第3話 聖女ルートと王子アレクセイ

 長く煌びやかな廊下を抜けると、広い庭に出た。

「はー、金ありすぎ」

 広大すぎる庭に、琉生斗は驚きを隠せない。青々とした芝生。手入れのいき届いた植樹帯。美しく咲く花々。

「ほんの一部です。妻になりたくなりましたか?」

「結構です」

「なってくださらないと困るんですが」

 誰がだよ、少なくともおれではない、と琉生斗は心の中で悪態をついた。

「聖女様、私の肩を掴んでください。転移します」

 王子の肩に手をのせると、すぐに景色が変わった。

 目の前が先程の庭ではなく、石でできたドーム状の建物だ。荘厳、といえばいいのか。王様の冠を丸くしたような形だ、と琉生斗は感じた。

「魔力酔いも無さそうですね」

 へー、魔法って、超能力みたいなものなのかー、ちょっとエレベーター乗ったみたいに最後に来たけど、驚いた方がよかったのかーー。基準がわからないと振る舞い方がわからない。

 

 ついでに気持ちが悪いので、濡れた服も乾かしてもらう、魔法は便利だなーー、と琉生斗は思った。




「こちらへ」

 琉生斗は立ち止まる。

 言われる前に空気でわかった。それが何かわからないが、本能が理解しているようだ。

 中は天井が高く、一面に天使のような子供がたくさん描かれた絵画があった。柱には女性の彫刻。女神様だろうか。


 中央の寝台に横たわる人がいた。たぶん、男性だろう。近づいて見ると、髪の色の黒いその人は、青白い顔で身動ぎ一つしない。だが、目を閉じていてもわかるほど端正な顔立ちをしている。

 

 あれ?

 振り返り王子の顔を見ると、彼も頷く。

「兄の、アレクセイです」

 似てるもんな。

「この人、んーー、魔蝕ましょくにやられてんだな」

 

 誰かが琉生斗に、コレハ魔蝕ーー、と教えてくれた。その言葉を、口に出してみる。

「わかりますか!?」

 王子ことクリステイルは咳き込むように話し始めた。

「数日前に、ここより、数十キロ離れたワーツ村の近森に魔蝕が発生したんです。普通の魔蝕は、日の下には来ません。ですが、今回は想像以上に広がり、結界内に留めることができなくなりました」

 

 ふむふむ。


「聖女様がおられない時期は結界内に魔蝕を封じ込めて、聖女様をお待ち申し上げるのですが、民家まで広がってしまい、兄が強力な結界を張って民を助けたました。そのときかなりの魔蝕を浴びてしまい、一命はとりとめましたが、早く浄化しないとこのままでは……」

「で、おれが呼ばれた訳なんだ。この人から魔蝕を取り除く為に」

 すらすら答えてはいるが、自分の口が借り物になったような気持ちではある。

「魔蝕は聖女様でないと浄化できません」

 あっ、そうか。この首にかけてきた聖女の証のせいか。勝手に首にかかってきたんだけど。生きてんの?

 これが本当の聖女様で、自分はただの操り人形なんじゃないだろうか。

「結界術は兄をおいて右に出るものはおりません。ほとんどの魔蝕は結界内に封じました。しかし...」

「封じれなかった魔蝕を自分の中に封じ込めた」

 クリステイルはうなだれた。

「急いだ為か、儀式が未完成だったことは否めません。他のお仲間を巻き込んでしまい申し訳ありません」

「それ、あの場で言えばよかったのに」

「立場がありますので」

 ポツリと言う。

 魔蝕により、身体の機能も精神も壊されているのだろう、かろうじて呼吸をしているが、死体と言ってもいいぐらいに色が悪い。

 さて、どうやって浄化するのか。

 琉生斗は自分に問いかけた。


 証ヲ両手デ握ッテ、身体ノ口ヲツケヨーー


 さっきの声が聞こえた。

 琉生斗はアレクセイの側に跪いた。両手で聖女の証を握りしめる。

 

 口って、うそやん。

 人助け、人助け、と顔を顰めたのち、眠り姫を起こす方法で、琉生斗はアレクセイの唇に自分の唇を重ねた。

「わっ!」

 クリステイルが変な声を出した。

 ゆっくりと彼の中の魔蝕が琉生斗の中に移されていく。気持ち悪い、身体の中が壊される、これは蝕むものだ。こんなものはすぐに消さないといけない。

 

 琉生斗の身体を血液のように巡ったそれは、巡りながら浄化され、温かな光となりアレクセイに戻っていく。

 

 余談ではあるが、聖女の証は、身体のふちをつけよ、と言ったのだが、琉生斗は聞き間違えている。

 つまり、触れればどこでもよかったのだが、口という大切な部分を付けた事で浄化の力は上がり、結果的にアレクセイの回復を早めた。

 すべての魔蝕を取り込んだところで、アレクセイの意識が戻った。薄目を開け、すぐに大きく開く事になる。誰かにくちづけをされている。


 しかし、アレクセイは気付いた。


 ーー聖女様だ。

 

 浄化の気をアレクセイに戻し、琉生斗は身を起こした。口をつけ過ぎたのか、離すときに、ちゅぽん、と変な音がした。

 

 まぁ、はしたない、はしたないー。

 

 アレクセイとばっちり目が合う。気恥ずかしさに琉生斗は下を向いた。アレクセイは起き上がり、素早く身なりを整えた。

「聖女様ですね?」

 掠れていたが、とてもきれいな声に琉生斗の心臓が跳ね上がった。

 クリステイルの瞳の色は緑がかった水色だが、彼は深い海を思わせる藍色だ。

 

 なんてきれいなんだろう。

 瞳に吸い込まれるとは、こういう事を言うのだろうか。なぜか、懐かしい気持ちを、琉生斗は彼に抱いた。

「琉生斗……、と言います」

 ぶっきらぼうに伝えようとして考え直す。

 この人にはちゃんとしよう。


「助けていただきありがとうございます。私はアレクセイと申します」

「弟さんに聞きました」

 胸に手を当ててお辞儀をされる。爪の先まで美しい動作に見惚れた。場違いな自分を感じ、琉生斗は頬をかいてごまかす。

「無い命を救っていただいた聖女様に我が命を捧げ、誠心誠意お仕え致します」

「大げさだよ!」

 背中がむず痒い。

「普通でいいから!琉生斗って呼べよ!おれもアレクって呼ぶからさ」

 クリステイルが口を開け、目を丸くした。

「そうですか......。では、ルート」

「うん」


「私と結婚してください」

「はい!?」

 はぁ!なんでそうなるんだよ!琉生斗は首をがくがく縦に振る。

「承諾してくれたのだな。ーー幸せにするよ」

「はい!?」

 そんな訳ないだろがぁ!と叫びたいのにあわあわしてしまって言葉が出ない。何より黒髪イケメンがとてもうれしそうにしている。

「あのさ、おれは...」

 男だぞ、と言いかけたところで、

「兄上!ご婚約おめでとうございます!」

 はしゃぐクリステイルに、アレクセイは頷いた。

「この慶事を早く父上や、国民に知らせなくては!」


 ーーちょっと待てぇぇぇぇ~!!!


「何か言いかけたのか?」

 深い藍色の瞳に心配され、琉生斗は否定の言葉をなくしてしまった。

「いや、おれのどこがよかった、のかなーっと」

 どうした!おれ!頭は大丈夫か!

「ひとめぼれだよ」

 米の名前だよな!そうであってくれぇ!


 あぁ、東堂達には知られたくない。

 精神がパンク寸前の琉生斗に、アレクセイはくちづけた。

「生涯、きみを守る」


ーー契約だ、これは。聖女の契約なんだ。あっ、特別な報奨だよ、罰ゲームだった。クーリングオフできるのか!

 琉生斗は混乱した。


 あぁー、やっぱり東堂達には知られたくない!


 その日、神聖ロードリンゲン国に二つの慶事が出された。一つ目は聖女の召喚に成功した事。二つ目は第一王子アレクセイと聖女が婚約した事。


 国は歓声に湧き、お祝いは一ヶ月以上続いた。

確実に聖女の道(ルート)を歩む行く友に、クラスメイト達は大いに沸いた。

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