第12話 聖女は苦悩する 4

「ねぇ、殿下」

 巣の中は迷路のように入り組んでいた。

「何だ」

 二人は歩きながら、様々な話をしていた。

「殿下って、すっごいルートの事好きでしょ?」

 アレクセイが黙った。だが、顔を見ると、動揺しているのが見て取れる。

「ルートにさ、愛してる、ってちゃんと言ってる?」

 アレクセイが兵馬の顔をじっと見た。

「あぁ……」

「毎日、いや逐一言ったほうがいい。あいつ、本当に自分が好かれてるの、わかんないんだよ」

 アレクセイは黙った。

「そうかーー」

 思い当たるところがあったのか、アレクセイは目線を下に落とした。

「たぶんだけど、聖女だから好かれてるとか、つまんない事考えてるよ」

 さらなる沈黙。


 ビンゴかも、と親友は感じた。


「ただ、押しには弱いからね、とにかく強引に」

 兵馬は念を押した。

「なるほど」

 なんとなくそれはわかる。情にもろそうなーー。

「押し負けさせりゃ、殿下の勝ちだ」

「そうか」

 アレクセイが、ゆっくりと頷く。

「付き合う以上、なんか条件を決めといたら?」

「条件?」

「これ破ったら、監禁するとかね」

 アレクセイは少し笑った。

「それは、是非破ってもらわないと」

「殿下、ちょっと変態だね」

 アレクセイは笑ったままだ。

「あぁ、そうかもな」


 


 


 そのとき、琉生斗は労働を強いられていた。

「はい、次はこちらですかーー。はいはい」

 セイントアリの卵を大事に動かす。一つ一つは軽いのだが、何往復もすると身体がきつい。


 琉生斗は、アリの巣の大掃除を手伝わされていた。

 セイントアリの女王様の前に連れて行かれ、巣が汚いので、卵をキレイなところに運んで欲しいわ、と言われ、食糧にしないのであれば、と手伝いを約束した。


 卵の側には、害虫の死体が塊になっていた。

「ぎゃあ!」

 である。

「もうちょいですかーー」

 悲しそうに琉生斗は言った。

『ありがとう。みんな片付けが苦手なんです』

「こんだけ広いのに、ゴミ溜めるからだ」

『どうしたら?』

「うーん。そうだなー」


「ルート」

 優しい、力強い声がした。

「えっ?アレクーー」

 と言葉を返そうとしたが、アレクセイに抱き締められて、言葉を失くす。

「心配した」

 琉生斗は、目を丸くした。

「怪我は?」

 深い海の藍色の瞳が、自分を見ている。琉生斗は、気恥ずかしさから、下を向く。

「な、何にもない。卵移動してただけだ」

「そうか」

 安心したように、アレクセイが琉生斗の身体を離した。少し残念な気持ちに琉生斗はなる。




「ルート、なんでもかんでも首を突っ込んだら駄目だろ。みんな探したんだよ」

 後から来た兵馬が、琉生斗を叱る。

「兵馬ーー」

「教皇や神官さんに心配かけたんだから、謝りなよ」

「わかってるよ」

「わかってない。人の仕事の手をとめてんだよ。半日のお給料がパアなんだよ。聖女だからって甘えてんじゃないよ」

 琉生斗は眉根を寄せた。


 神官は日給じゃない、とアレクセイは思ったが言えなかった。


「そんなつもりじゃねえよ!」

「そうかな。じゃあ、心配されない方がよかったのかな?」

 兵馬の攻撃に、琉生斗はしょげた。

「悪かった」

「そうやって君も立場に甘えてんだからね」

「すみません」

 琉生斗は完全に落ち込んだ。

 たしかに、自分は聖女だからって大事にされるのが嫌なくせに、その恩恵は当たり前のように受け取っているような気はする。

「そこまで怒る?」

「自分から問題を起こしておいて解決もしないとはね。見上げた精神だ」

 兵馬はとどめを刺した。

「だから君は聖女なんだよ。甘ったれで、一人じゃ何にもできないくせに、人はしっかり巻き込む」

「お、おまえ、ひどくねー!おれだってがんばるところはがんばってんじゃん。ま、魔蝕の浄化もちゃんとしてんじゃん!」

「えっ?ルート、当たり前の事して誉められたいの?」


 ちょっと、まて。おれ、聖女の仕事すんの当たり前なのーー。


「ヒョウマ、それは違う。ルートには皆感謝しかない」

「殿下は黙ってて」

 えっ、こいつすげぇーなぁーー、と琉生斗は驚いた。今までアレクセイに黙っててなんて言うやつがいただろうかーー。


「ねぇ、ルート。僕は君の親友だから、殿下にもこれだけ言えるんだよ。わかる?」

 その言葉に、琉生斗は怒りを見せた。

「それは、違うだろ。ダチだったらそんな真似すんなよ」

「君が言うの?聖女様の君が?」

 琉生斗は撃沈した。

「すみませんーー」

「いいよ。ミハエルさん達にはちゃんと誠心誠意謝って、修行も真面目にやりな」

「はいーー」

「なんでもかんでも許される立場って、逆に怖いからね、わかってる?陛下にも喧嘩売ったんでしょ?ちょっとでもみんなの事考えたら、そんな事できないよね」

「謝ってんじゃんか!」

「あれは、父上が悪いのであってー」

「殿下は黙ってて」

 アレクセイは心底困っていた。兵馬の意向がわからない、何を言わせたいのかーー。

「そんな、アレクに偉そうに言うなよ」

 琉生斗の反論に、兵馬は冷静に返した。

「自分はいいんだ。ーーそういえば、殿下には謝らなかったね、ルート」


 琉生斗は目を見開いた。




 やられたーー、琉生斗は悟った。



 こいつ、これが言いたかったのかーー。




 


 もはや、琉生斗の敗北は決まった。

「だって、だってさぁー」

「殿下は君の事心配するの、当たり前なんだーー」

「いや、だってさぁ。おれの婚約者だろ?」

「ルート、婚約者って何?」

 だから、婚約者というのはですねーー、琉生斗は悩んだ。


 アリの巣じゃねえ、おれはいま兵馬という蜘蛛が張った蜘蛛の巣から、逃げられなくなってしまっている。


 目の前には本人もいるしーー。




「てか、初対面だよな?そんな仲良くなる?」

 必死の抵抗は、あっさり返り討ちに合う。

「嫉妬してんの?」

「ち、違うって、そんな訳ない、ってーー」

 だからーー。

「すみません、もう勘弁して下さい」

 琉生斗は涙目だ。


 ちっ、と兵馬が舌打ちした。


「もうちょいだったんだけどなぁーー」



 うるせーわーー、この悪魔!

 琉生斗は心底、親友の頭の回転の早さに、感嘆の意を示した。




「あー、はいはい。ゴミ問題ね。これは導線が悪いねーー。食べた後、すぐに捨てるようにしないと」

 セイントアリの言葉は兵馬には理解できなかったので、琉生斗の翻訳でテキパキ問題を解決していく。




「彼はああいう性格なのか?」

「ーーすげぇーだろ。あいつにはおれ、勝てる気がしねーのよ」

 アレクセイの問いに、琉生斗は脱力した。

「アレクは親友はいるのか?」

 尋ねてみる。

「そうだな、多くはないが、他国の王子が二人ほど」

「やっぱり王子なんだ」

「関わり合う関係でな」


 そうだろうなーー。王子様は王子様独特の交流がありそうだもんな。

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