第18話 聖女の赤い心 1
「よぉ。クリス」
「おや、聖女様。おひとりですか?」
窓から入る光に照らされたプラチナブロンドの髪。あどけなさは残るが、美しさはこの上ない容姿。
今日も白を基調とした豪華な服。常に装飾品のないシンプルな黒いジャケットのアレクセイとは真逆だ。
食後の紅茶を堪能していたようだ。
「講義ですか?」
「あぁ、諸国の歴史だ。ここは、戦争はしてないが、戦争の仲介はしょっちゅうしてんだな」
「そうなんですよ。上のバルドと、下のバッカイアが仲悪くて、上空で戦われると、うちの国境に入って来るんですよ」
「大迷惑だな」
「兄上が出られるようになってからは両国大人しいもんですよ」
ーー何をしたんだ。交渉かー?
「アレクはバッカイアの王子とは仲が良いんだろ?」
「ええ。兄上はバルド国の上に位置する、広大な国アジャハンに留学されていたときがありまして、そこで仲良くなられたみたいです」
留学ーー、おれもオックスフォードか、スタンフォード行きたかったなーー。兵馬はケンブリッジ狙いだったけどーー。
「兄上はヒョウマと仲良くお話中です」
「あいつの口に騙されてねぇか心配だ」
「兄上は人がいいですが、精神魔法で悪意には気づきますからね」
大丈夫ですよ、とクリステイルは言った。
「ふーん。魔法は便利だねー。おれ、魔法使えないの?移動ぐらいできるようになったらアレクも楽だと思うんだけど」
「聖女様は神力ですから。例え方法があるとしても、我々では教えようがないのです」
「おれが、自分で考えないと無理な訳ね」
「まぁ、聖女様は転移だけは覚えない方がよいのではないでしょうか?」
クリステイルの提言に、琉生斗は首を傾げた。
「なんでだ?」
「言わないとわかりませんか……。兄上も苦労が耐えませんね」
琉生斗の頭の上を、疑問符が飛んだ。
王宮の一角、中庭のテラスで、アレクセイと兵馬は会話中だった。
そよそよと、優しい風が吹く。青が目立つ木々の葉が揺れる。
「ーー王族が結婚したり、出産したりしたら、罪人の赦免とかあったりする?」
「昔はあっただろうが、ミントとセージが生まれてから14年の間、王族には子が生まれていない」
「王弟は?」
「叔父上には、お子がいらっしゃらない」
「じゃあ、やっちゃいましょうよー罪が軽い者や、家族が無実を訴えている者とかー」
兵馬のプランに、アレクセイは眉を顰めた。
「私がそうする事で、クリスや他の兄弟も同じようにせねば、と思わないか」
「したらいいじゃないですか。婚約発表だけなんて、勿体ない。せっかく国民の皆さんが大喜びしてくれてるのに」
「そうなのか?」
「婚約記念として、お金を国民一律配布し、病気の者等には更に上乗せして渡します。国からだと議会を通して決議しないとだめでしょ?時間がかかり過ぎるし、殿下それぐらいポケットマネーでいけるでしょ?ルート喜ぶよー」
ルート喜ぶよー、は絶大な効果を得たらしく、アレクセイが息を付いた。目の前には兵馬の書いた、計画書があった。驚く事に、父のグレートシールが押印されている。
「配布方法は?」
「神殿が各所にあるでしょ、領地事に分けてリストを渡して、そこで神官さん達に配っていただきます」
「神官がそんな事を手伝うか」
アレクセイの口の挟みも気にせずに、兵馬は続けた。
「神殿には病気になった人が来たりするでしょ。みんな医者にかからなくても神殿に行く人は多いから、そこから病気中のリストは拾えるしねー。医療院からも長期傷病者のリストを出させて統合してーー」
そんなに上手くいくものだろうか。
「あと、神官さんは手伝ってくれるよー」
ふふん、と兵馬は笑う。
「花蓮が僕の言う事なら聞くように、神官さんも花蓮の言う事ならきくんだよ」
ルートよりも神官さんは花蓮なんだ、とドヤ顔で、宣言する。
「最近、大劇場とか貴族とかが、花蓮を貸して欲しいってうるさいんだよ。絶対貸さないけどね」
アレクセイが黙っていても、兵馬はひとりでしゃべっている。
「神殿でしか歌が聴けない、神殿に行けば歌が聴ける。そこに価値がでるからね。彼らも僕の機嫌を損ねたくないから、一生懸命手伝ってくれるよ。これから、地方の教会回りもしようと思ってるし。大体、殿下、ルートがお金持ってたらすぐにあの子に渡してるよ」
アレクセイは言葉に詰まる。
「不公平になるからできないなら、公平にすればいい。王者の義務だよ。そういえば、聖女の給料ってどこから出るか知らないけど、王族なら公務費、領地の税とかあるでしょ?」
「そうだな」
アレクセイにも領地があり、王に納める分を引くと、後の税は全て自分の資産になる。領地内に、金山銀山を抱えている為、生涯困る事はないだろう。
「奥さんにお金渡さないタイプー?駄目だよ殿下、家庭を持つんだから、色々考えないと」
そういうものかー。とアレクセイは真剣に頷いた。ただ、その奥さんにお金を渡すと、何をしでかすかわからなくて、不安もある。
「通達は国内全てに配布できるよう、町子や、魔導師室に手伝ってもらってるんだ。魔女の郵便屋、を作ってね」
「いらない、という者もいるだろ」
「そういう人は貰いに行かないし、期限を作って閉め切ればいい。普通の人でも、ただでお金もらったら、パーッと使いたくなるでしょ。お金を落としてくれたら、お店が助かる。置いときたい人は置いとく。とりあえず、殿下は公平に配っちゃえばいいんだよ」
騙されているような気がしないでもないが、失って痛い金額でもない。
「後、婚約指輪作りなよー。虫除けになるから」
「虫除け……」
なるほど、とアレクセイが感心した。
「ここで、国民にバラまいておけば王族への心証はいいし、結婚の際には、倍になって返ってくるよー」
それから、神殿や教会に支援募金箱を置いて、これからも病気の人を支援できるようにしようー、と兵馬はさらに計画書を出してくる。
「こういうのって、貴族はお金を出すんだよ。普段悪い事してるやつほど、慈善団体には寄付するもんさ」
「なぜだ?」
「後ろ暗いからさ。天国に行く前に、ちょっとでも身のサビを落としておきたいんだよ」
兵馬は笑う。
「ヒョウマは面白いな」
同年代の少年達とは、頭の回転が違う。
「面白いよー。毎日すごい充実してる。そりゃ、来たときはあっちでやり残してきた事を悔やんだりしたけど、楽しみはまた見つければいいんだから」
だけど、と兵馬は続けた。
「ルートはこっちへ来て良かったんだよ。あいつの家、金持ちだけど、地獄だったから」
兵馬の言葉に、アレクセイは顔をあげた。
「詳しくは言わないよ。本人が言いたそうなら聞いてあげて。時間はかかると思うけど」
少し残念そうな表情のアレクセイ。兵馬はその素直さに笑った。
「ルートの旦那が殿下で、僕は安心してるよ」
「良いアレキサンドライトがある。使いなさい。ダイヤモンドもいいが、結婚指輪で使いたいしなーー」
アレクセイは、アダマスに指輪の事を尋ねた。思っていたのと違う答えに、少し困っている。
「いえ、どこで作るのか聞いてみたのですがー」
「おまえ、彫金までやるのかーー」
器用なのも問題だな、とアダマスは笑った。
「おまえはスズ様の護衛をしてくれたが、スズ様はどうだった?」
「物静かな方でした。ですが、強い方でした」
「そうだなー。最後の最後まで、我々の世界の為に戦って下さった。誘拐犯としか思えぬ我々の為にな」
先代は夫を亡くしてからは、俯く日が多くなった。
「帰りたいですか?」
一度尋ねた事がある。
スズは笑いながら、「もう一度見たい景色があったの」と語ってくれた言葉は、今もアレクセイの胸の奥にあった。
叶えてあげる事もできず、叶えてあげようともしなかった自分。あの方のおかげで、今があるというのにーー。
「そうだ、アレクセイ。今回の魔法騎士の演習をおまえが行うと言ったそうだな。アンダーソニーが驚いていたぞ」
アンダーソニー、とは現魔法騎士団の士長である。魔法騎士とは、魔法と剣技のエキスパート。神聖ロードリンゲン国全兵士の数%しかなることが出来ない、最上級の騎士である。
「そうですか」
「臣籍降下を望んでいたくせに、ルートと結婚できない事になると取り消しおって。ーーまぁどのみち受理はしなかったが」
アダマスはにやりとした。息子が自分達から離れたがっているのはわかっていたが、今は聖女のおかげでその地位を守ろうとしている。
「自分だけではどうにもならない事があると、わかっただけです」
「ーーそうか」
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