第8話 愛しの聖女様 3
夜中に何度も起きて、アレクセイがいるのを確認したり、布団から起き上がれなかったり、この頃の自分はあきらかにおかしかったと、後に思う。
心配なんかかけたくもないし、かける相手でもないのに、琉生斗の心は浮かないままだった。
もちろん、魔蝕が発生すれば、連れて行ってもらい、なんとか浄化した。幸いだったのは三週間の内、一度しか発生しなかった事だ。
仲間を連れて来ようかと提案されたが、断った。あいつらに、こんなザマは見られたくない。
顔を叩き、鏡を見据える。
「しっかりしろよ、甘ったれ」
おっさんにヤラれかけたぐらいで、へこんでんじゃねえよーー。
鏡を割りたい気持ちにかられる。
ーー散歩でも行こ。
久しぶりに朝から庭園に出る。
いい天気だった。
空は高く、どこまでも高く澄み。雲の欠片が薄くたなびいていた。
「きれいだなー。空はどこも空なんかなー」
オゾン層などあるのだろうか。太陽が出て沈み、夜になるのも同じ。そういえば、月の色が違う。淡い青色だ。
「親父と兄貴は何してんのかね」
自分の事などいなくなろうと、全く気にしてないだろう。どっちも自分が一番の最低親子だ。
帰りたいとは思わないが、この地に生涯いる、というのもどうなのかーー。
答えは出ない。
「ルート」
黒い髪に深い海のような藍色の瞳、見惚れる美貌。長身の彼が静かに近付いてきた。
「大丈夫なのか?」
不安気に、肩に触れる。
「あぁ。わりぃな」
心配ばっか、かけちまって。
「事後処理、大変なんだろ?」
「ルートに聞かせる話ではない」
そうだな、まだ聞けないなーー。
「そうだ。あのさ、あいつらに会いたいんだけど、いいかな?」
琉生斗の問いに、アレクセイは頷いた。
「すぐに」
「ありがとう」
アレクセイはその日のうちに、席を設けてくれた。
「おい!元気か聖女様~」
にやにや顔の東堂に蹴りを入れてから、琉生斗は懐かしい顔を見回した。
「おまえらこそ元気だったか?」
「うん。めっちゃ楽しく過ごしてるよ」
騎士の制服に身を包んだ美花と東堂。黒いローブを引きずる町子。布を何枚も重ねた衣装を華やかに着こなしているのは花蓮。
「あれ?兵馬は」
まぁ、あいつとはたまに顔を合わすんだけどーー。
「花蓮がね、神殿で歌ってるでしょ?人気すぎてホールがすぐにいっぱいになるのよ。で、兵馬が時間の調節したり、整理券を配ったりプロデューサーみたいな事してんの」
はぁ、相変わらずだな、あいつはーー。
「整理券はわたしが作ってるの~。偽造できないやつ~」
町子が言った。
「高いのか?」
指で丸を作る。
「全然。向こうの国のコンサートに比べたら、破格の値段よ~」
単位などもそうだが、実際に相手がこの国の言葉で話していても、自分達の耳には馴染みがある円、キロ、グラムで聞こえてくる。そもそもこの国の言語が話せるし、自動翻訳機能は異世界人に付けられた特典なのか。
「スモークとか神官さん達が聖魔法で協力してくれるの。ステージも神秘的でいいんだけど、ホント花蓮の歌、すごくいいから、あんたもだ、」
だ、と言ったところで美花は吹き出した。我慢していたのか東堂も大声で笑う。
「旦那と行ってみたら?」
「ーーおまえらが連れてってくれよ」
「ぜひ、旦那さんと来てくださいね」
花蓮ににこにこ言われると、訂正する気もそがれる。
「まっ、どっちみち神殿にはお祈りに行くんでねー。行きますよ。旦那さん連れて」
やけっぱちである。
「おれの髪の毛、教皇が切るのよ」
「さすが、VIPねー」
「供物にするんだって、呪われそじゃね?」
話を逸らした琉生斗だったのだが、
「ルート君、結婚おめでとう」
花蓮に戻される。しかし、花蓮は心から祝福している様子。
ぶーっと琉生斗は頬を膨らませた。
「金髪王子から黒髪王子って。おまえはどんだけ王子が好きなんだよ」
馬鹿にするような東堂の顔。
「誰が王子フェチだ」
数週間ぶりに会ったが、心底ほっとする。
会ってよかったーー。
「でも、おまえマジで王子と結婚すんの?」
東堂が、おまえそっちだったけ?、と首を傾げた。
「便宜上はな」
琉生斗の答えに東堂は、はぁ?、と言う。
「おれの身柄の確保だよ」
「へぇー?」
「まず、聖女の召喚が、できるとこがこの国だけなんだけど、魔蝕は世界で起きる災害だから、所有権はどの国にもないんだと」
「えっ~!?じゃあルート君どの国にも住めるの?」
相変わらず町子は話の飲み込みが早い。
「あ~、だから、王族と結婚させて王族にしちゃうんだ~」
「そういう事。他国の王族を寄越せとは、どの国も言いにくいだろ。おれの前の聖女も、今の国王の叔父さんと結婚してたらしい。後、相手がアレクなのは、あいつが一番この国で強いらしくて、いざってときにおれを守れるからだって」」
ステキ~。町子は目を輝かせた。美花は横目でちらりと見てくる。
「ふーん」
「何だよ、葛城」
「いーえ」
意味深に見られていると居心地が悪い。
「宝石とかもらった~?」
町子の目がらんらんと輝いている。
「女じゃねえんだから使わねぇよ。おまえ欲しいならやろうか?」
「ばか、違うわよ~。貢物で寵愛が伺えるってやつよ~」
琉生斗が固まった。
「あっ、すごいもらってるね~。服も胡服みたいな感じだけど、まわりで着てる人見たことないよ~」
着物のように襟を重ね、腰紐を巻く。下は簡素なズボンだが、高貴な者はジャケットにシャツを着衣するこの国では見ないスタイルだ。
「・・・色々着てる」
「きゃあ!寵愛一直線!あの王子様の兄じゃ、ハンサムでしょうね~」
琉生斗は開き直った。
「あぁ、髪が黒くて、目の色も違うけど。スパダリってやつだぜ」
「あら、母親が違うのね~」
国王の髪の色と目の色はクリステイルと同色だ。
「おまえもその内、愛人達とバトルを繰り広げるのか」
後宮みてぇー、東堂が呟いた。町子が首をブンブン振って頷いた。
「ばか、やるかんなこと。あくまで、仕事上のパートナーでーす」
東堂が、口の中で笑いながら、急須でお茶を入れる。
「緑茶?」
「ちょっと違うけど、似てる」
白磁器のカップに緑色の液体が注がれる。
「まっ、大変だと思うけど、がんばれよ。くれぐれも俺達の事で気に病むなよ」
東堂の言葉に、琉生斗は俯いた。
謝罪をあれこれ考えていたが、うまい言葉は思いつかなかった。
「・・・いや、おれのせいで...」
彼らは、向こうでのこれからを無くしてしまったのだ。
「なんでおまえのせいになるんだよ。弟王子も言ってたけど、俺達にもこっちに来る条件があったんだろ?大丈夫だって」
東堂に明るく告げられ、琉生斗は顔をあげる。
「そうそう。東堂、大隊長にすごい期待されてんの。負けてられないわ」
「わたしもお師匠様と楽しくやってるから、気にしない気にしない~」
美花と町子も明るく話す。本当は他に言いたいこともあるだろうが、今は挑戦することがある為、気が紛れているのだろう。
「ルート君、わたし毎日歌が歌えて楽しいわ。好きな歌をたくさん歌えるんだから。家にいたら、勉強しなさいしか言われないから、本当に困っていたの」
花蓮の言葉に、琉生斗は泣きそうになった。
「さすがはおれの花蓮。なんて健気なんだ」
琉生斗の言葉に、東堂は首を振る。
「俺の花蓮だ」
「わたし、ルート君と東堂くんの花蓮じゃないわ」
男二人、落ち込んだ。
「兵馬なんて、異世界にでも来なきゃ、花蓮に近づくこともできなかったでしょうけど」
「そうよね~」
誰もが笑った。今の自分を、語り合った。
気を張った毎日の中で、同郷の友がいるっていいなぁー、と噛み締めるように、久しぶりにはしゃいで大笑いした。
うん、あいつらは大丈夫だーー。
琉生斗は決心をした。
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