第6話 愛しの聖女様 1
早朝、アレクセイが目を覚ますと、隣にいるはずの人物がいなかった。
いつもなら、起こしても二度寝三度寝は当たり前なんだがーー。
気配を手繰ると裏の温室にいるのがわかった。
王宮の離れに、アレクセイの離宮はある。
白い石造りの宮殿は、装飾は多いが、至ってシンプルな作りにしてある。
裏手にある温室は、最初はアレクセイの誕生日の贈り物の中に、観葉植物があったことがきっかけだ。
置き場を作った事により、さらに贈り物が増える。
段々と置き場がなくなってきているので、増設を考えている。
「ルート」
そこで、白い磁器の鉢の前で琉生斗は屈んでいた。
「あぁ。はよー」
「どうした?」
近くに寄る。体調が悪いわけでも無さそうだが。
「これ、気になってさ」
目の前の鉢には、小さな芽が出ていた。
「サントの花か。道は長いな」
聖女召喚の儀式に使用されるサントの花。聖女のみ生涯一株だけ咲かせる事ができるが、五十年絶たないと花が咲いてこない。次の聖女の為に、今から用意しておくのだ。
「枯れたらやり直しなのか?」
「いや、ルートが生きている限り、枯れない」
「死んだら枯れるのか?」
「花が咲けば、枯れる事は無くなる。四季咲きに変化する」
それは、いい事を聞いたーー。
立ち上がると、足が痺れていたのか、琉生斗はふらついた。
すぐにアレクセイが受け止め、抱え上げる。
「どこか苦しいところは?」
「足が痺れただけだよ」
ひゃあー、と琉生斗は言う。
「しかし、ここ暑いな。夏みてぇー」
「温室は基本暑い」
ふーん。琉生斗はアレクセイの腕の中で大人しくした。
「おや、兄上。朝から仲がよろしいんですね」
温室の入口から、クリステイルが顔を出した。
「そうだな。邪魔をするな」
「それは、申し訳ありません。父上が聖女様をお呼びです。本日の昼食会に来ていただきたい、と」
クリステイルの言葉に、アレクセイの目付きが鋭くなる。
「聖女様を呼び出すとはな」
「はい。失礼ですよね。本当に」
「いやいや、あんたらの父親って王様だろ?おれ、会わなきゃダメなの?」
琉生斗は驚いた。国のトップに呼び出されるとは。目の前にその息子達はいるのだが、親は別。
それまで普通に接してたクラスメイトが、何とか大臣の息子で、へっー、と思ってたら、運動会で親父のまわりに護衛はいるし、人だかりもできてるしで、やっぱりあいつ偉いさんの子供なんだなー、と思った事を思い出す。
「もちろん、ルートが嫌なら断れる」
「いや嫌とかじゃなくて、王様って庶民が会うもんじゃないだろ?」
「何をおっしゃいますか。聖女様は、この国で一番尊い御身にして、第一王子の婚約者ですよ。むしろ、父上がこちらに来るべきなんです」
はぁ、と、琉生斗は嫌そうな顔をする。
「父上のわがままで申し訳ないのですが、よろしくお願い致します。父上が聖女の正装を用意して下さいましたので、袖を通してみてください」
「これ?」
琉生斗は確認した。
「はい」
クリステイルは笑顔で頷いた。
「ホントに?」
アレクセイに助けを求めた。
「スズ様も、同じデザインだった」
彼に頷かれ、琉生斗は崩れ落ちた。
目の前のマネキンは、修道女のような衣服を纏っていた。色は黒ではなく白なのだが、完全に、ひらひらのフレアスカートなのだ。頭には白の頭巾も被せられていて、ただの痛い女装になる、琉生斗は苦悩した。
「似合うと思いますが」
「そうだな」
「それが嫌なんだよーー中学のときでも断ったのに」
「今日だけ、申し訳ありませんが」
口の端笑ってんぞーー。
「嫌だ!親父に言っとっけ!聖女様は便秘で昼食会は欠席だ!」
「それは、困りますよー」
「おれは困らない」
アレク、何とか断れ!と、怒鳴ると、アレクセイは慌てた顔になった。
「便秘で苦しいのか?」
「違う!そこに、食いつくなぁ!」
ちっ、と舌打ちして、琉生斗はアレクセイの前に手を出した。
「アレク、鋏、断ち切り鋏な」
言われるがままにアレクセイは空中から鋏を取り出す。クリステイルは、大慌てだ。
「聖女様、着られないように、切るおつもりですか!」
琉生斗は、スカートの両側を大きく腰の辺りまで切った。クリステイルが、あーあ、と頭を押さえた。
復元できますけどねーー。
琉生斗はアレクセイに、
「衣装部屋のマント、一着切っていい?」
と、尋ねた。アレクセイは頷く。
「まっ、ここはおまえの顔を立ててやんよ」
長く続く、金色の廊下。
アーチ状の天井からは、きらきらしたシャンデリア。靴が埋まりそうな程に分厚い絨毯。
壁の壁画の美女達が、こちらに微笑みかけているように見える。
王宮内は、贅を尽くしてはいるが、芸術品に近い、と琉生斗は感じた。
琉生斗は聖女の法衣のスカートを改良し、残した前と後ろの布を飾り布にして、そこに、アレクセイの銀色のマントの時空竜の刺繍を切って貼り付けた。
白のズボンを履いて、腰には切った布で作った腰紐を巻き、白い肩掛けの胸元には、聖女の証が煌めいている。
メイド達は聖女の顔見たさに、頭を下げながらも視線をこちらに向けようとしている。
だが、目深に被った頭巾のせいで、よくは見えなかっただろう。
「この扉の奥が王の間です。聖女様には失礼な事を言いますが、国王が話すまでは、口を閉ざしていて下さい。国王より先にしゃべってはいけませんよ。私と兄上はこの前の控室で待機していますので」
「うぃーす」
「それも、駄目です」
注意しながらも、琉生斗の臨機応変な態度には目を見張るものがある。
スカートは、父達のジョークなのだろうが、それを潰さずに、聖女の象徴である時空竜の刺繍を入れて、前からこれが正装なのでは、という衣服に仕立てた。
聖女の縫製室室長のマーサは琉生斗の姿を見て、「今後はこれを作らせて下さい」と、大興奮だった。
「聖女様、ご入室でございます」
琉生斗は、扉の中に進んだ。
現れた聖女に、国の中枢の老人達は、呆気に取られた。法衣は法衣だが、改良されている。
中にはスカートで来るか賭けている者もいたから、たちが悪い。
琉生斗は、末席の前まで来ると、直立し、動きを止めた。ブラックウォールナットの長机の真正面、上座に腰掛けているのが、この国の国王だろう。
「はじめまして、聖女様。我々の召喚に応じていただき、さっそくの働き、王として礼を申し上げる」
金髪に緑色と瞳。クリステイルが歳を取ったような姿。琉生斗は、口を開こうとしたーー。
あれ?
口が開かない。なんでやねん。
声も出せそうもない。
可怪しい、と思っていると、国王から再び声をかけられる。
「どうかしたか?」
心配されている。
だが、口は開かない。それに、聖女の証が忠告をしている。
危険デハナイーー。
危なくはないが、何かあるのか。
琉生斗の様子に、まわりがざわついてきた。
「聖女様、失礼ですよ」
「どうしたのです?」
「なんと、無礼なー」
がやがや、と騒ぎ始める老人達。なぜか、琉生斗への急かし方がおかしいーー。早く口を開かせようとしているようなーー。
その一瞬、琉生斗の頭の中である考えが浮かんだ。
ーーこいつら、まさかおれとジャンヌごっこしてんじゃないだろうなー。
聖女ジャンヌが偽国王を暴く逸話、世界が違うのに、やることは一緒かよ。
そうなると、この服もそういう事なのだろうーー。
どうするのか、琉生斗を試している。
ふざけやがって。
琉生斗は苦々しい思いで一杯になった。
引っかかったら笑うつもりなのだろうが、国王と老人達の呑気さに吐き下がした。
自分は好きでこんな所にいるのではない、アレクだって、好きで自分と婚約してるわけでもない。
それが、必要だから、なのにーー。
頭巾を外して、琉生斗は自分の席の右側に座っている男に投げた。
ーーおら、決闘だ。
その場にいた全員が息を呑んだ。
琉生斗は男の机の前を拳で、ガンッと叩いた。
言葉は出さない。ただ、睨みつける。
「何を?」
男は声を出した。そのトーン、間違いない。
「んなことこっちが聞きたいわ。おっさん、息子の嫁虐める姑か?」
嫌悪感を口に出す。
「父上!何の騒ぎですか!ん、父上?」
アレクセイとクリステイルが駆け込んでくる。
「父上、なぜそこに?」
末席に座す父王を、不思議そうな顔で見るクリステイルと、瞬時に状況を悟り父親を睨みつけるアレクセイ。
アレクセイは、琉生斗の拳を取り怪我がないか確認する。
「ちょっとした余興だ。アスターや、皆も面白いとのってくれてね」
「さすが、聖女様、どこでわかったのですか?」
王弟アスターは手を叩いて聖女を讃えた。
琉生斗はアスターには目を向けず、真っ直ぐ国王を見ていた。
「ーーあっちの世界にも聖女はいたんすけど、その人は、ある日神の啓示を受けて祖国を助けるべく、国王に会いに行ったんです。当然、何言ってんのおまえ、て感じっすよねー。で、そこの王様も、家来に紛れて聖女を騙そうと偽の王様を立ててるんですけど、聖女にはすぐにバレるんですよ。そして、本物と認められた聖女は国を率いて敵の大軍を破る英雄になったんです」
琉生斗はにこやかに言った。
「王様がわからなかったら、さぞ笑い者になったのでしょうねー」
国王は、琉生斗の意図を察した。
「おっさんは、聖女が本物かどうかわかってて、そんな舐めた真似しでかすんだわな」
「聖女様、落ち着いてー」
クリステイルが慌てて、琉生斗を止めようとする。
「うるせー!女装するかどうか、国王を見抜けるかどうか、なんでおれがのんきなおっさん等につきあわされなきゃなんねぇんだよ! 」
「聖女様!お怒りはごもっともです!父上も謝って下さい!」
クリステイルは父王を諌めた。それを、奸臣達が邪魔をした。
「陛下が謝罪など、する必要はありません」
「余興では、ないですか」
「聖女様も所詮、あちらでは卑しい庶民でしょ?陛下と謁見し、王族と結婚できるなど、身に余る栄誉でしょうに」
奸臣達が調子に乗り出した。さすがに王弟は顔を強張らせ、口を挟まないように黙っている。
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