第15話 王宮狂想曲 2
「意外な一面ですが、聖女様はテーブルマナーがきちんとされていますね」
口と態度は下町なのにーー。クリステイルの言葉に、ナフキンをどう畳もうか思案中の琉生斗は、手を止めた。
「そうか?これいっつも思うんだけど、畳み過ぎちゃダメって、すげぇー難しいよな」
「そうですか?端を揃えなきゃ簡単ですが」
「きっちりやりたい派なのよ」
食後にアレクセイの作ったフルーツが飾られたアイスを食しながら、琉生斗はクリステイルに尋ねた。
「なぁ、この国って、保険とかあんの?」
「ホケン、ですか」
「税はもちろんあるだろ」
「えぇ」
「軍費だ、なんだ、わけるだろ」
「財務が分けますね」
琉生斗はエリーの話をした。クリステイルは深く頷く。
「たとえば、国民が怪我や病気をする、働けるようになるまで給料を保証してくれる制度があったらなあ、と」
「はー。なるほど」
「説明が難しいよなー」
「いえ、おっしゃる事はわかります。ですが、怪我や病気にしても、人によって状態から日数など、バラバラですよね。一律給付したとして足りる者も余る者もいますでしょうから、判断基準がないと……」
「そりゃ、そうだよなー」
琉生斗とクリステイルの会話を、アダマスは楽しそうに聞いていた。
「スズ様には失礼ながら、聖女様の方が学がおありのようですね」
「あぁ、時代だと思う。スズさんがあっちにいたのって、女性が軽視されてた時代だろ?あっちも敗戦して大国の真似しだした頃だろうから、そこまで近代的な制度はなかったんじゃないか」
「あちらの国では戦争が?」
「すっげーボロ負けた戦争があったけど、おれらが生まれるずっと前よ」
「それは、大変でしたね。奴隷にはされなかったのですか?」
「いや、なかったと思う。賠償金は払ったんじゃないかな」
うーん。あんまり詳しくないのよねー。この時代ーー。それに、保険制度もよく、わからない……。
「あっ!」
琉生斗は閃いた。
あいつがいるじゃんーー。
「ご機嫌麗しゅうございます。葛城兵馬と申します。拝謁を賜り恐悦至極でございます」
アダマスの挨拶中、頭を下げていた少年は、挨拶が終わると胸に片手を当てて、口上を述べた。
「本当に聖女様のお仲間ですか?」
クリステイルが怪しんだ。
眼鏡を押し上げ、兵馬はアレクセイの顔を見た。
「アレクセイ殿下、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう」
普通に返すな。
すっかり仲良しだな、と琉生斗は少しヤキモチを焼く。
「ルート、こう見えてブルジョアなんですよー。テーブルマナーもちゃんとしてるでしょ」
琉生斗とは赤ちゃんの頃からの仲、あだ名は、歩くスピーカ男。
「ばーか!いらん話すんなよ」
「おばあちゃんとよく行ったんだよねー。おじいちゃんの方が、元華族だった家系なんですよ」
「カゾク?」
「あっちの貴族です」
「はあー見えませんね」
「いやいや、納得だな」
アダマスは笑った。
「どの辺りがですか?」
不思議そうにクリステイルは首を傾げる。
「ルート」
アダマスが笑みを浮かべた。
「何ですかい?」
「私には、何人子供がいると思う?」
「へっ?」
唐突過ぎて、変な声が出た。何聞いてんだかーー。
「兄上、教えてます?」
「いや」
ですよね、この兄が自分を含め、兄弟に興味があるとは思えないーー。
「感だけど」
琉生斗が少し考えるような目をした。
「どうぞ」
「4人、男3、女1」
「えええっーーー!」
「クリステイル、おまえは驚き過ぎだ」
父親は、呆れた。
「どうしてわかった?この指輪ではわからないはずだが」
アダマスの両手に、皆の視線が集まる。
琉生斗は頭を掻いた。
「左手の薬指の指輪はペツォッタイト。奥さんだろ?ラズベリル、って名前かな」
「おしい、ラズベリーだ」
「右手の中指は黒色のアレキサンドライト、これはアレク、小指の水色に近い緑色のパライバトルマリンインクォーツはクリス」
アレクセイとクリステイルが目を丸くした。アレクセイが幼い表情を見せると、本当によく似てる。
「指輪はもうないが、他の装飾品を見ると、ブローチはダイヤモンド、これは陛下自身。ダイヤモンドの語源が、アダマスだから。後は、気になったのがカフスボタン、左と右で色が違う」
クリステイルは父王の手首を見た。どちらも同じ緑色の宝石だ。
「左がミントガーネット、女。右がセージアンダラクリスタル、男だな」
アダマスが手を叩いた。
「私は身につける石は、家族の名前や色を取り入れるようにしている。このダイヤモンドは、父からの贈り物でね。しかし、よく知っているな。ペツォッタイトなど、比較的新しい石だが」
「ばあちゃんが収集グセがあって。遺品整理で嫌ほど見たもんで」
新種もすぐに買い漁るしーー。その数に、質屋が涎を垂らしたぐらいだ。
「すごいですね。驚きしかありません。でも、全員男の可能性もあったでしょ?」
「入口で会ったときに、娘がもう1人欲しかったって言ってたからな。1か2で迷ったが、セージアンダラって、女にはつけないだろ」
てか、あっちの世界と宝石も名前も一緒なんだなー、と琉生斗はボソッと言う。
地殻の構成が似てるんじゃない?と兵馬。
「はぁー。聖女様はすごいですね」
クリステイルがアレクセイに同意を求めると、彼は大きく頷いた。
ーーおれの嫁はすごいんだぜ、みたいな顔はやめろ。
「兵馬、教えて欲しいんだけどさ……」
「はいはい。あーなるほど……。それは、雇用保険と健康保険でもらえる手当ね。給料を全額じゃないけど会社からと、傷病手当を国から貰える。もちろん、医者の診断書がいる」
「医者の判断かー。そりゃそうだよな」
「そもそも、保険制度が充実してないと、無理だと思うんだけど」
「奨学金みたいに、貸すとかできないかー」
「それはやめといた方がいい。絶対に返せない。それより、問題は学校へ行くお金が無いからか、生活費が無いからか」
「それは聞いてない」
親に聞かなきゃーー、エリーはそんな事わかっていないと、琉生斗は思った。
「小さな女の子が一ヶ月働いて両親と子供五人を養うなんて不可能だ。口減らしの可能性の方が高い」
「・・・・・・」
「学校に行きたいなら、王城で働きながらも勉強できるように、夜間学校でも開けばいいんだよ。その女の子だけじゃなく他にもいるんじゃないの」
「へーー!」
よくこれだけ頭が回るなーと感心する。クリステイルなど、目を回す勢いで驚いている。
「面白い」
アダマスが机から身を乗り出した。
「場所は提供できるだろうが、講師はどうする?」
「暇なお年寄りいませんか?あっちでも地域のお年寄りが、無償で子供達の勉強の面倒をみたり、昔の遊びを教えたりしてるんですよ」
「それなら、すぐに用意できるな」
クリステイルは、うっわー、と引きつった。元国の重鎮を、メイドの講師にするとはーー。上手くいかないだろうーー。
「ヒョウマ、もっと色々教えてくれ」
すっかり兵馬が気に入ったアダマスは、アレクセイとクリステイルの講師として招きたいと言い出した。
「おまえ達のあちらの国の講師だ。そうだな異世界学というのがいいだろう」
「ありがたき幸せー」
仰々しく、兵馬はお辞儀をした。
「こんな、口だけ詐欺師で大丈夫か?」
「あちらの国の話は興味がある。問題ない」
アレクセイは少し笑った。
珍しい事だ、とクリステイルが眉を上げる。
琉生斗は、冷めたカップを持ち上げた。
ミルクを入れた紅茶を、飲み干す。
ん?
ーーやっべー。
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