第13話 聖女は苦悩する 5♡

『ありがとう。聖女様。お礼にこれをどうぞ』


 女王様から、ビビッドブルーのパライバトルマリンの原石をいただく。漬物石のような大きさに、琉生斗は驚愕した。

「うそぉー」

 言葉を失くす。

「あっ、これ、もしかしたら」

 兵馬の言葉に、アレクセイは頷いた。

「石の力がとても強い。神官の感知聖魔法が、ここでは阻害されたのだろう」


 心配かけたお詫びに、ミハエルじいちゃんにあげよう、と琉生斗は思った。






 


 琉生斗がきちんと謝罪すると、ミハエルをはじめ他の神官も、とんでもない、と返って恐縮された。


 自分の普段の態度のせいかなー、と琉生斗は反省した。


「我々は聖女様のしもべですよ。心配ぐらい、いくらでもかければよろしいのです」

 ミハエルはそう言って、笑った。

 案外人間ができてるんだなーと、琉生斗は失礼な事を考えた。


「じゃあね、ルート。早くお風呂入りなよ」

「バイバイ、ルートくん」

 兵馬と花蓮に見送られて、琉生斗はソラリス大神殿を出て行く。入口でソドムとゴモラが頭を下げてくれている。

 琉生斗も挨拶をして、そこからアレクセイの転移魔法で自室へと帰宅した。








 砂まみれ、蟻くさい身体をさっさか洗い、琉生斗は湯船に浸かる。



 ーーあかん、兵馬にはバレてる。



 さすがに長い付き合い、自分の何がそんなに引っかかったのかわからないが、感のいい兵馬の事だ、自分とアレクセイの関係をすぐに見破ったのだろう。


 琉生斗は、くそっ、と呟いた。






 夕食の後、アレクセイから提案があった。

「お互いこれだけは絶対に守るという事を一つ決めよう」

 琉生斗は尋ねる。

「それは自分に?相手に?」

「相手だ」

 アレクセイは穏やかに、答えた。


 琉生斗は考えた。


 ーー王族と言えば、この先、側室わんさか愛人ホイホイが当たり前。ましてや、こんな美形、まわりがほっとく理由がない。


 だからこそ!


「よし!おれは浮気は許さない。今までのはカウントしないから、今からは見つけ次第、即、絶対に別れるからな!」


 即、に力を込めた。さあ、どうする?

 アレクセイの表情は穏やかなままだった。

「わかった。だが、私は君の浮気については、一度は許そう」

 おやおや、何のつもりだ?琉生斗は訝しげにアレクセイの美しい瞳を見た。

「別れたくないからな。その後は監禁させてもらうが」


 ーーさらっと恐ろしい事言ってないか。


 琉生斗は聞き流す事にした。監禁とか、王族ジョークかもしれない。

「私からは」

「あぁ」

 どんな条件がくるのか。浮気を黙認しろ、と言うなら、条件の相殺になるが。



「ルートと、毎日セックスしたい」

「はいぃーー!?」

「いいのか?」

 アレクセイの涼しい目元が開かれた。

「違う違う!あほか!おまえ!どこの発情期だよ!だいたい、まだ結婚前なんだから、清い関係でいないとだめでしょうがぁ!」

 一気に捲し立てる。おばあちゃん子の琉生斗の貞操観念は、想像以上に固い。

「そうだな」

 艶然と微笑まれ、琉生斗は赤くなった。


 あれ?こいつなんか喜んでないかー?


 何かおれ、おかしな事言ったかーー。


「冗談だよ。私からは、一日一回以上キスをすること」

 提案に、そんなことなら、と琉生斗は承諾した。

 全然そんなことじゃなかったのだが、セックスというパワーワードの後で聞くと、大した事がないと思ってしまったのだ。



 詐欺師が使う手だよなーー。


 テレビで見た、最初に無理な要求を言った後に、次は何とかできそうな要求を言う。相手は断った罪悪感で、これぐらいならいいかと要求を呑んでしまう。


 さすが、王子様。交渉はお手のものですか。


 しかも、一回以上だ、何回でもいいのだ。破ったら監禁されるのだろうか。

 


 正直、いつされるのかなーと思うと、ドッキドキの聖女様である。








 夜の庭園。今日は空にオーロラが見える日なので、灯りはない。アレクセイに誘われて、二人でベンチに腰を掛けると、琉生斗の背中にはアレクセイの腕が自然に添えられる。


 ーーまさか、今なのか、琉生斗は緊張した。


「なぁ、すごく寒くないのになんでオーロラが見えるんだ?おれのいた世界では、年中凍ってるような北極圏ってとこでしか見られないんだけど」


 尋ねると、優しく返してくれる。


「オーロラという女神様が機織りをしているそうだ」

「おとぎ話みたいだな。まじの話?」

「女神様はおられる。聖女と国の守護神、時空竜も、女神様だ」

 魔法の元も女神様の加護で、それが多い者と普通の者、少ない者に分かれる。不公平だよな。

 琉生斗は思った。隣のイケメンは、多数の女神様の加護をめちゃくちゃもらってそうだけど。



「ルート」


 ーーおい、くるのか。おれのファーストキス、あっ、あんとき終わってたわーー。


 


 教室でキスかましてたバカップルを思い出す。田坂川君と中村山さん。した事ない身としては、心臓が飛び出るほどビビったがーー。

 そんな琉生斗の気持ちを、知ってか知るまいか、アレクセイは優しく言った。


「ルート。私はあの日から、毎日感謝の祈りを捧げている。きみをここに連れてきてくださった、女神様に」

 手の甲にくちづけをされる。

「それまでは、神はいないと思っていた」

 囁き方が、自分を殺しにきている。


 ーーおい、おれ。キュンで死ぬなー。


 男でも男にキュンてするわけかー。




 流れ星の降る中、アレクセイは琉生斗の唇を指でなぞり、キスをした。






 


 毎日、キスって。おれ、心臓がもたないかもーー。

 朝起きてキス、行ってきますのキス、たまたま会いましたのキス、お帰りなさいのキス、夕食の後のキス、散歩中のキス、寝る前のキスーー、て、




 ーー何回すんじゃこりゃーー!

 ファーストキスからの振り幅おかしくねえか?

 琉生斗はこの数日の、アレクセイの態度がよくわからなくなっている。

 毎日、愛してる、を言われていると、本当にそうなのかと思ってしまいそうになるし、キスを待っている自分に、ドン引きだーー。


 おれはこの先、どうなってしまうのかーー。


 裏で親友が、婚約者にいらん知恵をつけた事など、考えもしない聖女様であったーー。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る