第14話 王宮狂想曲 1
朝目覚めると、アレクセイはいなかった。
最近まではいつでもいてくれたのだが、琉生斗が元気になってくると、少しずつ自分のペースに戻しているようだった。
早朝から剣が握れるタイプだ。朝晩の訓練は欠かさない、睡眠を削ってでも剣を振る。
魔物退治にでも行ってんのかもなー。
この世界には魔物がいる。生き物と、形は似ているが、色、姿は似ていない。全体的に醜悪な存在だ。
たちが悪いのは、魔物は人間を食べるが、人間には魔物を食べる事は出来ない。身の毒が多すぎて取り除けないらしい。
アレクセイほどの魔力、剣技を持つ者は他にいないらしく、魔物の中でも頂点にいるような種族が確認されると、他国からも討伐の要請が来たりする。それ以外にも新しい魔法陣の研究や、王族の公務など、実際のところ、忙しい人なのである。
琉生斗の護衛など、おまけのおまけおまけ、なのではないだろうか。
琉生斗も、聖女としての仕事がなければ、神殿に行くか、城の中でおとなしくしているよりない。心配をかけた前科がある為、ふらふらする訳にもいかない。
今日の予定は、昼からマシュウの講義がある。それまでは、のんびり朝寝でもしようかねー、とダラダラしていると、アレクセイが顔を見せた。
「ルート。おはよう」
キスの味が甘かった。
「あぁ。なんか甘い?」
「アイスを作っている」
琉生斗は絶句した。
甘いのも程々にしとけ、という感じである。
「朝食を用意しよう」
最近、食事はお互いで用意するようになった(主にアレクセイが)。メイド達は残念がっているのだがーー。
「まだ、いいよ。その辺散歩してくる」
アレクセイが用意してくれたほかほかのタオルで顔を拭く。衣服を整え、歯を磨き、琉生斗は庭園に出る。
「フルーツを採ってくる。できたら連絡する」
マメすぎて、こえー。
アレクセイを見ていると感じるのだが、自分がどれだけ忙しくても、相手にはそれを求めない。むしろ、ゆっくりしろ、という空気感である。
おかげでこちらは、家ではスマホ片手にまわりを見ないお父さんしているわけだが(スマホは来たときに壊れていた)、罪悪がない訳でもない。
「んっ?」
かなり歩いてきてしまったのか、王宮まで来ていた。最近、歩くスピードがあがった、と思う。
そこで、調理場裏に、小さな影を見つけ近寄ってみる。女の子が泣いていた。
「ん、ぐす。ぐすっ」
背中の小ささに、12才ぐらいかなー、と思う。
「どうしたんだよ?」
屈んで声をかけた。
「こんなとこで泣いてると危ないぞー」
少女はビクッとしてこちらを見た。
思っていたより幼かった。
「・・・働いてんのか?」
この歳で?
少女は頷いた。
「お父さん、病気になっちゃったの。お母さん看病があるから……」
「学校は?」
「やめたの。お父さん、病気だからーー」
こちらにも病気はある。魔法で病魔を取り除き、自然治癒を促すが、手におえない病魔も多々あるらしい。
「つらいなー。それで泣いてんのか?」
少女は首を振った。
「朝掃除のとき、花瓶を倒して割ってしまったの。怖くなって逃げてーー」
涙が溢れる少女の頭を、琉生斗は優しく撫でた。
「よし、謝りに行くぞ」
少女は頭を振った。
「怖いかもしれねえけど、一瞬だ。逃げてたら、逃げてる間ずっと怖い思いしてなきゃ、だろ。安心しろよ。兄ちゃんが一緒に謝ってやるから」
「・・・ありがと」
ぐす、と鼻をすすり少女は頷いた。
エリー、と少女は名乗った。
「エリーはお姉さんだろ?」
「わかる?」
「あぁ、自分ががんばればいいと思ってんとこ、長女っぽい」
「五人兄弟の一番上」
「そりゃ、大変だ」
琉生斗と話す内に気持ちが落ち着いてきたのか、足取りがしっかりしてきた。
王宮内の入口付近でざわざわと人の声が聞こえる。
「あっ!」
女の高い声が響いた。
「エリー!あなたね!花瓶を割ったのは!」
体格のよいメイド服の女がエリーに詰め寄った。
ーーこれは、逃げるわ。
「ご、ごめんなさい。わざとではないんです……」
「当たり前よ!なんて事をしてくれたの!調度品を壊すなんて!国王陛下を侮辱しているも同じ事です」
言う事は間違いではないがーー。
「それを粗末に扱い、挙げ句逃げるとは!お仕置きが必用ね」
そこは駄目だろうーー。
まわりのメイド達も心配そうに見てはいるが、助けには入りそうにない。
「なぁ、謝ってんだから、そこはわかってやれよ」
琉生斗は割って入る事にした。
「はぁ?あなた何?口を挟まないで、わたしはこの娘に教えてあげているんです」
女は目くじらを立てて、琉生斗に噛み付く。
「こんな小さい子、大事に育ててやるべきだろ。お仕置きが必要か?」
「もちろんです。手に鞭を与えます」
「それは、誰が許可してんだ?」
琉生斗の目が細くなる。
「もちろん、上がです」
「だから、誰?」
女は苛々して叫んだ。
「関係ない者はすっこんでな!」
強引にエリーの腕を引っ張り、引きずるように連れて行く。琉生斗は女の進路を塞ぐように、前に立つ。
「おれからも謝るから、その子を許してやってくれ」
「あなた何です!どこの所属ですか!」
所属、なんだろ。
「見ない顔ですが、勝手に入ったのですか!誰が来てください!侵入者ですよ!」
おいおいおい!
まずいぞ、これは。おれが捕まるのかよーー。
そのとき、
「何の騒ぎだ?」
国王アダマスの声が入口に響いた。
「へ、陛下ー」
全員頭を垂れる。
「よい。朝から御苦労である」
アダマスは琉生斗を見た。琉生斗はまわりを見回して、頭を下げようか考えている様子だ。
「何があった?」
「この者が、城の調度品を壊したのです。これから罰を与えるところです!」
女は鼻息も荒く、国王の前にエリーを突き出そうとする。エリーは青ざめ、裁きを待つ罪人のような顔をした。
「エリー」
琉生斗は声をかけた。
エリーは泣きながら琉生斗を見て、国王の方を向き、顔を上げた。
「王様の大事な花瓶を割ってしまいました。ごめんなさい」
「あんた、何勝手にしゃべってるの!」
「怪我はなかったか?」
アダマスの言葉に、エリーはハッとなった。大きく首を振る。
「花瓶がまだあるなら、皆と片付けてきなさい。それが罰だ」
「ーーありがとうございます」
エリーは驚き、次に目を輝かせて頭を下げた。
仲間がこっちへおいで、と手招きをする。エリーはうれしそうに、琉生斗に頭を下げて、走り去った。
「へ、陛下!この者は不審者です!兵士様、捕まえて下さい!」
女は琉生斗を兵士の前に突き出そうと、後ろから押した。つんのめるように、琉生斗は前に出される。
だが、女の思惑は外れ、近衛兵のトップらしき男が、琉生斗に片膝を折った。他の近衛兵達が仰天している。
「よく、耐えたな」
アダマスがにやりとした。面白い事が好きな、子供みたいなおっさんだよな、と琉生斗は感じた。
「御義父様こそ、寛大な裁き、いたみいりますわ」
ふふっ、とアダマスは笑った。女と近衛兵達が仰天している。近衛兵長に叱責され皆が膝を折る。
「朝から仕事?」
立って下さい、と琉生斗は声をかける。みんな働き者だなーー。
「日課の散歩だよ。アレクセイは?」
「アイス作ってる」
「はははははっ!」
アダマスの高笑いに、近衛兵達が戸惑っている。
ーーアレクセイ殿下、ってまさか!
全員の視線が、琉生斗に集中した。
「これ、嫁の顔を、あまりじろじろ見るな」
「はっ!申し訳ありません」
近衛兵達は棒立ちになった。
「娘がもう一人できて、うれしい限りだ」
女は目を丸くし、呆然としている。
「やっぱりおれは、嫁ポジションかよ」
琉生斗の言葉にアダマスは笑った。
「聖女様が、アレクセイを養うのか?あいつは領地に金山と銀山があるし、お金も使わないから財産は私より多いかもしれんなー」
アダマスが顎を触った。なんだか得意気だ。
「マジ?おれの給料では養えないかーー」
「聖女様は薄給だからなー」
世界を救うのに、薄給かよー。
あの金髪王子、嘘ばっか言ってないかー。特典は王子の嫁だけかよ。
「そうだ、所属だっけ」
思い出したように、琉生斗は頭を掻いた。
「聖女って所属どこ?」
「世界聖女連盟だな。毎年会議が春にある。来年は参加してもらう。それより朝食はまだか?」
そんな恥ずかしい連盟があるのかーー。琉生斗はげんなりした。
「あぁ。この後アレクと食べる」
「付き合え」
「いいぜ。今アレク呼ぶ」
瞬時にアレクセイが目の前に現れた。
ここはまだ転移魔法が使える区域だ。王宮内には王族の私室や謁見の間に近付くほど、魔法が禁止される場所が多い。
「ルート、何かあったのか?」
「御義父様に、ナンパされた」
「知らない人にはついて行かない」
アレクセイは父を睨んだ。
「まだ怒っているのか」
アダマスがやれやれと肩を竦めた。
「許される事ではありません」
「いいよ。もう。おれもおじいちゃん達の悪ふざけぐらい、ほっときゃよかったのにさー」
琉生斗の言葉に、アレクセイは眉を開いた。
「ルートは、本当に女神様のようだな」
ーーどこがや。
琉生斗は引きつったーー。
アダマスはさらに笑った。
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