第5話 聖女のお仕事 2
琉生斗も、相手の気持ちを全く考えない、図々しいタイプの人間ではないのだが、これには彼なりの理由があった。
嫌われたいーー。向こうから振って欲しいーー。
その願いの為に、振り回しまくってわがまま気儘言い続ければ、アレクセイから婚約破棄してくれるだろう、と考えていたりする。
自分から言い出したのでは、なかなか会わせてもらえない友達が、ひどい目に合わされるかもしれない。
こいつは面倒臭くて付き合えねーと、このイケメンに思ってもらわねばならない。
逆におもしれー女現象を引き起こす可能性もあるが、琉生斗は知っている。
自分のキングオブクズの父親が、「金がかかる女は最低だな。高いもんばっか買わせやがって」と、付き合ってるか遊んでるだけかの女に、愚痴ていた事があった。
金を使わせる=こいつは結婚相手には向いていない。そう思ってもらう為、琉生斗はアレクセイに無駄遣いをさせていた。
「この、チェストいいなぁー。寝室に置きたい」
「これでいいのか、これは、少しーー」
高いのか!
「これがいいー!」
琉生斗は押し切った。ただ、アレクセイは、これなら王都の家具屋の方が物がいいのだがーと、琉生斗の思惑と外れた事を気にしていた。
「おっ、この箒、掃きやすそう!」
「ホウキ?ルートが掃除をするのか?」
「するよそりゃ、畳の部屋はやっぱり箒だよな」
「タタミ?」
「見た事ないかぁー。無いのかなー、おれ和室欲しいなー。どこかにないかなー。畳ー」
ーー見ろ!このおれのワガママさ!嫌になってくんだろ、うっとおしいだろ!
店主はにこにこと買い物する二人を見ていた。
「いいねー新婚さんだろ?楽しそうだねー」
なんでそうなるーー!
「とても楽しいです」
その顔で、そんな事言うなー!
勘違いするわ!
長時間の買い物を終え、荷物を転移魔法で自室に移動させる。魔法の便利さに、琉生斗は羨ましい思いを抱く。
琉生斗には魔力がないらしい。聖女の神力に、魔力が消されてしまうようだ。浄化するより、魔法を使えた方が良かったなー、と思うのだが。
ふわり、っと人がいないところを選んで、アレクセイは転移した。
「うわぁ」
沈みゆく太陽の赤さ。
断崖絶壁のシルビア岬は、夕焼けで岩が赤く染まっていた。
「うわぁーすげぇー」
絶壁の上に立ち、感動した琉生斗は、柵から身を乗り出す。海までがかなり遠いが、開放的で、とても気分がよかった。
「あっ、やっぱ地平線見えるな。こっちも球体なんだな」
空と海の境の美しさに、琉生斗ははしゃいだ。
「危ない」
アレクセイが腕を伸ばす。
「大丈夫だって」
潮風も、空気が澄んでいるからか、爽やかだ。
「危ない」
後ろから抱きしめられる。きつく、ではなく、あくまで琉生斗が落ちないように、支えるように。
「いいって」
と、顔を向けた瞬間、美しい深い海の藍色の瞳が間近に、あった。
唇が重なった。
信じられないものを見るように、琉生斗は目を見開いた。
名残惜しそうに唇を離したアレクセイは、溜め息をついた。
苦しそうな顔だった。
夕日に染まった瞳が、赤く燃えるように見えたのは、琉生斗の気のせいだろうか。
「おまえ、なんで……」
言葉が続かなかった。
なんで止めねーんだよ。おれーー。
シチェーションにやられたんだろう。琉生斗は自分の気持ちを、そういう事にしておいた。
「すっごい、迫力だったなー」
「そうだな。建国祭のときにあがる花火は堅いイメージだが、こういう所の花火は色々な形があるのだな」
ハートや星型。
犬なんてのもあるー。
「お国柄ってやつなんだな。ロードリンゲンは海がない。解放感が薄いんじゃねえか」
「そうだな。四方を国に囲まれている。窮屈この上ない」
上に、強国バルド、左に海国オランジー、下に農国ナルディア、その隣にバッカイア帝国。
「攻められたりしないのか」
「一度もない」
「マジで!」
「聖女がいる国には、誰も戦など仕掛けない」
「他にはいないんだっけ」
「どこかの国が同じ儀式をしたらしいが駄目だったらしい」
「へぇ。おれ貴重じゃん」
何気なく言うと、アレクセイは深く頷いた。
「だからこそ、我が国の王族として、迎える」
「えっ?」
「王族を寄越せとは、他国も言い難いからな」
琉生斗は動きを止めた。
静かな水面に石を投げたときにできる、波紋のような揺れが、琉生斗の心の中に広がっていく。
アレクセイが告げた事実を、琉生斗は上手く呑み込めなかった。
ーーあ、そっか。だからクリス、困るって言ってたのか。
何だよ、ひとめぼれ、って。
そう、思わなきゃダメなんだろ。
おれが他所のとこ行くと自分らがやばいから。
おまえ、貧乏くじ、引いただけなんだなーー。
「ルート?」
「あぁ。帰るか」
「そうだな」
アレクセイが琉生斗の手を取った。
心なしか琉生斗の顔が沈んで見えた。
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