第17話 魔法騎士団 三将軍
「でな、アレクがすげぇ気にしちゃったんだよ」
「それはそうでしょうな」
月に一度、琉生斗は教皇ミハエルに髪を切ってもらいに行く。
「これから暑いからもうちょい切って欲しい」
「ダメですな」
なんでだよ、と琉生斗は思う。髪やら爪やら、なぜここまで管理されるのか、不思議で仕方がない。
ミハエルは白いローブを払い、琉生斗の毛を落とした。教皇のみ聖女の髪にハサミが入れられるらしい。
部屋に神官が入ってきた。今日は司祭のドミトリーだ。琉生斗の足元の髪の毛を掃除する。
「すみません」
「いえいえ」
「自分でやるよー」
ドミトリーはとんでもない、と言った。
「聖女様の御髪で、魔物避けができるんですよ」
あっ、そう。おれの身体って、どうなってんのーー?
ミハエルは、聖女召喚の儀を取り仕切った、老人である。薄い皺が威厳をかもし出す、イケメンじいさんだ。教皇なのに、まだ六十代らしい。
「見た目が大事であります。聖女様は、アレクセイ殿下の奥方様なのですから」
神殿は特に、男女同権ではない。琉生斗に淑女らしさを強いてくる、一番厄介な連中だ。
しかも、花蓮には甘いが、琉生斗には激厳しい。
「そうそう。殿下が演習で留守にされるらしいですな。いい機会です。神殿で寝泊まりし、修行なさい」
「はぁ?」
「陛下とアレクセイ殿下には私の方から申し上げておきますので」
「やなこったぁ!」
「普段の素行の悪さを理由に、これから神殿で暮らしていただいてもいいのですよ」
「アレクが許さないもんーー」
「結婚前の二人が一緒に住まれるとは、いやはや」
「護衛だもん」
前にいいって言ったくせに、と琉生斗はぶーぶー文句を口にした。
「間違いがおきませんように」
おきるかーー。琉生斗は、顔を顰めた。
なんとなく、アレクセイは自分の身体を触りたがっているような気はするんだがーー、気のせいだ。
「なぁ、アレク」
「どうした?」
琉生斗は、アレクセイや兵馬、クリステイルと食後のティータイムを楽しんでいた。
「ひとつ聞いていいか?」
その真剣な眼差しにアレクセイは少し動揺した。
何を聞かれるのかーー。
「なんだ」
「おれの死後の事だけどさーー」
アレクセイとクリステイルは固まった。兵馬が紅茶を吹き出す。
「なんだと?」
アレクセイが目を瞠っている。
「いや、死後おれの弟子が、おれの骨を分骨したり、灰を配ったりしねえよな?」
琉生斗の疑問に、何言ってんのこの人、という目でクリステイルは見た。アレクセイは琉生斗の真意が読めず、無言だ。
「なるほど、自分を仏陀に例えるとは恐れ入ったね」
兵馬が頷いた。
「だいたい、ルートが悟りを開くとは思わないけど」
「けどな、神殿の奴ら、おれの髪やら爪やらで魔物避けを作るって言うんだぜ。絶対、骨もやられるぞ」
「ブッダとは?」
アレクセイが疑問を口にする。
「あっちの世界で、宗教のトップに君臨するような団体の、開祖の名前だよ」
「ほぅ」
「死んだら文句も言えないからしょうがないんじゃない?」
えっ?配られんの?おれの骨。
「いや、スズ様は、きちんと、大叔父上の隣に埋葬されている」
慌てたように、アレクセイが言う。
「火葬?」
「王族は土葬だ」
それは、それで怖いよな、と琉生斗。
「てか、髪だの、爪だの、言ってるだけで、そんな力ないって。おれから離れた時点でゴミだぞ」
「ふうん。プラシーボ効果じゃない?効くと思ってるなら、それでいんじゃない?」
「なるへそ」
プラシーボ効果か、それはありそうだな、と琉生斗は思った。
「ていうか、離れてなきゃ効くんだ?ルートって、魔物見た事ある?」
兵馬の言葉に琉生斗は考えた。
「いや、そういえばーー」
「はあー、生きた状態だと効果がありそうだね」
兵馬がいうと、わかっている二人はお互いに目配せした。
「聖女様には弱い魔物は寄れませんよ。魔物の中でも高位なものじゃないと」
「いきなり強い奴とエンカウントなの?おれ、すぐ死ぬじゃん」
「兄上がおられるのに、そんな訳ないでしょ」
クリステイルの言葉に、琉生斗は眉根を寄せた。
「実際戦ってるとこ見た事ないけど、マジで強いの?」
沈黙が流れる。
クリステイルは絶句している。
アレクセイも、自分で自分の事を強いと言うのもなー、と思って黙っている。
「聖女様!マシュウ様がさがしておられましたよ」
「あ、やべー。おれ、行くわ!」
分厚い書物を持った神官カロリンが、琉生斗に気付いて声をかけた。琉生斗は急いで、紅茶を飲む。
「ヒョウマもいたんですか。カレン様が呼んでましたよ」
ヒョウマ、カレン様ーー。
琉生斗は吹き出した。
「兵馬、おまえよくあの連中と付き合えるよな。感心するぜ」
「信心深い良い人達だよ。融通はきかないけど、それはたいした事じゃない」
「ふうん。そうか?」
「本当に怖いのは、いつでもにこにこ笑ってるやつだよ」
兵馬は、ちらりとクリステイルを見る。クリステイルはにこにこしている。
「なるほど、わかるわー」
「ちょっとなんですか、二人とも」
「姉さんも町子も言ってたよ。あれは胡散臭いって」
「だろうなー。東堂でもいける、ってヤベー奴だよな」
「別にいけるとは言ってませんよ。妻に迎えると言っただけで」
琉生斗と兵馬はクリステイルを睨んだ。
「やっぱりそうか。お飾りか」
「だろうねー。結婚すりゃこっちのもんみたいな」
「いえ、そんな事は。本音を言うなら女性陣ならありがたかったのですが、まぁ聖女様とヒョウマなら、なんとかがんばればーー」
「「東堂は!」」
二人の追求は続いた。
「いやーさすがに、自分より背が高いし、身体もしっかりしてますしーー」
クリステイルはしどろもどろだ。
「はっ、えせ博愛主義者め!」
「見損なったよ。東堂が可哀想だ」
吐き捨てるように捨て台詞を残し、二人は立ち上がって行ってしまった。
「はい?何ですか?」
戸惑うクリステイルにアレクセイが告げた。
「クリス」
「はぁ」
「私はトードゥも、ヒョウマも駄目だ。もちろん女性三人も」
「いや、何言ってんですか?」
アレクセイは深い海の藍色の瞳を細め、弟を見た。
「さあ?」
わかっていそうな顔に、クリステイルはげんなりした。
私だってねーー、私だってねーー。
クリステイルは盛大に溜め息をついたらしいーー。
アレクセイが、王宮の廊下を歩いていると、前方に三人の魔法騎士が待ち構えていた。
「アレクセイ殿下、いまよろしいですかな?」
「あぁ」
魔法騎士達は恭しく頭を下げた。
「今回は、騎士の演習にお付き合いいただけると聞き、喜びのあまり早速伺ってしまいました」
魔法騎士団、魔法騎士長アンダーソニー、艶々した髭を持つ初老の男だ。
「殿下、よろしくお願いしますぜ!」
豪気なる巨体の男、団将ヤヘル。
「我々も参加したいですわね」
長いウェーブヘアーの美貌の軍将ルッタマイヤ。
彼らは魔法騎士団の将軍達である。
アレクセイとは、彼が六歳のときからの付き合いである。
ヤヘルは剣術の師匠だが、すぐに弟子に追い抜かれてしまった。だが、そんな事を気に留めるような小さい男ではない。
「あぁ、頼む」
アレクセイの言葉に、アンダーソニーは目を細めた。頬が緩む。
「なんだ?」
その顔を見て、アレクセイは眉根を寄せる。
「いやいや、ずいぶんとお優しい顔になられましたな」
「聞いたときは、まさか、と思いましたがねーー」
「うふっ。らぶらぶでございますのよね?」
昔を知っている者というのはたちが悪い。
アレクセイは小さく息をついた。
視線を横に向ける。
わざわざここで待っているとはーー。
中庭で、木陰のベンチに腰掛けてマシュウが居眠りをしている。
その横で、真剣な顔で紙飛行機を折っているのは、アレクセイの婚約者だ。
琉生斗は角度を計算しながら、紙飛行機を飛ばす。
紙飛行機は、驚くほど長く飛んだ。
すると、飛んだ方向から、歓声が起こった。
「すごーい!」
「わー、欲しいなー」
王宮の見学に来た王都の子供達だ。付き添いの先生らしき人物が、はらはらとした顔をしている。
「おっけー、おっけー。ちょっと待ってろよ」
琉生斗は人数を数えて、紙飛行機を作っていく。ひとつひとつ形が違うものができる。
「ほら、飛ばしてみなー」
子供達はうれしそうに紙飛行機を飛ばす。
「こら、聖女様、何してるんですか!」
「寝てたくせに、怒んなよ」
「寝てません。瞑想してたのです」
なんだよ、そりゃあーー、と琉生斗は本を閉じる。
「もう、覚えました」
「そんな、ばかなー。ソラリス暦85年の国王の名前は?」
「パール女王、以後女王はいない。王配はハーベスター公爵家三男ライラック。聖女は依良女(いらめ)。93年バルド国から開戦宣言を受け、アジャハン国と同盟を組んで、同年、無血で降伏させる。在位は六十年、その間アクロアイト王太子、トパーズ王女、ジルコン王子を授かりました」
「168年」
「スペサルティンガー国王、王妃はバルパンテ公爵家のウラリット。聖女は一の姫、改名してイチカと呼ばれーー」
マシュウは溜め息をついた。
「はいはい。遊んできてよろしい」
「誰も遊びたいとは言ってねえーよ。てか、このときの聖女、活動期間ぎり五十年だよ。やばかったんじゃねえの?」
「長い事国があれば、困難も同じだけあるでしょうなーー」
マシュウがしゃべりながら寝る。
琉生斗はおもむろに立ち上がった。
「おーい、アレクー!」
その声に将軍達が吹き出した。
琉生斗がこちらを見た。
笑った。
アレクセイに駆け寄ってくる。
「なんだよ、いつからいたんだよ」
近寄って、琉生斗は将軍達に気付く。
「あっ、邪魔した?わりぃーわりぃー」
「いえいえ、挨拶が遅れて申し訳ありません」
将軍達がいっせいに頭を下げる。
姿勢のよさ、頭の下げ方、どれひとつとっても凛々しさが漂うその姿に、琉生斗は目を見張った。
「私はアンダーソニー、魔法騎士団の士長をつとめております」
「私はヤヘル。団将でございます」
「わたくしは軍将、ルッタマイヤと申します。お会いできるのを楽しみにしてましたわ」
「どうも、ご丁寧にありがとうございます。主人がいつもお世話になっております」
琉生斗も頭を下げた。
そして、気付いた。
「魔法騎士団て、東堂達の?」
「ええ、お預かりしています」
アンダーソニーが頷いた。
「そりゃ、すんません。ものにならなきゃいつでも捨ててくれよ」
ヤヘルが大笑いした。
「なかなか、たいした二人ですよ。特にトードォは身体ができているんで、仕込みがいがあります」
あいつ、剣道やってたなーー、と琉生斗は思い出した。
「話してるとこ、わるかった。おれ行くわ」
琉生斗は手をあげた。
「いえ、急ぎではありませんので、我々が失礼致します」
「えー、本当にすんません」
将軍達は、さっと身を翻して歩いて行った。後ろ姿もピシッとして、とても凛々しい。
「すげぇー、なぁ。あの人達」
ん?
「なんだよ、アレク。変な顔して」
「ーーいや」
アレクセイは口元を強く意識していた。
琉生斗は、まわりをみまわしてくっついて、キスをした。
「時間ある?アイス食べに行こう」
「あぁ」
アレクセイはもう一度、琉生斗にキスをした。
真剣な表情を浮かべた将軍達は、部下達が頭を下げるのを会釈で対応する。
「なんか、士長達、すごい圧だな」
通り過ぎた後、魔法騎士達は驚いた顔で何があったのか話し合った。
「強い魔物かー」
「なんだろうなー」
魔法騎士団将軍室に入った三人は、それぞれの机の前に立った。
「ふっ」
ヤヘルが最初に吹き出した。
あははははははっ!
がははははははっ!
ふっふふふふ、ほほほっ!
「で、殿下の顔を見たか!」
「主人、ですよね!」
「あの、うれしそうな顔!」
三人は笑い死ぬかと思うぐらい笑った。
アンダーソニーは泣き出した。
「殿下がなー」
「あぁ、殿下がー」
ヤヘルも泣き出す。ルッタマイヤも涙ぐむ。
「よかったー。本当にーー」
将軍室は、いつまでも温かい涙にあふれていたというーー。
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