第11話 聖女は苦悩する 3

「ヒョウマ、聖女様が逃げました」

 若い司祭カロリンが、花蓮のステージの片付けをしていた兵馬の元に走ってきた。

「えー」

 まぁ、やりそうだけど、と兵馬は思った。

「イワン司祭が聖女様の感知ができないと」

「ふーん。どこから逃げたんだろ。入口の門番はなんて?」

「ソドムとゴモラが言うには、通っていないと」

 感知聖魔法に長けた門番、ソドムとゴモラ。彼らが言うのなら、確実に入口は使っていない。

「裏門は?」

「鍵が閉められたままです。門番のシュドも見ていないと」

「門の上から出た形跡は?」

「埃のみ、足跡はありませんでした。他の塀も調べましたが、同じです」

「うーん。じゃあ、中にいるよね」

 警察のような会話だが、聖女を預かる以上、どんな事があってはならない。

 第一、アレクセイに殺される、神官達は怯えてきている。

「神殿内の各部屋をよく調べてーー。僕は教皇とアレクセイ殿下に話してくるよ」

 カロリンが溜め息をついた。

「話しますかー」

「するよ」

 いるんだしーー。

「アレクセイ殿下、聖女様の事になると、超怖いんですよー」

「そうなんだ。やっぱり」

「神殿に来ることもいいように思ってないし、教皇が聖女様の髪の毛を切ることも快く思ってないし」

 カロリンの愚痴は続く。

「自分の側に、ずっと置いときたいんですよねー」

「まぁ、付き合いたてのカップルってそんなんだよ。もうちょいしたら落ち着くんじゃない?」

 カロリンは肩を落として、仲間に通達に行く。

「ルートは気楽だな、ホント」

 兵馬は頭を掻いた。

「もうちょい、探してからにするか。いや、見つからなかったときに怒り倍増かー。神殿内は魔法が使えないからなー」  


 アレクセイ殿下の感知魔法も駄目だろうなーー。


 ちなみに、神官は、魔法ではなく聖魔法を操る。似ているようで、別物らしい。

「イワンの感知に引っかからないなんて、なんでなんだろ?」

 熟練の司祭の聖魔法を越えるものを、あの聖女様はもっているんだろうかーー。






 降臨、という言葉がよく似合う。

 兵馬はアレクセイを間近で見てそう思った。長身だが、身体が大きいわけでは無い。東堂の騎士仲間の方が、よほど筋肉が盛り上がっている。


 なのに、この圧。神官達が一斉に下を向いたのも無理はない。

 怖いぐらい、空気が研ぎ澄まされている。

「殿下、皆が怯えております」

「教皇、信頼して預けたはずだが、どういう事だ」

 ミハエルが溜め息をついた。

「寵愛なさるのは結構、ですが、過保護はよろしくない」

 その言葉に、空気が切れたような痛さを、その場にいた者は味わった。

 神官達は、皆泣きそうな顔をしている。カロリンなど女神様に祈っている。

「はいはい、失礼します。僕、兵馬。ルートから聞いてる?」

 兵馬は教皇とアレクセイの間に入った。


 すごい、と神官達がざわめいた。


「ーーあぁ。ルートの」

「そう、ご近所さんにして、赤ちゃんからの親友だ。僕を敵にまわすと、いくら殿下でもこの先厳しいと思うよ」

 アレクセイが無表情に兵馬を見た。少し目が揺れた。

 兵馬の度胸に、ミハエルも眉をあげる。

 なるほど、と兵馬は理解した。

「殿下は僕に感謝した方がいいよ」

 兵馬は高圧的に言い放った。

 アレクセイの目が細められる。神官達は皆、兵馬が何を言い出すのかと真っ青だ。


「あいつはキレイな顔した女顔だからね、女子ウケはさっぱり悪かった。ただし、一部熱狂的に男受けがよかった」

 兵馬の話を、アレクセイは真剣に聞いている。

「でも、あちらでは男同士なんて親不孝行でしかない風潮があって、万が一告白してしくじった場合、その地域にいられないほどのダメージを負うんだ」

 そうなんだ、と神官達は興味津々で兵馬の話を聞いている。

「だから、みんな僕に仲介を頼むんだ。鈴丸も、館川林も、牧之矢も、弥奈村、その他、大勢ーー」

 そんなにたくさんーー、神官達はしっかり話を聞いている。

「そんなハエを、ルートに気付かれずに追い払っていたのが、この僕だ。そう、ルートは、I've been single my whole life.」

 意味わかるね、と兵馬は続けた。アレクセイの、圧が和らぐ。

「そうかーー。礼を言う」

 その言葉に、兵馬は確信をもった。

「で、本題だけど。教皇や神官はいっさい悪くない。あの呑気な聖女様が自分で何かを見つけて、何かに引っかかったに違いないんだから。ここは、魔法が効かない。殿下、何か対処法はある?」

 兵馬の言葉に、アレクセイは首を振った。

「ないなら、地道に探すしかないね。部屋は?」

「どこもおられませんでした。庭もーー」

「休憩中に裏庭の森を歩いておられるのは見ました!」

 その後はーー。と、アニエスが下を向いた。

「ミハエルさん。裏庭って、どこかに抜けれるとかない?」

「さてーー」

 ミハエルは眉根を寄せた。

「関係ないかもしれませんが、夜になるとセイントアリが出てきます」

 司教のクラリスが言った。

「どんなアリ?」

「えっと、大型犬ぐらいの大きさで、害虫を食べるんで助かるんですがーー」

「はいはい。人間は食べないよね?」

「ええ、昼間は穴の中にいるみたいで、夜になると出てきます」

 クラリスの言葉に、神官達は、それが何?という顔をした。

 兵馬は溜め息をついた。

「もしかして、巣、大きいんじゃない?」

 兵馬はアレクセイを手で招いた。

「あっ、見た事はありませんが、入口はたしかに子供なら入れそうですがーー」


 クラリスは首を傾げた。兵馬とアレクセイが歩き出している。裏庭の方にーー。






「あっ、穴だ。靴跡もあるよ」

 兵馬の言葉にアレクセイが頷く。

「ルートの匂いがする」

 ちょっとキモいな、と兵馬は思った。

「僕なら入れそうだけど、殿下はどうする?」

「剣がある」

「あっ、じゃあ先に行くからちょっと待ってて」

 と、兵馬はゆっくり下に降りる。入口より、中が広がっていく。

 根から土の地面についた。



 広い。道が広がっている。

「殿下ぁー!入口が狭いだけで、後は広いよーー!」

 兵馬は安全な場所に行き、ランタンの灯りを付け、アレクセイに声をかけた。

 数秒後、木の根が落ちてきた。

 そして、アレクセイが優雅に飛び降りてきた。

「アリの巣は、けっこう大きいんだよね。けど、これだけ大きいと、地盤沈下にならないのかな」

「セイントアリは、巣に独自の結界を張る。維持結界だ」

「なるほど。それって感知、効かなくなるの?」

「いや、教皇や神官の聖魔法は、セイントアリの魔法と、元素が同じだ」 

 アレクセイの否定に兵馬は首を傾げた。

「じゃあ、なんでだろう」

「彼らの聖魔法は自然の力を取り込む為、この辺りにそれを阻害するものがあるのかもしれない」

「ふーん。魔法は違うの?」

「形は異なるが、どちらも心臓に魔法を貯蔵する器官がある。ヒョウマにもある」

「えっ?僕、魔法使えるの?」

「少しなら」

「えー、今度教えてよ」

 兵馬はすっかり打ち解けている。

「わかった」

 基本、めっちゃ良い人だな、この王子、と兵馬は思う。


 

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