第9話 聖女は苦悩する 1
「ルート。友達とはよく話せたか?」
王宮の離れに、アレクセイの家はある。
白い石造りの宮殿は、比較的柔らかな石を使って彫刻を施すらしいが、柱にせよ、壁にせよ、装飾が多い。それらが品よく、まとまっているのは主の性格を模しているのかもしれない。
「あぁ、急にわりーなぁ。みんな元気にしてたわ。東堂と葛城なんか、マジ騎士服着てんよ、超驚き」
すぐに馴染んでるところが、こっちでもやっていけるって証拠なんだろう。
「仕事中か?」
執務室で書類を書きながら、アレクセイは答える。
「急ぎではない。何か必要なことは」
「それはないけど。おれ、明日からしばらく神殿通いだから」
アレクセイの目が軽く開かれる。琉生斗はできるだけ普通にする。
「教皇から呼び出しを受けたんで、魔蝕が出たら迎えに来てなー」
そうか、とアレクセイは呟く。琉生斗は片手を振り、執務室を出た。
大きな寝台にぼすっと倒れ込み、枕元の本を手に取る。タイトルは「聖女日記」歴代の聖女によって浄化された場所や、日にち、被害状況などが書かれている。
先代であるスズの続きから琉生斗も書き込んでいるが、多すぎて嫌になってきて、また後回しである。
はしゃぎすぎたのか、うとうとしてくる。
琉生斗の目は自然に閉じられた。
何という晴天だ。
こんな日は庭でピクニックだろ、と琉生斗は考えた。
「聖女様、動くんじゃありません」
教皇ミハエルが、琉生斗の首根っこを押さえた。
「外が、外がおれを呼んでいる!」
「誰も呼んでませんよ。はい、座る」
ぐすん、と琉生斗は鳴き真似をした。
神聖ロードリンゲン国のソラリス大神殿、その礼拝室にて琉生斗は他の神官達と一緒に修行を行っていた。
「時空竜の女神様に祈りを捧げるのです。国の安全、世界の安全」
「祈っただけじゃなぁー」
琉生斗は首を傾げる。
「祈らないよりましです」
ぺちっとミハエルは、教本で琉生斗の肩を叩いた。
「ルート、真面目にやってる?」
眼鏡の少年が、顔を出した。
「みんなー、花蓮が歌うから、よろしくー」
兵馬の掛け声に、片膝を立てて女神様に祈ってた神官達は、勢いよく立ち上がり、「はい!」と元気な声を出して、我先に走っていく。
「あいつらの女神様は花蓮なんだな」
あまりに素早い行動に、琉生斗はドン引いた。
「そりゃそうでしょ」
「ホントにー、カレンが聖女様だったらー」
教皇ミハエルは渋い顔をさらに渋くさせた。あんた、おれの養父っていう立場のくせにーー、と琉生斗は忌々しそうにミハエルを睨む。
「おれが一番そう思ってるわ」
「ふふっ」
親友が笑うのを琉生斗は咎めた。
「なんだよ」
「いや、聖女はやっぱりルートだよ。少なくともあの中に、他に適任者はいなかった」
「消去法かよ?」
琉生斗は頬を、膨らませた。
「いや、事実だ」
兵馬が笑った。
「聖女様、次は庭の掃き掃除ですよ」
ミハエルが琉生斗を呼んだ。
「おぅ」
琉生斗の返事に、兵馬は吹き出した。
ーーそれは、やるんだよね。
天気のいい中、琉生斗は道の埃や落ち葉を掃く。掃除は好きな方なので、苦にはならない。
「暑くないですか?」
と、若い神官に聞かれたが、ここは元の国と違い、涼しすぎるぐらいだ。
「平気ー」
「休憩してください。あちらの四阿にお茶を用意してますから」
琉生斗は一息つこうかと道具を片付けようとして、入口から歩いてくる、修道服の女性達と目が合った。
先頭の女性が立ち止まり、琉生斗にお辞儀をした。
黒い修道服を来た女性達は、海国オランジーに近いルナ修道院の修道女で、各地を巡礼中だと告げた。
「一緒に休憩しませんか?」
と、誘うと背の高い美人が、ややハスキーな声で、「喜んで」と言ってくれた。
「えっ?十四歳のときからなの?」
「はい。もうすぐ三十歳になりますのーー」
モナルダ、と名乗った女性は歳より若く見えた。
見えない、めっちゃきれいやん、と琉生斗はドキドキする。
何と言っても清楚なシスター姿だ。後で東堂に自慢してやろう、と琉生斗が考えていると、他の修道女からも話しかけられた。
「異界より来られて、魔蝕の浄化なんて大変な事を、本当にありがとうございます」
メサイヤさん、一番年上らしい。
「聖女様のおかげで、わたくし達平和でいられるのですよー」
若い修道女にまで神のように崇められ、居心地の悪い思いをする。
「ご期待に添えているかは、わかんないけど」
「まぁ、奥ゆかしいお方ですのね」
モナルダはにこやかに笑った。
修道女達は今日は神殿に泊まるそうだ。
そうだな、それもありだよな、と琉生斗は思った。
なかなか神殿もいいものじゃないか、と琉生斗は思った。アレクセイといても甘えてしまうだけだし、別れたいと思っているのに、優しさを利用しているみたいで心苦しい。
教皇が許せばここで暮らそうー、アレクセイとは魔蝕の浄化のときだけ会えばいいんじゃないかなー、と琉生斗は企んでいた。
離宮に帰っても、琉生斗は普通に振る舞った。ごく普通にしていれば、普通に離れていけるだろう、そう思っていた。
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