第4話 聖女のお仕事 1

「ーーそして、我が国は聖女を召喚するのでございます。これ、聖女様!聞いておいでですか?」

 可愛らしいおじいちゃんの話が、まともに聞けるわけがない。

 

 たまに、何言ってるかわからないし、気づいたらおじいちゃんの方が寝てるーー。

 せめて、セクシーボイン先生ならなー。

 ボインばっかり見て、授業にはならないだろうが。

「ようは、魔蝕を浄化すりゃいんでしょー。マシュウじいちゃん」

 じいちゃん?

 神聖ロードリンゲン国の魔法歴史学の権威と言われ、現国王を幼少の頃からお世話しているこの自分を、じいちゃんとは……。


 ーーいいなー。それー。


 実の家族とは、仕事に打ち込みすぎて疎遠になっているマシュウに、琉生斗の言葉は響いたようだ。

「まぁ、実際に目で見たほうが早いし、ちょっと行ってくるわ、じいちゃん、アレクどこにいるか知んねぇ?」

「いくら、聖女様でも危険な事です。もっと修業をつんでから」

「免許皆伝まで、何年かかんだよ」

 おまえに教えるものはないーー、ってやつか。

「それに、解らねえことは、こいつが教えてくれるよ」

 琉生斗は、胸にかけられた聖女の証を、ひょい、っと持ち上げた。

「ーー聖女の証が話をしますか?」

「あぁ」

 マシュウは首を傾げた。もっとも、首はすっかり短くなったので、見た目にはわからないだろうが。

 色々規格外な聖女様だのぅ。

 先代のスズ様から、そのような事を聞いたことはない。

 元気に部屋から出て行く聖女様に、マシュウは頭を下げた。


 ーーお心得下さい。あなたが国の宝であることを。


「アレクー。どこにいんだー」

 呼びかけると、頭の中に声がする。

(今行くーー)

 瞬間、目の前に超絶イケメンが現れた。

 中庭のバラ園に現れた黒髪の美青年はアレクセイ。琉生斗の婚約者である。

 弟のクリステイルのゴテゴテした衣服とは違い、この国の騎士が着ているような、簡素な黒のジャケットに黒のマントである。

「どうした?お腹が空いたのか?」

「扱いが幼稚園児!」

 そんな腹ばっかり減らんわ。

「時間あるなら、転移よろしく」

 アレクセイは虚を突かれたような顔をした。

「どこへ?」

「ワーツの村」

 琉生斗の言葉を、アレクセイは察した。

「危険だ。ちゃんと講義は聞いているか?」

「あぁ」

「なら、もう少し精神修行をしてからーー」

「転移魔法」

 琉生斗とアレクセイはしばらく睨み合った。


「椅子に座ってたらレベルが上がんのか、三日も缶詰しやがって。実践つんだ方がいいだろ」

 引く様子のない姿に、アレクセイは溜め息をついた。少し目を閉じた後、琉生斗へと手を向けた。

 琉生斗は、その手の上に自分の手を重ねた。

 

 ぱぁーーーん。


 移動距離の長さのせいか、瞬間的ではなかったが、すぐに目の前の景色が変わる。

 しかし、揺れがない。クリステイルのときに感じた、エレベータに乗ったときの浮遊感もない。本人と同じ、とても綺麗な魔法だ。

 

 レンガと木造で建てられた家が並び、畑、池がある。まるで、三匹のコブタみたいな童話がよく似合いそうだ。

 一番大きい建物は、教会だろうか、村の奥にあり、横に女神様の銅像が建てられている。

 牧歌的な村だ。


「あっちか」

 どす黒い負の圧が、森の方角にある。

 琉生斗は歩き出す。

「村の人、いねえの?」

「隣村に避難している」

「そりゃ、早く帰りたいだろうな」

 おれの事なんか気遣ってねえで、さっさと浄化させろってのーー。


 闇は、中身の見えない闇は、強力な結界の中に在った。存在するものの中で、一番恐ろしく、身の毛がよだつようなおぞましい闇。見る者の気を狂わせ命を奪う、恐怖の化身。

 

 それが魔蝕だ。


「結界、つえーな」

 感心して琉生斗は言った。

 だが、閉じ込めるだけだ。閉じ込めるだけで、消す事はできない。

 

 それが、できるのは、この世に聖女唯一人。


 琉生斗は結界の境に近付き、片膝をついた。

 聖女の証に集中すると、琉生斗から光が溢れていく。

 光は辺り一面を照らし、闇を呑み込んでいく。

 優しく、優しく、だが、容赦はなくーー。



 光の中、琉生斗は立ち上がった。

 魔蝕は跡形もない。

 その神ががった姿に、アレクセイは胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 自分が苦しめられた魔蝕を、こうも簡単に消し去るとは。

 

 スズ様と比べると段違いに早いーー。

 

 スズ様の伴侶である大叔父のコランダムが亡くなる前から、自分が魔蝕の浄化に同行する事になった。

 次の聖女の護衛にと、スズ様に願われたからだ。

 浄化後はよく寝込まれた。

「ごめんね、こんなおばあちゃんに付き合わせて」

 弱々しく謝られたが、気の利いた事の一つも言えず、後悔している。

「ルート」

 アレクセイは抱き上げようとして、琉生斗の訝し気な視線とぶつかった。

「なんだよ。いちゃいちゃすんのかよ」

 野外だぞ。

「それもいいが、体調は?」

 琉生斗は、アレクセイが何を聞いているのかわからない、といった表情を浮かべた。

 神力の量が、多い?

「元気に決まってんじゃん」

 次の言葉にアレクセイは驚く。


「さあー。次行ってみよーー」


 3日とかからず、聖女は、先代亡き後、結界に封じるしかなかった魔蝕を、すべて浄化した。

 浄化を報告した国々や、避難解除が知らされた民は、おおいに喜んだというーー。




「アレク、あれアイスだろ。食べていいか?」

 屋台が並ぶ街並みの中、アイス屋で顔を輝かせた少年を見ても、誰も聖女だとは思わないだろう。

「バニラベースで、チョコに、バナナに、ストロベリーも追加して」

 アレクセイを、ぱしる。

「後、あのイカ焼き食べたい。たこ焼きみたいなやつもいいなぁー」

「何個だ?」

「10個ずつ」

 隣の席に座った者達が、目を丸くしている。

 

 港町セレーズ、隣国オランジーの観光の名所として、常に人で賑わっている。

 こんな、明るく開放的な場所には魔蝕は発生しない。

 だが、琉生斗から「デートしよう。海がみたい」と言われ、アレクセイはこの地に寄ることにした。

 そして、琉生斗は屋台に目を輝かせ、彼の見た目より多めの食事量を堪能している。

 アレクセイはひとつの可能性に気付いている。

 琉生斗は浄化した後、ひどく腹を空かせる。食物で消耗した神力の、補充をしているのではないだろうか。

「ねぇねぇ、カップルだよね~。黒い服の人、すごい美形じゃない~?」

 ちなみに、琉生斗はカーキー色のシャツに黒いズボンだ。シャツはボタンではなく、飾り紐を左右に通すようになっている。

「すごい~。どっちもきれいーー」

 ひそひそと声が聞える。


「どーもー。おれ達のこと?」

 琉生斗は後ろを向いて、噂話の主の顔を見た。

 きゃああぁぁー!

 着飾った女性達は慌てふためいた。

「ごめんね。嫌よね~噂されて」

「いっすよ。こんな美形いたら、普通はみんな騒ぎますって」

 でも、

「お姉さん達もきれいですよー」

 琉生斗の笑みに、女性達は皆赤くなった。

「てか、カップルに見えますー?」

 琉生斗は続けた。

「えぇ。カップルなんでしょ?」

 違うのならー!女性達は、アレクセイを見た。

「婚約者なんですよー」

 あらら。さらに上だった。

「でも、大事にされてそー」

「ねぇ~。あたしの彼、最近浮気してて」

「もうーあなたいい加減別れなさいよー!仕事もしないのに、浮気ばっかりな彼」

「えー、浮気されて別れないんですか?」

 女性は笑った。

「貴方みたいに、誰もが自信満々じゃないのよーー。あたしが悪かったのかなーとか、色々あるのよ」

 

 次の予定があるからごめんねー、楽しかったわーと女性達は立ち上がった。

「あっ、今日の晩、シルビア岬で花火があがるのよ。マーリン浜からからならどこでも見られるわ。シルビア岬の断崖絶壁もいいけど、初めて見るならかなり怖いわよ」

「あたし達、今から場所取りに行くの」

 花火かー。こちらの世界にもあるとはー。

「ありがとー」

 琉生斗は手を振った。



「何と言うのか、ルートは社交的だな」

 良いおっぱいだったなー、っと琉生斗は満足した。

「ん?そうかぁ?」

「好みの女性だったのかーー」

 極めて冷静に尋ねると、琉生斗は首を振って否定した。

「全然」

「?」

「てかさ、こっちの世界って男同士とか迫害されたりしねえの?」

 琉生斗の言葉にアレクセイは目を丸くした。

「あの姉ちゃん達も、全然ウェルカムって感じじゃん」

「そちらでは迫害されるのか?」

 あー、そうだよなー。琉生斗はひとり何かを納得した。

「そういう国もあるよ。おれの国も一昔前までは、信じられないー!って感じで、けど、昔には稚児制度があったりとか、今は柔軟に受け入れるとか、時代によって変わってる気がするなー」

「なるほど。ルート、あの赤い船を見て」

 んっ?アレクセイに言われて視線を向けると、船の階段から人が降りてきていた。

「えっ?着ぐるみ?」

 獣が歩いている。耳だけ獣の人もいる。

「獣人族だ。人外の中でも、人間に友好的な種族だ。人と婚姻関係になることもある」

 へぇー。

「種族の違うもんが生きてると、人間の性別なんか大した事じゃねえのか」

「そうだな」

 アレクセイは頷く。そして、息を吐く。

「どした?」

 揚げたてのポテトを食べながら琉生斗は聞いた。

「慣れないものでな」

 へー、デートなんか慣れてそうだけど。


 ーーそうか、こいつ王子だから、VIPルームのラウンジとかでお酒飲みながら、きれいなボインの姉ちゃんと、なんだかんだやる、ってヤツのが得意なのね。

 

 かなりの偏見を持って、アレクセイを見る。

「アレク、この後予定は?」

 琉生斗の問いに、

「特に急ぎの用はないが」

 と、アレクセイは答えた。

「じゃあ、夜までぶらぶらすっかー」

 席を立つ。アレクセイが、不思議そうな表情で、琉生斗を見上げた。

「花火まで、時間つぶそうぜ」

 

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