていた。
「ですが、ナスターシャは!昔からアレクセイお兄様を、心からお慕いしていますのよ!」
ミントは琉生斗を睨みつけたまま、次兄に噛み付いた。
「ずるいのは、あちらじゃないですか!」
ーー言いたい事はわかる。想った分は、返せと言うやつだ。
「……どうした?」
そこに響いた低音の声に、ミントやナスターシャ達は凍りついた。ふかふかの絨毯が敷かれているせいか、足音はなかった。
「アレク」
黒の覇気を伴って現れた美貌の主は、妹を一瞥し、弟の顔を見据えた。表情に色がない。
ーーおい。見たことない顔してんぞ。
「これは?」
言葉に色がないとは、こういう話し方を言うのだろう。何の感情も入っていない声色。
覚悟を決めたように息をつき、クリステイルは青ざめながら口を開いた。
そのときーー。
「クリスとしゃべってただけだ。帰ろう」
琉生斗がアレクセイの手を握った。自分では引っ張って連れて行こうとしたのだが、なぜか恋人つなぎになってしまった。
繋がれた手を見て、アレクセイの氷のような冷たい空気が和らいだ。
「あぁ」
うれしそうに答える。静かな怒りはどこへいったのやら。
「またな、クリスとミント」
空いている方の手を、軽く振る。
クリステイルは、視線でお礼を述べた。ミント達の驚愕した顔が、見ものだった。
「な、なんなんですの!あっあっ、アレクセイお兄様のあの様なお顔、今まで見たことがありませんわ!」
ミントが叫んだ。自分の知っている長兄は、いつも無表情であり、感情的になっているところなど見たことがない。
「麗しかったですわ~」
令嬢のひとりがため息をついた。
「羨ましいですわ~」
妬ましすぎますわ~、と、はっきりと誰かが言った。
「ミント、今後聖女様には近づかないよう」
取り巻きの令嬢達がいなければ、引っ叩いていたかもしれない。
「まあ、どうでしょうか。聖女様次第ですわ」
高飛車な姫君は鼻を鳴らした。
クリステイルは姿勢の良い背中を、今だけ丸めたかった。
ーーなんという、愚かな妹か。
「クリスが言ってたけど、騎士さんのお祭りやるんだって?」
琉生斗の尋ねた事の意味がわからず、アレクセイは尋ね返す。
「何の祭りだ?」
「バーベキューとかじゃねえの?」
不思議そうに言われると思い当たったのか、アレクセイは首を振った。
「演習のことだな。今回は違う」
「だと、思った」
「私は魔法騎士団かれらの実力を知らないから、実戦に見立てて戦ってみようと思ったのだがーー」
うんうん。
「アンダーソニーや軍将に、出なくていいと言われた」
「ぷっ」
少し拗ねた言い方に、琉生斗は吹き出した。
「内容については、詰めているところだ」
「なんか、楽しそうだなーー」
ちょっと皮肉混じりの言い方になったのは、ミント達とのやり取りが、尾を引いているからだろう。
「どうした?ミント達に何を言われた」
真剣に問われて、琉生斗は少しの間考えた。
ーーナスターシャって元カノ?
いや、聞いて肯定されるのも、今となっては正直きつい。つい最近まで、愛人を見つけてやると息巻いていたのにな、と琉生斗は自分を笑う。
心を心で押さえつけたところで、湧き出る感情の方が強い。押さえつけようとしても、言う事を聞かない部分が、恋心というやつなのだろうか。
これにより、人類がどれだけ被害をこうむってきているのか。絶対に災害より多いと、琉生斗は感じる。
「最近さ、魔蝕起きないなー」
アレクセイは頷いた。
「そうだな」
「平和でいいけどさー。デートは、出来ねえなー」
恥ずかしいが、これぐらい言いたい。
「また、一緒に、花火見てえなーっ」
琉生斗は最後まで言葉が言えなかった。
アレクセイに抱き寄せられ、強引にキスをされる。いつもと同じ、変わらない優しいキスーー。
の、はずだったーー。
しかし、彼の唇に何度も押し当てられ、琉生の唇は
深い海の藍色の瞳が、熱を孕んでいるように見える。いつもより深いキスに動揺し、琉生斗は息継ぎの合間に侵入してきたアレクセイの舌に、口の中を、舌をなぞられビクッと身体が震えた。
ーーなんだ、今の?
琉生斗の身体の熱が上がってくる。アレクセイの唇は耳や首筋にも這ってきて、琉生斗は、ゾクゾクくる感覚に耐えられなくなった。
「だっ、ダメっ!」
思ったよりきつい声がでた。
慌てたアレクセイは、すぐに身体を離す。
「ルート、すまない」
消えそうな声で謝罪を口にするが、琉生斗は俯いてしまった。
「怖かったか。本当にすまない」
「……ちげーよ」
顔が熱い。ものすごく熱い。恥ずかしさのあまり、アレクセイの顔が見れない。
「ルート、許してくれ……」
俯いた琉生斗を心配そうに覗き込み、アレクセイは動きを止めた。
黒い髪の下、瞳はうるみ、真っ赤な顔の琉生斗を見て、アレクセイは固まった。
「怖いとかじゃない……」
絞り出すような琉生斗の声に、アレクセイは何も言えなかった。
否。
彼も生まれてはじめて赤面してしまい、言葉を出す事が出来なかったのだ。
ーー愛しい。愛おしい。
日増しに強くなる気持ちを。アレクセイは抑えきれなくなっている。自制心や理性には何より自信があったのだが、琉生斗の前では引っ込んでしまっている。
アレクセイはスズの言葉を思い出す。
『ーー夕焼けの中、一面のすすき野原が見たいっていったらね、コランダムが似た植物を探してくれてね。
お庭全てすすきにしてくれたの。
きれいだったーー。もう一度あの人と、あのすすき野原を見たかったーー。
ーーアレクセイ。あなたはこれから、あの子と出会うわ。必ず出会うから、死にたいなんて言わないで。あの子がひとりになってしまうーー。
同じ景色を二人で見ていくのよ。
必ず、あなたはあの子を大事にするーー。
何より、あなたの大事なものになるのーー』
スズの言う通り、琉生斗は来た。
来てくれたのだーー。
自分の果てのない想いを、受け入れてくれる為ーー。
ーー聖女を独り占めするつもりはないが、ルートは自分のものだ。
それは、絶対だーー。
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